プロローグ 葉月編
色々修正しました。内容は一切変わっていませんので安心してください。
修正点は
“”→『』or「」に変えました。
・・・→…(三点リーダー)に変えました。
みなさんに読みやすく改行の仕方を変えました。
誤字を修正しました。
昔の話だ。俺が幼稚園だった頃、ある女の子がイジメをくらっていた。イジメの方法は至ってシンプル。仲間外れや無視など。イジメの理由は「だってアイツ生意気なんだもん」「かわいければなんでもいいってわけじゃない」など、どこにでもありそうな理由だった。その女の子は確かに俺が見る限りでもかなり生意気だった。だけどいいところだってあるはずだ。
あの頃の俺にはイジメを止めさせる勇気がなかった。止めさせられないならばせめて…女の子に元気を出して欲しかった。女の子はいつも一人でタイヤの遊具の場所に佇んでいた。他の遊具の場所は他の子が使っており、その女の子にとって近寄り難いところなのだろう。その点タイヤの遊具は人気が無く人がいることは滅多ない。それに女の子がタイヤの遊具を使うようになってから、ただでさえ人気がなかったタイヤの遊具に誰も来なくなった。それからはタイヤの遊具の場所は女の子のテリトリーになった。
「なによ。アンタ」
当時の俺はいじめられていた女の子と仲が良いわけでもなく、むしろ初対面に近かった。女の子の名字も名前もわからなかった。
「ねぇ、僕と遊ぼうよ」
自分でもなんでこんなことをしたのか不思議だ。
女の子はクスクス笑い俺を見た。女の子は笑っていたが目は笑ってなかった。
「アタシと一緒にいたらアンタまでイジメられるわよ」
どうせアンタも裏切るんでしょ。女の子の心の声が聞こえたような気がした。
当時の俺は友だちがいないわけでもなく、幼稚園の中でもなかなかの高い地位が約束されていた。しかしそんなことはどうでもよかった。
「それでもいいよ。遊ぼうよ」
俺の答は女の子にとって予想外だったらしく、呆気をとられている。
「しょ、しょうがないわね。特別よ」
女の子と遊ぶようになってから一週間もしない内に俺にもイジメが襲ってきた。今まで遊んでいた友達からも無視されるようになっていた。予想通りと言えば予想通りなので驚きはしなかった。
「…ごめん。アタシのせいで…」
ある日、女の子は泣きそうな顔で謝ってきた。
「なんで謝るの?」
「だってアタシのせいで…!」
女の子はとうとう泣き出してしまった。
「僕は全然後悔してないよ。だから笑ってよ」
「でも…」
「しょうがないなー。特別だよ」
俺はポケットから『あるもの』を取り出した。
「…なにそれ?」
「魔法のアイテムだよ」
そう、それはハーモニカ。なんの変哲もないハーモニカ。俺はハーモニカを口に付けて演奏し始めた。どんな楽器でも俺の手にかかれば『世界一』上手く演奏できる。ハーモニカから和らげなメロディを流れる。女の子の顔に少しずつ笑顔が表れてきた。
「やっと笑ってくれたね」
「…すごい良かった」
女の子はさっきまで泣いてたとは思えないほど満面の笑みだった。俺は言った
「『音楽は人を救う魔法だよ』だよ」と。
次の日。女の子はハーモニカを持ってきていた。
「えへへ…お、教えてほしいなー。なんちゃって…」
これはハニカミか? と突っ込みたくなるような仕草を女の子はした。今の俺なら確実に言ってたな。
「うん。いいよ」
教えることに深い意味などまったくなくただ単に頼まれたという理由からハーモニカを教えて上げた。この判断が俺の運命が大きく変わることなるなんてこの時は思いもしなかった。
女の子がハーモニカを持つようになってから一ヶ月ほどが過ぎた。女の子は飲み込みが物凄く速く、ハーモニカを自由自在に使い熟していた。
「むぅ。仁井哉は上手過ぎるのよ」
ある日、俺が演奏している時に女の子が言ってきた。
「葉月だって充分上手いよ。それに僕は音楽の申し子だから…しょうがないんだよ…」
たった今思い出したが女の子の名前は『葉月』だ。名字は…思い出せない。
「『もうしご』ってなによー?」
「なんだろうね」
葉月がハーモニカを吹くようになってから少しずつイジメが無くなっていった。それから一年が過ぎたころにはイジメの面影すら無くなっており、今では葉月は人気者だ。ハーモニカを演奏できる美少女。聞いただけで人気者の資格は充分にある。葉月のイジメが無くなったことで俺に対するイジメも自然消滅したみたいだ。めでたしめでたし…のはずなのだが、イジメが無くなったというのにもかかわらず葉月は不機嫌そうな顔をしていた。
「最近アンタと話す時間が短くなってるような気がするわ」
