不思議な出来事2
「思い出した?」
「………っ!」
ガクン、と膝を着く。
忘れていた……。俺は友樹の言う通り、本当に記憶を失くしていたんだ。けど、あれは俺じゃない。今の記憶の中に存在していた俺は、俺じゃない。
俺は一体、『どっち』なんだ? 友樹の言う通り、北山美月の心が具現化した世界の異物なのか、人間なのか。分からない。分からないことがこれほどもどかしいものだなんて、知らなかった。
その困惑を見透かしたように、北山美月は言う。
「君は、君だよ。他の誰でもない。カナくんも自分でそう言っていなかったっけ? ……ああでも、自分が知らない『自分』がいるのって、怖いことだよね。それに気づいてしまったら、確かに前みたいなことは言えないかも。……でも、私はあなたのことが分かるよ。あなたは『田代加那慧』。広『田』友樹の『代』わりに願いを『かなえ』てくれる、私の深層心理の具現化」
頭が混乱する。今まで俺は何を思って、考えて、生きていたんだ……?
両親がいない。それは、幼い頃に事故で死んでしまったからだと近所の人に聞かされていた。親戚がいない。親戚が皆死んでしまって誰もいない家もあるのだと教えられた気がする。……ついこの間までの記憶しかない。それは、ただ単に興味が無いことはすぐ忘れていただけなのではなかったのか?
「でもね、もうカナくんはトモくんの代わりにならなくても良いんだよ」
この目の前にいる女は誰なんだ。分かってるよ、こいつは北山美月だろ? 馬鹿なことを言うなよ。北山美月はもういないんだ。もし居たとしても、それはきっと夢の中のこと。……そうだ、これは夢なんじゃないのか? 俺は、友樹が言う誤解を晴らすために高尾さんの病院に行って、それで………。
「……カナくんがトモくんを殺せないと言うのなら。私が殺してくるよ」
鋭い眼光がどこか遠くを睨みつける。……美月の面影もへったくれもなかった。これはもう、別人だ。まるで、未練の塊が美月の形になったような感じ。そんな風に俺が思っている間にも、その『未練の塊』は友樹に対する殺気を高めてやがる……!!
「ま、待てよ! 殺すったってお前……その状態でどう殺しに行くって言うんだよ?! 無理だろ?! それより、本当に友樹がお前を殺したのかよ?! 人違いだったらどうするんだ、取り返しがつかねえぞ!」
『そいつ』は振り返った。
「ならカナくん。トモくんに聞いてみれば良いんだよ。本当にお前が美月を殺したのか、ってね。……トモくんはずるい人だから、多分正直には答えてくれないと思うけど。……犯行を認めたら、許してやって。私だって、罪を認める人を殺そうとは思わない。でも、もし否定したら頭を叩き割って欲しいの。答えがなくても、それで良いよ」
段々ヤツの姿がぼやけてくる……。夢が覚めるのか……。最後にそいつは冷たく笑った。