3―2 スマイル
今回は文字数少なめの6,000ぐらいです。
世の中には二種類の人間がいる。世の中には二種類の人間がいると、まとめがる人と、そうでない人。ま、どうでもいいけどね。分けたい奴は勝手に二種類に分けてればいい。
あえて人間を二種類に分けるとしたら、喋れる人間と、喋れない人間に分けられると俺は思うね。
ここは駅ビル5階。主に女性用品を中心としているフロアだ。
なんとなく気まずいので、適当なベンチで休もうとしたが、未梨はそれを許してくれなかった。そりゃあないぜ。男の俺にとっては、このブティックとかスカートとかは無縁な物であって、女装趣味があるわけならまだしも、一般人の俺が見てもなんも楽しくない。さっきから歩き回っているが、店員を含めどうやら男性客は俺を除けばいなそうだ。
そして、俺の腕に掛かる重量が少しずつ増えてきている。
「……これって罰ゲームか?」
また、どしり、と腕に負荷が掛かる。
「なんで?」
「なんでって……な」
さっきから、俺の腕には「買い物かご」がぶら下がっている。そこに未梨が容赦なく、化粧品やら服やらなんかを突っ込んでくるから、もうかごの中はパンパンになり掛けている。ついでに言うと、俺の腕はすでにパンパン。
「お前って化粧とかすんのか?」
「……たまに」
ほう。化粧するのか。この無表情に化粧したら、一体どうなるんだろうか? 見て見たい気もする。
「………」
未梨は無表情で、さらにワンピース追加。キャミソール追加。ヅラ追加。色々追加。やばいぞ。少しかごから溢れだしてきた。
「ちょ、ちょい。こんなに買う金あるのか?」
「へいき」
そう言いながら、また、かごの重量が増える。一体全部でいくらになるんだろうか?
俺がレジにかごを、どん、と置くと、さすがの店員さんも驚いてる様子だ。
「えーっと……十万と二千円になります……」
へぇー。十万円ね。ふざけんな。
まるでセレブの買い物じゃないか。セレブが駅ビルで買い物もどうかと思うが。
「………」
きっと未梨の財布の中から諭吉さんが大量に飛び出すんだな、と想像していたんだが、予想に反して黒いカードが一枚だけ出てきただけ。
あれか? カードで、って奴か?
「ありがとうございました」
いや、ホントにカードで会計済ましちゃったよ。どうせなら俺のポイントカードを使って貰うべきだったな。
俺の両腕にぶら下がっている紙袋。この中身は家族へのテイクアウトでもなんでもない。椿未梨さまさまの生活用品もろもろだ。こんなもんを土産として、持って帰った日には勘当されるに違いないね。
携帯の時計は4時を示している。どうやら昼ドラの再放送は諦めた方がよさそうだ。
打って変わって、ここは地下一階。ゲームセンターだ。
エレベーターを降りて、目に飛び込んで来たのは、大量に並ぶアーケードゲーム。奥に進むと、カードゲームや射撃ゲームなど様々なゲーム台が設置されていた。激しいBGM、天井にはプラネタリウムが優雅に舞踊っている。きっとラスベガスのカジノをイメージして造ったんだろう。
コントローラなどを使うデジタルゲームより、人生ゲームやモノポリーなどのアナログ的なゲームの方が好きな俺はゲーセンには、ほとんど入ったことがない。それにしても人が多い。ゴールデンウイークにゲーセンとはよほどのヒマ人なのだろうか。俺たちも人のことを言える立場じゃないが。
「ニィ」
くいくいと袖を引っ張られる。未梨はプリント倶楽部とか言う最近の若い者に人気のある物に指を向けていた。そこには四人組の女の子たちが、わいわいしながら入っていった。
まさか、ボーリングに負けた罰ゲームとして、あの中に侵入しろと言うのだろうか。いくらなんでもそれはひど過ぎる。人道に反する。もし、あの中に緑校生が存在するならば、俺の不登校は免れないね。あだ名が「プリクラ」になったっておかしくない。
というのは、どうやら深読みだったらしい。
