静寂
「決まっているでしょう? いつもあなたの傍にいるあの男のこと。……広田友樹だよ」
今……何て言った? 俺は自分の耳を疑う。コイツは今、何を言った?!
「嘘だ!!」
「嘘なんかじゃない!!」
「………っ!!」
なんて……、なんて悲しい目をしているんだ……。悲しみ以上の怒りが、彼女の心を支配している……。
女は自分が激情してしまったことに気づき、俯く。
「ごめん……。カナくんに八つ当たりしたってしょうがないよね。怖いと思われちゃったかな……」
北山美月は人一倍優しかった。優しいから、強く出ることができなかった。強く出ることができないから、いいように使われていたときだってあったと思う。
優しさだけを持っている人間なんて、一人もいないんだ。傷つかず、怒りを覚えない人間なんてこの世に一人もいない。
彼女は優しかった。だから人一倍傷つきやすかった。それでいて、他人に縋ろうという考えはまったく持ち合わせていない。……守りたいと、思った。美月がどんなに嫌だと思った奴でも、そいつを拒絶できないと言うのなら、俺がそいつを蹴散らしてやる。
人間が嫌いだった。……それはきっと、俺の心が真っ黒だったから。
「私は、カナくんに対して怒ってるわけじゃないんだよ。だから、気にしないでね」
「いや、別に俺は気になんか……」
「……ああ、そうか。分かったよ。うん、分かった。怖がらせちゃってごめんね。大丈夫。そんなに怖がらなくったって、私はカナくんを殺したりなんかしないよ。殺すとしたら、広田友樹。あの人は許せない。カナくんもそう思うよね? 自分が殺されたら、嫌だよね?」
一瞬、思考が停止する。……頭が混乱し過ぎて、こいつが言っている言葉の意味が分からない。何でだろう、すごく気持ちが悪い。
「子は母に逆らえないよ。子が母に逆らえないのは当たり前。だからカナくん。私の代わりにトモくんを殺して来てくれる?」
「じょ、冗談も休み休み言えって。まさかお前、友樹とグルなのか? 死んだフリして、実は生きていたとかさ。それで俺をビックリさせようって気なんだろ? ……そうだって言えよ!!」
女はさらに険しい目つきを向けてくる。
初めは一度も聞いたことのないような冷たく抑揚の無い声で。そして、徐々に怒りが混じった声で、彼女は言う。
「グル……? 私とあの男が? カナくんは、私が私を殺した男とグルだって言うのかな!? ……あははっ、そんなワケないでしょう? 私の死を未だに哀れんでいるフリを続けているあの男を、私は許してなんかいないよ。……だけどね、あの男の言っていることは一部正しいところがある。カナくんは、私が望まなければ『存在しなかった』」