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Rhapsody in the Rain 1

【Rhapsody in the Rain】

 Niiya

 Aisawa

 Miri Tsubaki

 夢。睡眠中に、あたかも本当に自分が経験しているかのように感じる現象。その夢をコントロールできるときがある。うろ覚えだが、その夢を明晰夢めいせきむとか言うらしい。夢を夢と自覚できて、更にその夢をコントロールできるとか。

 こういう説明をするのは普通俺ではなく、辞書モードの未梨のはずなんだが、その未梨も今はいない。

 何故そんな説明をしているかといえば、俺は今、夢を見ているからだ。埃だらけの床に並べられた学習机。そこには、三十人前後の人間が座っている。服装から判断すると青中の生徒だ。どういうわけだか知らないが、今の俺には夢を夢と自覚できているようだ。しかし、この夢のコントロールはできない。どうやら、この世界では俺は傍観者ぼうかんしゃらしい。

 夢と気付いた理由は、簡単明白。三十人近くいる生徒の中に、青中の制服に身を包むもう一人の《俺》が座っているからだ。もう一人の《俺》は、その様子から窺うと、どうやら俺の事は見えていないらしい。他の生徒たちも俺のことが見えていない様子だ。まるでこれは、夢というより………過去の記憶を見ているような感覚だな。

 自分の様子なんて見てもなんもおもしろくない。

 ふと、教卓に伸ばした手がすり抜けた。

 ここじゃあ、俺は幽霊並の存在か……。どうせならもっとマシな夢にしやがれ。



 ホームルームを知らせるチャイムと共に、懐かしい顔が入ってきた。煌めく瞳は、無言のプレッシャーを生徒たちに与える。一教師とは思えない威圧感。

 青山中学校教師で三年一組の担任、……名前は――忘れた。とりあえず、俺が心を許した数少ない先生だ。

 このころの先生は、五十過ぎの女性で、もう数年経てば還暦を迎えるという年齢だった。しかし、その表面上だけを見れば、先生はどうみたって三十歳台に見える。ちょっと老けている二十台後半でも通じる。

仁井哉にいやくん。椿つばきさんはどうしたんですか?」

「さあ……? 知りませんよ。風邪なんかじゃないんですか?」

 先生が出席確認を始めて、俺は始めて未梨みりがいないことに気付いた。視線を窓の外に移動させると、横殴りの雨がガラスを激しく叩きつけていた。

 未梨が欠席で、天候は激しい雨。俺の記憶に間違いがなければ、確実に「あの日」だろうな。自分が何者かはっきりとわかった「あの日」。

 ――まったくもって、くだらない。



 何が起こったかわからなかった。三十人前後の生徒たちが一瞬にして俺の視界から消え、机や椅子、景色と言うものが消失し、世界が白一色に染まる。しかし、これは別に驚くには値しない。所詮は夢だ。もう目が覚める前兆なのかもしれない。

 予想とは裏腹に俺の視界に映ったの情景は、またしても同じ教室だった。……同じ、とは言えないな。三十人近くいた生徒たちは、数人しかいなくなっている。その中で《俺》は教卓を挟み、先生が対峙している。時計が進んでいるのを見ると、どうやら、時間だけを進めたらしい。

 俺の脳は一体何をしたいのかね。

「仁井哉くん。これを椿に渡しといてくれませんか?」

 先生は何枚かのプリントを封筒に入れ、教卓の上に置いた。

「拒否権なんてどうせないんでしょうね……」

《俺》はうんざりしたように言ったが、先生は聞いてない。満面の笑顔を《俺》に振り撒きながら、缶を差し出してきた。

「外は寒いですから。これが、宅配代と言うことでお願いしますよ」

「……わかりましたよ。ちゃんと届けときます」

《俺》は渡された缶を見つめながら、呆れ気味にうなる。さぞ、そのミルクココアが身にしみる味だろうな。

「頼みましたよ」

 暴風雨の中での傘は無意味に等しい。そう学んだ日でもあった。

 昇降口から出た途端、強風にあおられ、傘を無残にも破砕された。《俺》は、二秒の思考停止の後、傘をゴミ箱に投げ捨てた。

「あーあ」

 果たして《俺》は誰に向かって罵っているのだろう。こうして、第三者として見れば、危ない人にも見える。以後、一人のときは気をつけるようにしたい。

 鞄と先生に渡された封筒だけは濡らさないように、ゴミ袋に入れてあるが、肝心かんじんな《俺》の姿は見るに耐えないほどずぶ濡れだ。

 そんなこんなで、未梨の住むマンションに到着した頃は、満身創痍まんしんそういの状態。先生に貰ったミルクココアが無ければ途中で息絶えていたかも知れない。他人事に思えるが、実際俺が経験したことなんだよな。

