過去の出来事2
お父さんはいる。お母さんもいる。兄弟はいない。姉妹もいない。私は一人しかいない。絶対に、だ。仮に『北山美月』という同じ名前の子がどこかにいたとしても、それは私じゃない。魂が同じなんて絶対にありえないのだから、私は私だ。それ以外の何者でもない。……心の中では同じことを思っていたとしても。口に出さなければ相手が何を考えているかなんて他人には分からないのだ。魂が違うというのは、そういうことだと思う。それに、皆が皆同じことを考えていたら……気味が悪いだろうし。
「この前本を読んでいたときに思ったんだけど……天国って、ホントにあるの?」
「うーん、そうだな……」
彼は少しの間考える。
「美月はあると思うか?」
「私? 私はあると思うよ。だって、無かったら死んだ人がどこに行けば良いか分からなくなって、迷子になっちゃうもん」
「それなら、天国はあるぜ」
「どうして?」
天国は死後の世界だ。私たちはまだ生きているから、確かめようなんてない。だから絶対にあるとは言えない。なのに、彼ははっきり『ある』と言った。なぜ断言できるのか、私には不思議でしょうがなかった。
「もしかしたらホントは無いのかもしれねえな。だけど信じている限り、その人の心の中には存在する。だから『ある』んだ。……それは天国だけとは言えねえ。信じていれば『ある』モノなんて沢山あるんだ。だからさ、美月」
彼がぱっと振り返った。視線がぶつかる。
「何も信じないなんて言ってちゃ駄目だ。………な?」
「う、うん……!」
深い海を思わせるような青色。その瞳に目を奪われ、反応が遅れてしまった。……彼は外国生まれで日本育ちなのだと言っていた。私は見たことがないが、きっと親のどちらかが外国人なのだろう。
彼は自分のことについて一切話をしなかった。私も訊こうとは不思議と思わなかった。……今それを振り返ってみれば、それは当然のことだったと思う。誰だって、言いたくないことや知られたくないことはある。それは私も同じで。言いたくないことがあるのなら、訊かれたくないことがあるのなら、自分も相手にそれを訊いてはいけないのだ。誰にも教わらない、自分で気づかなければならない暗黙のルールを守らなければならない。
「お、そういえばもう昼だな。美月、メシは食ってきたか?」
私は首を横に振る。……お母さんは仕事でいつも家にいない。普段、休みの日は貰ったお金を持ってコンビニに弁当を買いに行くのだが、今日はその前に彼の家に寄ったのだ。……あの時はなぜそんなことをしたのか分からなかったが、今なら分かる。きっと私は、彼のことを本当の家族以上に家族だと思っていた。