シュレーティンガーの猫3
「美月」
名前を呼ばれて、彼女は振り返る。と、同時に長い黒髪が揺れた。
「何? トモくん」
心地良い風が草原を駆け抜けた。蝉はまだ、鳴いていない。友樹は美月の隣に腰を下ろした。
「お前さ、も少し自分を大切にしろよ」
呆れたように言う。それに対し、「あはは、もう十分大切にしてると思うけどな」と笑う彼女。心の底から笑っていないことには、すぐ気づいた。
「全然。そんなだから、美月は腐った女子共の格好の的にされるんだよ」
ふっと、美月の表情が翳った。
「だって、嘘なんかつきたくない。嫌いじゃない人の悪口なんて私、言いたくない。そういう話を振ってくる子ってね、仲良くしてる子の悪口だって平気で言うんだから。そんな子たちの輪の中にわざわざ入りたくないの。それだったら一人でいる方がマシ」
「ふーん。女って、難しい生き物だな。男の世界には無い仕組みだぜ」
「だろうね。……いいなあ、その場その場で楽しく遊べて。私、男に生まれたかったな。そしたら、クラスの皆で遊ぶんだ。きっと楽しいよ」
「ばーか、無理に決まってんだろ。もしお前が男だったとしてもその性格じゃあ、あいつらに着いて行くことなんかできねえよ」
「そんなの分かんないじゃん、トモくんのかーば」
「かばって言った奴がカバなんだぞ」
「じゃあ、バカって言った奴は馬鹿なんだ」
「なら俺は馬鹿なんだな」
「私はカバかぁ」
二人は同時に吹き出した。腹を抱えて笑う。それだけのことだったけど、こうして二人で笑ったのは久しぶりだった。友樹は何とか笑いを収め、深く呼吸する。空は深い青色に染まっていた。雲もちらほらと見えるが、多分快晴だ。
今度は美月が唐突に言い出した。
「もし私が死んだら。トモくんは私のために泣いてくれる?」
「さあ、どうかな。気まぐれを起こして、泣いてやるかもしれない。……あんま縁起の悪いこと言うなよ、心配するだろ」
「ふうん。トモくんは優しいね」
「俺がか? まさか、気のせいだろ」
「そうかなぁ?」




