雨
「そういえば、今日は何の日か知ってます?」
駅に向かって歩いている最中に、唐突に広田友樹が訊いた。人通りが多く混雑している上に雨まで降っているので、声が聞き取り辛くなるだろうと、少しトーンを大きくして訊く。
「知るか、かーば」
「言うと思った。ま、別にいいけどね、今日は何も無い日だから」
「話終了だな。 ……お前、何が言いたかったんだよ?」
鬱陶しいくらいの、雨。地上にいるもの全てを串刺しにするかのように降ってくる。空は鉛色。あの時の再現のように、薄暗い。暫し、無言が続く。
「あーーー、靴ン中びしょ濡れじゃねえか、クソ!」
先に静寂を破ったのは田代加那慧だった。
「そんなこと言われなくても分かります」
「冷めてぇなあ、お前。大体よ、お前が訳の分からんことを言うから会話が途切れたんだろ? 黙々と歩くなんてつまんねえじゃねえかよ」
「同感ですね。だからとりあえず、話を振ってみたんですけど」
「もっとマシな話を振れ。答えようがないじゃねえか」
「確かに。靴が濡れた話なんて、ふうんと答えればそれで終わっちゃいますもんね」
広田友樹はにこりと笑う。
「何だよ、嫌味か?」
「まあ、そんなとこ。ちょっとムカついたから仕返し」
「なんだよ、それ。……あ、そういえばさ」
「?」
「お前の兄さん、元気にしてるか?」
広田友樹には何歳か年の離れた兄がいる。話題に上ったことはあるが、田代加那慧は実際に彼の兄を見たことがない。友樹の兄はイギリスに留学しているのだった。
「ああうん、元気みたいです。この前手紙が来ましたよ。『元気にしてるか? 死ぬんじゃねえぞ』って。まったく、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない人です」
と言いつつも、広田友樹はくすりと笑う。やはり、仲の良い兄弟だったのだろう。