 マンションの前に着いてからの《俺》はどうも挙動不審がちである。それもそうだ。マンションに入るにはカードキーが必要で《俺》は、そのカードキーたるものを持っていない。持っているはずがない。

「あれー。仁井哉さまじゃないですかー?」

 タイミングを見計らったように、登場したのは、未梨の使用人、愛沢あいさわさん。彼女は全身を雨具で包んでおり、顔以外の箇所はきっちりとガードされている。唯一覗かせる顔は、どこか幼さを感じさせる。

「なにやってるいるんですかー? こんなところでー?」

「未梨に届け物ですよ……。愛沢さんこそ、こんな雨の日にどこいってたんですか?」

「そうですよー。聞いてくださいよー。あー、ここじゃ、寒いですよねー。中で話しますよー」



 愛沢さんは、アバカムでーす、と叫びながら、テンキーを打ち込む。葉月と同レベルであることは、もはや言うまでもない。

「ちょっと待ってて下さいねー。タオルとお着替えを持ってきまーす」

「この封筒を未梨に渡してくれれば――」

「そういうわけにはいきませーん。風邪引いちゃいますよー。中であったまっていってくださーい」

《俺》は、もう何も言いそうになく、黙って肩を小さくすくめるだけだった。奥行きの深い廊下を走る愛沢さんの背中を見つめていた、《俺》は、突然、顔をしかめた。この時の記憶は今でも鮮明で、何を思って顔を顰めたかはっきりとわかる。「お着替え」とは何か?だ。

「タオルとお着替え持ってきましたよー」

 愛沢さんが持ってきた「お着替え」とは、黒いTシャツと黒のレザージャケット。それに黒のレザーパンツ。更に、男性用の下着――トランクスまである。それも黒だ。これを全て身につけ、バイクにでも乗ったら、完璧にライダーにしか見えないだろう。

 それだけではなく、愛沢さんが着ている物は、ネグリジェっていうのかな? 露出度が高い上に、なんていうか……すげーエロい。

 ツッコム箇所がありすぎて、《俺》は、色んな状態異常魔法を受けたように、愛沢さんに視線を固定したまま動く気配がない。

 それを、どう受け取ったのか、愛沢さんは、にっこり、と薄い笑いをみせ、言った。

「残念ながら下着はわたしのでは、ありませんよー。けどー、それ以外はわたしのものですよー」

 その言葉に反応して、状態異常が解けるが、《俺》は弁解することなく、愛沢さんのネグリジェ姿から眼を反らした。

「……ありがとうございます」

「いえいえー。気にしないでくださーい。困ったときはなんとやらでーす」

「愛沢さん」

「なんですかー? 制服でしたら、乾燥機に入れとけば、一時間もしないうちに乾きますよー。安心してくださーい」

「そうじゃなくて……ちょっと、見ないでくれますか?」

「……やっぱり、だめですかー?」

「な、何言ってるんですか。当たり前じゃないですか……」

 そう言うと、愛沢さんは心底残念そうに俯いた。さすがに、いいですよ、と言う気にはなれないからな。てゆうかこの人は何を口走ってるんだろうか。

「ちょっと興味がありましてー。残念でーす。すみませんでしたー。わたしは奥で待ってますよー」

 着替えを済ました《俺》の表情はどこか緩んでいる。我ながらいやらしい限りだ。レザージャケットから匂うフローラルの香りが、そうさせているのだろう。

 リビングは、数時間前に入った状態と何一つ変わらない。十畳ほどの部屋を四分割し、そこの一角だけに、テレビにこたつ、壁側にはソファーが置かれている。そこだけ使っていることを強調するように、カーペットが敷かれている。ソファーに身を預けている愛沢さんは、《俺》を見るや、瞳を輝かせた。