それもそうだ。最近ではいつも葉月の周りには必ず誰かがいる。葉月はその取り巻きを追い払ってわざわざ俺のところまで来ている。
「葉月は人気者だからしょうがないよ」
「都合がいい人ばっかりよね。あんな奴ら友達でもなんでもないわ。一時はやりたい放題やってたのに、今更仲良くしようって? はい、そうですか…ってアタシはできないわ。最初からアタシを見ててくれてたのは仁井哉だけ。だから友達なんて仁井哉だけでいいわ」
「そんなのダメだよ」
「なに? アイツらのこと許せっていうの? アンタだってアイツらにイジメられてたのよ! なんでそんななにも無かったように振る舞えるの!?」
葉月の口調が強くなってきた。俺はそれに怯むことなく言い返した。
「憎んだってその先はなにもないよ。僕は仲間を信じたいと思う」
「…信じたってまた裏切られるかも知れないのよ。そんなのイヤよ…」
葉月の目に涙が浮かぶ。俺は黙ってハーモニカを演奏し始めた。当時の俺の中で一番自信があった曲だ。そして俺はこの時ほど真面目に全力で演奏したことはないだろう。心の底から込み上げてくるものを全てハーモニカに込めた。葉月にはどう聞こえているかはわからないが、これは俺から送る…最後になるかも知れない『メッセージ』のつもりだった。
「それでも…僕はみんなを人間を信じたい」
葉月は泣きっ面を無理矢理振り払い、笑ってみせた。俺も精一杯の笑顔をみせた。
「まったく…アンタには敵わないわ」
それから数日が過ぎた。葉月は俺と多く話をするものの他の人たちとも話してたり、楽しそうに遊んでたりしていた。それを見ていた俺は安心した。これでなにも心配することなく『消えられる』と。
「アタシたちもそろそろ小学生だわね」
いつも通り俺は葉月とたわいない話をしていた。そんな日も…今日までだ…
「ねぇ、葉月…」
「なーに?」
俺は一呼吸置いた。
「僕は…引っ越すんだ…」
葉月は黙り込んでしまった。気まずい空気に耐えられず、俺は北風が葉っぱを舞い上げている光景を見ていた。俺もあの葉っぱと一緒に飛んで行きたかった。
「あははっ、おもしろい冗談だわね」
葉月は気まずい空気を吹き飛ばすように明るく言った。
「冗談で…こんなこと言わないよ」
再び重い空気が流れる。
「本当なんだ…。遠いところ…かな?」
葉月はいつになく女の子らしく、葉月らしからぬ喋り方だった。
「…うん。すごく遠いんだ。もう会えないかも知れない」
「いつ…いなくなっちゃうの…かな?」
「今日…幼稚園が終わったあとに、すぐに出発するって…」
「ちょっと! 話が急すぎるわよ! そういうことはもっと早く話しなさいよ!」
葉月は元の喋り方に戻った。おかげで少し気が楽になった。
「葉月と始めて話したときにはもう決まっていたんだよ。だから話すタイミングがわからなくてさ…ごめん」
「今日でお別れ…ね。あはは…急展開すぎてなにがなんだかわからないや」
「本当に…ごめん」
それから葉月は一言も話さなくなり、あっという間に幼稚園の終わりの時間が迫ってきた。俺は男友達と粘土をいじって楽しんでいた。ここでの最後の時間が粘土工作で終わるのかと思っていたその時、葉月が近づいてきた。
「付いてきて」
俺はなにも言わずに葉月に付いていった。外に出てタイヤの遊具のところまで行くと葉月は立ち止まった。
「アタシが仁井哉と始めて話した時もここだったよね」
「そうだね」
葉月はタイヤに座り込みなにやら手招きをしている。
「と、隣いいわよ」
言われた通りに葉月の隣に座った。一つのタイヤに二人は中々きついものだった。
「もう行っちゃうのよね……」
「うん」
「じゃあさ、一つだけお願いしていいかな?」
「なんでも聞くよ」
葉月はポケットからハーモニカを取り出し俺に差し出した。
「アタシが今こうしていられるのは仁井哉が『これ』を教えてくれたから。正直に言うと最初は全然仁井哉のことなんて信じてなかった。けどね仁井哉が『これ』を聴かしてくれてからはアタシは仁井哉に心を許すようになった…本当に心から…。上手く言えないけど、こう…仁井哉の演奏はなにか感じるものがあったの。『アタシも仁井哉みたいに上手くなりたい』って…ハーモニカを買って仁井哉に追い付こうってね。けど気付いたの、このままじゃ一生仁井哉に勝てない…当たり前だよね。アタシは自分のことしか考えてないのに、仁井哉はみんなのことを考えている。技術で負けているのに気持ちでも負けているなんてね…。実際このことに気付いたのは昨日仁井哉が聴かしてくれた時なんだけどね。しっかりアタシには届いたわよ『メッセージ』が。『仁井哉みたいに上手くなる』それじゃあダメなんだわ。アタシも『仁井哉みたいに人の幸せを願って演奏』するわ。次に会えるのなんて何年後になるかはわからない…だけどいつか会いたい。アタシは仁井哉に会いたい! だから…次会う時までハーモニカを交換…していいかな?」