俺の袖を握り締めた未梨は、揺るぎない歩調で別のプリクラ台に入った。
「撮るのか?」
うなずく。
そんぐらいはいいけど……一回四百円もするのか。プリクラ造った奴は今頃いい暮らしをしてるに違いないね。
二百円を財布から取り出そうとすると、未梨が百円を四枚連コインしてくれた。黙って見てくる未梨の双眸には、「誘ったのはわたしだから」と言う意味合いもある(多分)。その好意に甘えても良かったのだが、取り出した二百円をばれないように未梨のリュックサックに忍び込ませといた。こいつからすれば二百円なんて大した金額じゃないんだろうけど、気持ちの問題だよな。こういうときは。
出来上がったプリクラは最悪だ。いや、俺はがんばって表情造ったよ。だけど、未梨の表情なんて全部共通で無表情なんだよ。それが返って、俺のイタさを際立させている。この野郎。
プリクラを撮り、行く当ても無くなったのか、俺たちは外に出た。
「このあとはどうするんだ?」
「……行きたいとこ、ある」
どうせ聞いたところで場所を教えてくれるとは思わなかったので、黙って未梨に付いていくことにした。どんどん駅から離れていき、見慣れた田舎的な風景が戻ってきた。人気が絶えた道を、歩いて行くうちに、日は順調に沈み続け、静寂な闇が訪れ始めた。
歩き続け約1時間。ようやく目的の場所についたらしい。静まり返った空間には、懐かしい匂いが漂っている。
「ここに来るのは何年ぶりだろうな」
ここは……俺が初めて、未梨と出会った場所。公園だ。十年前に比べると、ずいぶん変わってしまった。公園の中心には噴水が設置されている。そしてあらゆる遊具が新品化されている。だが、山の独特な匂いは十年前から何一つ変わっていない。そういえばあの頃の未梨は裸眼で長髪だっけな。
「ニィ」
唐突に未梨から綺麗に包装されている小箱を差し出された。反射的にその小箱を受け取ってしまった。
「これはなんだ?」
「ぷれぜんと」
プレゼント? なにゆえに?
「俺にか?」
うなずく。
わーいって、待て、俺。プレゼントを貰う理由など何一つないぞ。それとも、今日は特別な日とか? えーと……みどりの日。それにしたって、プレゼントを渡す理由にならない。こどもの日? いやいや、確かに俺は、まだ、こどもだが、同年代のこどもにプレゼントを渡すわけがない。いや……今日は……「あれ」か。
「ニィの誕生日」
そう、0501。すなわち俺の誕生日。及び色々な暗証番号。
「……そうだったな」
………すっかり忘れていた。普通こんな大事な日を忘れるわけがないが、俺が忘れるのも無理はない。何故なら俺は、生まれてから一度も誕生日を祝われたことがないからだ。誕生日はケーキに歳の分の蝋燭を立てて祝うなんてのは、つい、最近まで俺は知らなかった。ましてや、誕生日プレゼントなんてのはもってのほか。家族がテキトーだからね。しょうがないといえばしょうがない。よく、ここまでヒネくれないで育ったことに感謝してほしいね。
よくよく考えれば、今回が人生初めての誕生日プレゼントだな。ま、こんなもの悪くないか……。
「ありがとな。マジで嬉しいよ」
昨日、未梨が急に誘ってきた理由はこれだったのか。
「……別に」
「開けていいか?」
「うん」
新品化されたベンチに腰を掛け、テープがなかなか剥がれないことに苛立ちを覚えながらも、小箱の包装を丁寧に剥がしていく。
「………なんて言ったらいいんだろうな。これは」
小箱を開けて、俺の目に飛び込んできた物は、最近巷で流行っている、シルバーアクセサリーの「指輪」。こういう物は一部のオシャレ男子しか身に付けてはいけないアイテムではないのか? 俺なんて論外だろ。
「きっと、似合う」
そんな説得力ゼロの顔で言われてもな。
銀光を放つ指輪を右手小指に嵌めた。その瞬間、「おきのどくですがぼうけんのしょがきえました」というメッセージと音楽が脳裏に過ぎった。まさか、呪いの指輪か?