「とてもお似合いでーす。完璧でーす。さすが仁井哉さまでーす」

 整った愛沢さんの唇からは、褒めの言葉しかでてこない。

《俺》は軽い笑顔で答え、辺りを見渡した。

「あの、未梨はいないんですか?」

「そういわれればー、未梨さまの靴がなかったですねー」

 愛沢さんは、ソファーから、ふらふらと立ち上がり、部屋の一隅にあるふすまを叩く。その襖の先が未梨の部屋なのだというのだから、なんとも和風の奴だ。

「未梨さまー。いますかー?」

 しかし、返事はない。未梨ならいたとしても返事がなさそうだけど。

「開けますよー?」

 言いながら開けては意味ないと思いますよ。

 開かれた襖からは、誰もいない。あるのは本棚だけで、人の気配などはさらさらない。

「いないようでーす。さっきまではいたんですけどー」

「そうなんですか」

 その相槌には、安堵するようにも聞こえた。出掛けるぐらい元気なら平気、とでも思ったのだろう。

 水面下では、起きている出来事も知らずに。

「未梨さまが帰って来るまで、ゆっくりしていってくださーい。夕飯までには帰って来ると思いまーす」

「別段、未梨に用があるわけじゃないですから。これだけ渡しといてください」

 先生から渡された封筒を、愛沢さんに手渡すと《俺》は玄関口へ足を運ぶ。が、突如その歩みが静止する。彼女が《俺》の足にしがみついてきたからだ。これを予測できる思考を持ち合わせていない《俺》は、苦笑を浮かべる。

「待ってくださーい。あと半日ぐらいわたしに付きあってくださーい」

 愛沢さんは何を血迷ったのか、変な事を口走った。

「今ならコーラ飲み放題ほーだいでーす」

「俺は炭酸苦手ですから」

 足にしがみつく愛沢さんをどうにか振り解こうと、努力しているが、彼女の瞳には爛々と光る物があった。

「お願いしまーす。今ならカルピスを原液で飲み放題ほーだいでーす」

 愛沢さんの断固たる決意を見て、《俺》は肩を大きく竦めた。

「わかりましたから……手を離してください」

「お願いしまーす。今ならハンバーガー59円でーす」

「意味がわからないですから。少しだけ付き合いますから……」

 ようやく、言っていることを理解してくれたのか、愛沢さんは抱きかかえていた《俺》の足を介抱してくれた。膝元で、瞳を潤わせ、見せてくれる笑顔はどこまでも無邪気だ。

「ありがとうございまーす」

《俺》は愛沢さんに聞こえないように溜息をつき、小さく呟いた。

「やれやれ」

 そして、俺も呟く。

 ――やれやれ、と。



 愛沢さんが《俺》を引き止めた理由わけ。それはゲーム。

 この暴風雨の中、新作のゲームを買いに行っていたらしい。馬鹿げてる。そのゲームは、基本的に二人で遊ぶ格闘ゲームなんだという。聞く話によれば、そのゲームをやる相手が、愛沢さんの脳内では、《俺》しかいないらしい。この人は友達というものがいないのだろうか。

 勝敗のわかりきっているゲームを見届けるほどの図太い神経など、俺は持ち合わせていない。どうせ結果は《俺》の全勝だ。何試合やったまでは覚えていないが、相当の時間と精神的疲労を労したのは鮮明に覚えている。まあ、そんなことはどうだっていい。問題は、この夢だ。どう考えたっておかしい。

 今の俺は《俺》を中心に半径4、5メートルぐらいなら自由に移動ができる。それ以上移動しようとすれば、肉眼では確認できないゼラチン質のような柔らかい壁に阻まれる。しかし、物理的な壁には阻まれない。現に未梨の部屋に繋がる襖をすり抜けられる。ここまでは、夢だから、の一言で片付けられる。

 夢の中で、自律できる俺は、いったいなんなのだろう。この感覚は、夢だから、だけでは説明がつかない。リアルすぎる。

 ……この際、なんだっていい。一番の問題は、俺はいつ目覚めるのか、だ。今のところ目覚める気配がない。感覚的にはもう2時間近く、俺は夢のなかにいることになる。これに比べれば、前者の問題は微々たるものだ。

「仁井哉さまは強すぎですよー。もう一回でーす」

 俺が真剣に悩んでいるのだというのに、間の抜けた声を聴いてしまうと、どうも集中できない。集中して考えたところで、何かが変わるとは思えないが。

「もう一回でーす」

 俺と《俺》が頭を抱えたタイミングは同時だった。



 まただ。

 十畳ほどのリビングが音も無く消失し、世界が白一色に染まる。しかし、それも一瞬。何かを考える、期待する時間もなく、新たな情景が現われる。そこには、先程の情景となんの変わりもないように見える。《俺》のやつれ具合を見ると、数時間は経過してそうだ。