「…うん」
俺もハーモニカを取り出した。
「失くしたら殺すわよ」
葉月はブラックなジョークをマジ顔で言ってきた。
「葉月も失くさないでね」
葉月は右手でハーモニカを差し出してた。俺も右手でハーモニカを差し出し、お互い左手で 相手のハーモニカを掴んだ。俺と葉月は目を合わせた。
「いくわよ。いっせーのー……せ!」
お互いに右手を放した。自分の左手には葉月のハーモニカがある。葉月の左手には俺のハーモニカがある。
「大切にしてよね。アタシも大切にするから」
葉月は胸に俺の…俺のだったハーモニカを押し付けた。
「うん」
正門の近くで先生が手を振っているのが見えた。
「仁井哉くーん。葉月ちゃーん。お迎えのバスが来てるわよー」
「葉月。行こうよ」
葉月は俺の手を握ってきた。俺もそれを握り返した。
「そうね…」
葉月が先にバスに乗り込んだ。それに続き乗り込もうとすると先生がドアの前に立ち塞がった。先生はしゃがみ込み、俺の耳元で呟いてきた。
「ふふっ。彼女とのお別れはすみました?」
なにを勘違いしているんだこの人は。
「葉月は…そんなんじゃありません」
「先生はね、葉月ちゃんがイジメられてたのを救えなかったの。けど仁井哉くんはダメな先生の代わりに葉月ちゃんを救ってくれた。先生を代表して言うね。ありがと」
「そんな…僕は…ただ誰かが悲しんでいるのなんて見たくないんです」
「うふふっ。仁井哉くん、将来絶対かっこよくなるよ。仁井哉くんがあと20年ぐらい早く産まれてば私が貰ったのにぃ。葉月ちゃんが羨ましいよ」
「…からかわないで下さい。早くしないとみんなに文句言われますよ」
「赤くなっちゃってかぁわいいー」
先生は俺のおでこを人差し指でツンっとつっつき、にっこり笑った。
「今日の仁井哉くんのバスの席は特別に葉月ちゃんの隣です」
「え?」
俺は状況を理解できないまま、先生にほらほらと背中を押された。バスの中に入った瞬間に葉月が目に入った。それもそうだ、葉月は運転手の後ろの席に座っていたからだ。先生が後ろで急かしてくるので、大人しく葉月の隣に座った。先生もドア側の先頭席に座った。
「まったく…先生もお節介よね。アタシが仁井哉と付き合ってるとでも思っているのかしら?」
葉月は第一声でズバリ当てやがった。しかもわざと先生に聞こえるように言っているとしか考えられないほど、はっきり言った。俺はちらっと先生を見ると、先生は苦笑いしていた。
「まぁ…仁井哉の隣にしてくれて感謝はしてるけどね…」
今度は俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言ってきた。今の俺なら確実にこう言ってるだろう。
『なに? お前ツンデレキャラか?』
当時の俺はそんな用語など知らず(言葉自体存在しているか怪しい)なおかつ純粋だったので、たとえ知っていたとしても絶対言わないだろう。葉月は俺の手の甲に手を置いてきた。
「ねぇ、仁井哉…なんでもいいからハーモニカ…聴かして…」
「わかった…」
さっきまで葉月の物だった、ハーモニカをポケットから取り出し、口に付けた。音をだすと、どこからか静かに! という声が聞こえた。家に着くまでの数分間、なぜかバス内の誰一人物音立てずに聴いていた。バスはあっという間に家の前に着き、葉月とのお別れの時間がきた。
「じゃあね…葉月」
「…さよなら」
葉月の視線を感じながら俺はバスから降りた。先生も見送りとして俺と一緒にバスを降りた。見送りと言っても俺が家の中に入るまでのことだ。
「仁井哉くん。気を付けてね」
「先生…これを葉月に渡しといてください」
俺は先生に『なにか』を渡した。なにを渡したかは記憶にはない…が確かになにかを渡した。
「いいけど…直接渡さなくていいの?」
「いいんです。お願いします」
先生は俺の頭をなでてきた。
「ふふ。あっちでもがんばってね」
「…はい。さようなら」
「元気でね」
先生はバスに戻っていった。バスがブルルと音を立てて動き出す。はっきりとは見えなかったが、葉月は泣いていたように見えた。
初投稿です。
少しでもこの小説が「おもしろいなー」って思ってくれるだけで嬉しいです。
ご意見などがありましたらどうぞご自由に。
ということで! よろしくお願いします。