……なわけないよな。いい加減にしろよ、俺。
「よく俺の誕生日なんて覚えてたな。俺自身が忘れてたのにな」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ?」
ここで未梨は少し困ったような表情を見せる。何度も言うが恐らくこの変化は俺以外にはわからない。
そして重々しく口を開き始めた。
「……去年の春。わたしがニィにしたこと」
そこで未梨は一旦言葉を切り、
「許して欲しい。ごめんなさい」
あくまで淡々と無感情で話し続ける。
「……最初から俺は怒ってないぞ。そりゃあ、あの時は正直驚いたさ。だけど、おかげで自分が何者かわかったことだし……結果オーライ。というわけだ。て、いうかあれはお前のせいじゃないだろ。いちいち気にす――」
気にするな、と最後までカッコよく決めようとしたが、俺の視線に入ったモノを見て、思わず言葉を失った。表情がミクロン単位でしか変化しない未梨が見せる――初めての――
――笑顔だ。
冬しか訪れない地に春が訪れた。そんな例えが一番しっくりくる笑顔。
「ありがとう」
驚愕のあまり俺は、ただただ未梨を見つめていた。
「お前……笑えるんだな」
「……………別に」
いつもより多めの三点リーダーの間に未梨はいつもの無表情に戻った。くそ、写真に収めとくべきだった。
その後の俺たちはというと、公園から一望できる夜景を無意味に鑑賞したり、腹が減った、ということで、山を下った近くのファミリーレストランで食事をしたり、いかにも二十代後半の男女同士がデートでやりそうなことをしていたのさ。
よくよく考えれば、これってすごいデートっぽいよな。
それっぽいイベントはなにもなかったけどね。
荷物がたくさんある。ということで俺はわざわざ未梨の済む高級マンションにまで向かうことになった。玄関口にあるパネルにカードキーを差し込むとロックが解除され、ガラス戸が開かれた。入って左手にあるエレベーターにもカードキーの差し込み口がある。いつ来てもここの防犯システムには驚かせられる。未梨は慣れた手つきでカードキーをパネルに差し込むと、エレベーターの冷たい戸が開かれる。
最後の締めに、自室の横にはテンキーのパネルとカード差し込み口がある。未梨はカードキーを差し込み、テンキーを見もせずに叩きこむ。
「入って」
開かれた扉からは、眩しいほどの光が玄関を照らし出していた。俺が有無を言う前に、未梨は自分の靴を脱ぎ捨てて、中に入り込んでいった。できることなら、中には入りたくなかったんだが……。
中に入るのは、久しぶりだが……相変わらず居心地が悪い。
リビングに入ると、生暖かい熱風が出迎えてくれた。広々としたリビングはフローリングで敷き詰められており、床にはゴミ一つ落ちていない。十畳ほどの部屋だが、実際に使われているのは、四分の一ぐらいだ。四隅の左角に設置されている、こたつとテレビ、それにソファー。そこの使われている空間だけが、まるで隔離されているように、きっちりカーペットが敷いてある。
「あれー、未梨さまー。帰って来てたんですかー?」
こたつから、能天気な声が聞こえてきた。そこには、こたつから顔だけをを出している、少女――というより女性がいた。
「……」
未梨はなにも言わずに、彼女に一瞥するだけで自室に踵を返す。彼女はそんな未梨には目をくれず、俺に視点を定めている。
「仁井哉さまじゃないですかー。おひさしぶりですねー」
「……どうも。ご無沙汰してます」
俺が中に入りたくなかった理由はこの人だ。未梨の使用人――愛沢さん。嫌い……ではない。気さくでいい人だと思うし、なかなか美人だとも思うけど、なんていうか苦手だ。年齢不詳の愛沢さんは、未梨と二人暮らしをしている、らしい。詳しくは……俺も知らん。知りたいとも思わない。
