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侵食  作者:
シュレーティンガーの猫
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シュレーティンガーの猫




                       1


例えば、ここに中身の見えない一つの箱があり、猫が閉じ込められているとする。はたして、この猫は生きているのか死んでいるのか。中身が見えないから分からない。中身を確かめようと覗かなければ、生きている猫と死んでいる猫が存在することになる。しかし、一度中を確認してしまったら、片方は消滅し、真実だけが残る。


 「シュレーディンガーの猫、ですか?」


 頭上から能天気な声が聞こえてきて、田代加那慧たしろ かなえは本から顔を上げた。広田友樹は興味深そうに本を見ている。


 「俺、シュレーディンガーの猫、好きなんです。もしかして、加那慧もですか?」


 「生きてる猫と死んでる猫が、中が見えない箱の中に存在するってところがな」


 箱の中の猫は、もしかしたら生きてるかもしれない。ひょっとしたら、死んでいるかもしれない。けれど、それは自分の目で確認しなければ分からなくて。死んでいたら嫌だ、だから箱の蓋を開けない。この時点では、生きている猫と死んでいた猫が存在する。死んでいたら嫌だ、けれどもしかしたら生きているかもしれない、だから開けてみよう。こうして蓋を開け、真実を知る。その時点で、生きている猫、もしくは死んでいた猫のどちらかの猫が存在できなくなる。何も知らないときは、生死の確率が五十五十だ。だから二匹の猫が存在する。けれど、知ってしまったら百とゼロのどちらかになっていしまう。どちらかの可能性がなくなる。よって、猫は一匹しか存在しない。


 「もしかしたら…かもしれない。もしかしたら、もしかしたら。そういう、数え切れないくらいの『IF』が未来なんだ。受験だって、同じさ。例えば、頑張って勉強したAさんと何もしなかったBさんがいるとする。二人は同じところへ入学しようと思っていた。さあ、二人はどうなる?」


 「Aさんは合格すると思います。でも、Bさんは何もしていないから不合格になると思います」


「惜しいな。AさんはBさんより勉強しているから、合格の確率がBさんより高い。だけどそれは百パーセントじゃないんだ。元々頭が悪いから、人並み以上に勉強しなければいけなかったのかもしれない。逆に、何も勉強しなかったBさんはとてつもなく頭が良かったのかもしれないぞ。合格の確率が、一見百とゼロに見えたとしても、実は五十五十だったりする。シュレーディンガーの猫は、それと似ているから面白い」


 「なんだか嫌な例えだなぁ。受験生にそんな怖い話、しないでくださいよ」


 「そう思うなら読書の邪魔をするな」


 「はいはーい、わっかりました。それより、久しぶりに小学校に行ってみません? いい気晴らしになるかもですよ」


 「……お前、さっき俺が言ったことを理解していないだろ」


 「なァに言ってんですか! ちゃんと理解してますよっ」


 広田友樹はずんずんと歩いて行く。そしてふと立ち止まり、田代加那慧がちゃんとついてきているか確認するのだった。田代加那慧は、もはや溜息しか出ない。これ以上反論しても意味がないと諦め、渋々ついて行く。まるで言葉が通じない宇宙人を相手にしているような気分だった。


 「いつも思うんですけど、小学生ってどうしてあんなに言葉が通じないんでしょうね? まるで宇宙人みたいってか……」


 お前が言うな、と声に出しそうになった。本当に、広田友樹を相手にすると激しく疲れる。しかし、いなくなれとは不思議と思わない。何故だろう。多分薄々、分かってる。鬱陶しいくらい話しかけてくる友樹を邪険に扱うことができないのは、彼のその自己中なところがたまに励ましになるからだ。よく言えば、信念を曲げない。悪く言えばウザいくらい未練がましい広田友樹に自分は救われているところがあった。


 「何をしに、あんなところへ行くんだ?」


 「別にぃ~? そんなの、考えてなかったし。なァ~んかカナちゃんがすっごーくつまんなそうな顔してたから気分転換に誘ってみただけです」


 広田友樹は普通の喋り方だったり丁寧語だったりする。彼曰く、『その時の気分』で使い分けているそうだ。いつもいつも普通に喋るのも疲れるし、丁寧語も嫌だ。だから気が向いた時に気が向いた喋り方でいいや、なんて思っているのだろう。


 「俺がいつ、つまんなそーな顔したよ? してねえじゃんかよ」


 「そーいうのが『つまんなそうにしてる』って言うんです。不機嫌、とでも言いましょうか。カナちゃんって、ホント嘘つくのが下手だなぁ」


 「お前よりはマシだっつーの。お前なんか嘘すらつけないだろ?」


 「酷い言いようだなぁ! 俺は嘘をつけないんじゃなくって、つかないんです」


 「ハイそれ嘘!! やっぱ嘘がつけないんだな~、カワイソウに」


 「全っ然カワイソウって思ってませんね。棒読みになってます」


 「棒読みしたんたから当たり前だろ?」


 他愛のない話をしていたら、いつの間にか小学校に到着した。すでに校庭には誰もいない。そこにいるのは広田友樹と田代加那慧だけだった。


 「昼寝したくなるような天気ですね」


 「そう思うなら昼寝してろ。俺は帰る」


 「ええっ?! それじゃあ何のためにここに来たか分かんないじゃんっ」


 そう言って、広田友樹は校内へ入って行く。突然、彼は歓喜の声を上げた。


 「どうした?」


 「見てくださいよ! ここっ!」


 広田友樹は職員室前に飾られた、一枚の写真を指した。


 『六年三組』


 「これ、俺たちが卒業記念に撮った写真だよ。なっつかしいなぁ!」


 「そうか? あれからまだ三年しか経ってないぞ」


 「三年………ねぇ」


 広田友樹は意味ありげにその言葉を呟いた。


 「その三年の間に、まさかあんなことになるなんて誰も分からなかったし思いもしなかった。カナちゃんの言うように、三年なんてあっと言う間だ」


 「もう終わったことだろ。気にすンじゃねえよ」


 

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