終わりの始まり
3
いなかった。ずっと存在しなかった。だがある時初めて存在する。初めて、彼の目に映る。
その日は雨が降っていた。
広田友樹は傘を閉じる。そしていつも通り、職員室に鍵を取りに行ったが、鍵は既に持ち去られていた。教室に向かう。扉はほんの数センチ開いていた。その先の部屋に、彼女がいた。
空は鉛色。教室の中はとても暗いのに、電気がついていない。誰もいないのかと思いきや、人影が見えた。
彼女は、『居た』。彼女はどこも見ていなかった。顔を埋めていた。それは一見すると、寝ているかのように見えた―――。
広田友樹は声をかける。だが反応がない。教卓の後ろにある時計を見る。七時十分だった。もうすぐ皆もやってくるだろう。このまま寝られていては、困る。きっと彼女は皆にからかわれてしまうだろうから。それがあまりにも気の毒で。彼女の肩を揺さぶった。彼女は思っていたより小柄だった。
ガタン、と彼女がバランスを崩して床に倒れる。まるで壊れた人形みたいだった。大丈夫? と声をかけようとして、はたと気づいた。彼女の目はくわっと見開かれていて、どこか遠くを見ている。それだけじゃない。揺さぶったときも、氷と同じくらいの体温をしていた。
二度と動かない。二度と微笑みかけてくれない。
「美月………」
まだ何も伝えてなかったのに……。
広田友樹はその場に立ち尽くしていた。一歩も動くことができなかった。
教室は静寂に包まれていた。聞こえるのは時計の秒針が動く音と、外で降っている霧雨の音だけ。だがそれも、今の広田友樹には聞こえていなかった。
「俺、こんなつもりじゃ……。本当はお前が………」
言葉を切る。俺には、この続きを言う資格なんて無いんだ。
カタリ、と教室内で音がした。広田友樹は我に返って振り返る。端整な顔立ちをした少年が、一番後ろにある誰かの机に軽く腰をかけていた。見覚えの無い顔だった。
少年は立ち上がり、広田友樹を見据える。広田友樹と同じくらい、もしくは少し高いくらいの身長だった。