愛沢さんに一瞥し、俺も未梨の後に続き、部屋に入り込む。両腕にぶら下がっている荷物を、適当な場所に落とし、俺は憮然と部屋を見渡した。
なんというか……女の子らしい部屋とは言えないよな。
リビングのフローリングとは打って変わって、六畳ほどの部屋には畳が敷き詰められている。それにしても、この部屋には飾りっ気というものがない。どでかい本棚は、部屋全体の二畳は締めている。部屋の中央に敷かれている布団には、脱ぎ捨てられた制服が落ちていた。女の子の部屋には未梨以外に入ったことはないが、こんな感じではないと思う。というかそう信じたい。
「仁井哉さまー。こっちに来てくださいよー」
こたつから身を乗り出した愛沢さんは、おいでおいで、と手招きをしている。
「ゲームならやりませんよ」
「えー。なんでですかー。仁井哉さまに負けたあとから、今まで、ひたすら練習してたんですよー。もう無限コンボですよぉ」
ちなみに愛沢さんが話していることは、某格闘ゲームの話だ。使用人と言っても、毎日が暇らしく、一日の大半の時間はゲームに費やしているらしい。一年前ぐらいに、その愛沢さんと勝負してみたが、初心者同然の俺に惨敗。根本的にゲームに向いてないのだろう。
「俺はもう帰ります」
「なんでですかぁー。ヒマじゃないですかー」
「知りませんよ。未梨とやってればいいじゃないですか」
「それはー未梨さまが相手してくれればいいんですけど……全然やってくれないですよー。仁井哉さまからなんとか言ってくださいよー」
「……とりあえず帰ります」
「仁井哉さまー。いつでも来てくださいねー。待ってますよー」
笑顔全快の愛沢さんに、軽く手を振ってあげた。やっぱり苦手だ。
「ニィ」
「なんだ?」
「指輪大切にして」
「当たり前だろ」
俺はそういって、指輪をしている指を見せる。
「……また、こんど」
「ああ」
我が家に入るやいなやオフクロが、
「あら? 帰りが早過ぎじゃないの? まさか、未梨ちゃんとケンカしたぁーの?」
しらねぇよ。勝手に想像してくれ。
「わたしが想像するストーリーだと、もう貴方たちは一線どころか二、三線越えちゃってるわね。それでねー……もう毎日……」
やっぱり気持ち悪いから止めてくれ。
殺風景なリビングで、オフクロと五分ほど対談したあと、自室に向かい着替えもしないでベットイン。もちろん一人でだ。
そこで、携帯が震える。
発信元は斉藤。
「なんだこの野郎」
『一声目にそれはないだろ? えーっと、なんだっけな……あ、そうそう。明日のことなんだが、十一時に駅集合って言ったよな? やっぱし十二時に駅に変更な』
「断る」
『お前って大分気分屋だよな。まあ、ちゃんと来いよ』
「だが断る」
『まあまあ、そう言うなって。明日はきっと人生で忘れられない日になるぜ』
四の五の言う前に、一方的に電話を切られた。……勝手な奴だ。斉藤が何を企んでいるのか考えるのもバカらしく、俺はさっそうと眠りの世界へと落ちた。
次話は過去編の予定です。
楽しみしていた方(いる?)更新が遅れて本当に申し訳ありません。諸事情により、遅れました。次話はがんばって一週間以内に更新したいと思います。
さて、ここからはいつものどうでもいい話です。私はライトノベルが好きです。この「ぽーかーふぇいす」も私はライトノベル風に書いているつもりです。他の作者様は、果たして何風で書いているのでしょうかね。と、私のどうでもいい呟きでした(笑)
物語は折り返し地点。これからもぽーかーふぇいすをよろしくお願いします。