「そろそろ帰りますね……」

「あと一回だけお願いしまーす」

《俺》が立ち上がると、愛沢さんは、すかさず足にしがみついてきた。

「その台詞はもう何回も聞きましたよ。そろそろ帰らないと、俺の夕飯が無くなりますから……」

平気へーきでーす。ウチで食べれば問題なしでーす。だから、もう一戦だけ勝負しまーす」

 足にしがみつく愛沢さんは、瞳を潤わせ、鼻腔から出てる液体は間違いなく鼻水に違いない。どちらかというと、フェミニストに属する《俺》は、強硬手段を取れるはずもなく、愛沢さんを見て、肩を落とす。

「今日の夕飯は仁井哉さまのために豪勢ごーせーにしまーす。二黄卵におうらんの卵で目玉焼きを造りまーす。魚だって焼いてあげまーす。ロールキャベツをレタスで造りまーす。デザートはわた――」

 言えば、言うほど支離滅裂になる愛沢さんの口を《俺》はティッシュで抑えた。言わせ続ければ、変な方向に行きそうだったので、その選択は間違いでは無いだろう。

「落ち着いてください。まず、鼻でもかんで下さい」

「ぐしゅ、すいませーん。ぐしゅ、ぐしゅ。ありが、ぐしゅ、とうございまーす。ぐしゅ」

 ティッシュを3枚重ねしたにも関わらず、愛沢さんの鼻水は、それを貫通して、《俺》の手のひらを襲う。更に言えば、借り物のレザーパンツも、涙と鼻水がブレンドした液体が付着している。これでは、どっちが年上かわかったものではない。

「仁井哉さまはー、優しいでーす」

 さっきまでの凶行など忘れたかのように、愛沢さんは《俺》に微笑みかける。

「ゲームなら、いつでも出来ますよ。近いうちに、この服を返しに来ますから……その時でもやりましょうか」

「ホントですかー?」

「ホントです」

 愛沢さんは、小指を差し出してきた。

「指きりでーす。絶対に来てくださーい」

 ハリセンボンを飲まされないように、近いうちに来ることを決意する《俺》であった。



 未梨家を去る間際、愛沢さんにカードキーを貰った。「好きなときにいつでも来てくださいーい。待ってまーす。暗証番号は………」と、笑顔で言われれば誰だって受け取ってしまうだろう。だいたい、使用人の立場からして、ご主人に値する未梨の許可も無しに、勝手にカードキーを渡してしまう愛沢さんはどういう神経の持ち主だろうか。

 我が家の前には、奇妙な光景が広がっていた。暴風雨の中で、傘もささずに佇んでいる少女。長い黒髪は雨にさらされ、黒い瞳から落ちる水滴は涙のようにも見える。その瞳からは、何も感じられない。

 少女の名前は、椿つばき未梨みり

 ただの無表情、無感動、無口な幼なじみ“だった”少女だ。

 時点移動は禁じ手。確かにその通りですね。すごい書きにくいったらあらしません(笑) 

 次話は後編。コメディー忘れて、シリアスで行きます。許してください。


 一応、未梨がメインヒロインです。葉月は後半戦で多いに活躍してもらう予定です。

 更新が遅い、と思っている読者様(いる?)。まことに申し訳ありません。言い訳をさせてください。この小説を前回更新いた後に、私は「みすふぉーちゅん」という小説を探しに色々な本屋に行きました。その小説は先月の頭に発売されたのですが、私は見つけられませんでした。話を戻します。なんと! 捜し求めていた小説が見つかったのです! しかもBOOKOFFで! 私は迷わずそれを買いました。私はその小説を2日ほどで読みきりました。問題はそこからです。私は「その小説」の全巻を読み直してしまいました。外伝を合わせて全20巻。いや、ホントおもしろい――じゃなくて、すみませんでした。醜い言い訳すみません。

 ちなみに前書きのあれ。すごいその小説に影響受けてます(笑)。やるのは今回だけです(笑)

 恐らく次話は来年です。

 では、次回の更新は、早めに済ませるように努力したいです。これからも「ぽーかーふぇいす」をよろしくお願いします。

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