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なるようになるの  作者: 七番
第一章 昏招き

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17.宵番

 時間は少し遡る。

 間の抜けたアナウンスが鳴り響き、各自別行動となった頃であり、兎の目が″違″を捉えた19時頃のこと。人混みを縫うように通り抜け、運営本部のテントへと足を運ぶ少女の姿があった。

 名を咬郷 兎。

 先刻より感じ続ける一筋の視線。その元を問い質すべく、師の下へと足を早めていた。

 運営本部テントの中には長机に散らばるマイクや小物、おそらくはカンペであろう書類を隅に追いやり、足を乗せて微睡む師の姿があった。


「さっちゃんよぉ、ちぃとツラかしてくれよ」


「…今お仕事中なんですけど〜?」


 乗せていたタオルを剥ぎ取られ、提灯の明かりに照らされた祭歌の顔には不機嫌の色が滲んでいた。今この瞬間、テント内に居る者全てが同じ感情を抱いたことだろう。兎も例外ではなかった。しかし、今の兎には普段のような調子でツッコめるほどの精神的な余裕はなかった。


「いいから、こい」


「あたしなんも知らんしぃい〜」


 運営本部テントを離れ、より人気のない橋の下へと場所を移す。未だ感じ続けている視線の主に目星は付いていた。が、推測の域を出ない。


(…それでも)


 疑惑を確信へ変え、主導権を握るべくして、視線の先に向けて名を呼んだ。


「出てこいよ卜部《うらべ》」


 兎の声が届く先、橋台の裏手より影が揺らめいて、一人の少女が顔を覗かせる。


「…いつからですか?」


 二重廻しに身を包み、低めの位置にふたつお団子で纏めた幼気な印象を受ける少女。

 

「こっちの台詞だチビ。《《いつから》》だ?」


「チビて。ひどいなぁ、兎先輩ったら」


「白々しい。厚顔無恥とはこの事か?オバさん」


「…っっ!!こんのクソガキィ…!」


 卜部と呼ばれた肆京訛の小さな少女。否。正しくは、女性。

 歳不相応に幼い顔に怒りの色が滲む。兎の斜に構えた態度と冷酷な言葉選びは的確に卜部の逆鱗を射抜いていた。


「それもこっちの台詞だクソバカが。ちらちらとコバエみたいに纏わりつきやがって」


 それは兎も同じであった。

 待ちに待った『昏』。十年来の親友、そして新たな仲間と共に迎える祭りの季節。誰にも邪魔されたくはない、そう願っていた。

 心の内で怒りと困惑が渦巻いていると同時に、凪のように平静たる一面を携えることで、普段通りの振る舞いが崩れる事はなかった。

 生来の能力故か。

 目の前の後輩が何か隠している事を、背後で棒アイスを貪る祭歌との繋がりがある事を。なんとなくだが《《読めて》》いた為であった。


「もう一度聞くぜ卜部。いつからあたしらを視てた?」


「…言えるわけないやんか普通に考えて。アホなん、バカなん。うちら研究所やで、守秘義務厳しいの。知ってますやろ?」


「普通の研究所はいたいけな女子高生を尾行しねーんだよ」


 不信感未だ消えず。然しながら、兎の心の内は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

 打てば響くが如し。殊の外、卜部が御し易い性格であることを察した為である。更に付け加えるとすれば、後一言二言交わす事。それだけで充分と判断した為でもあった。


「で、目的は?尾けてんのはお前一人か?あいつらにも付いてんのか?研究内容は美少女女子高校生の生態観察記録か?」


「なんやいっぺんに言われても困るわ。そう焦んなや別に取って食おうってんじゃないねんから」


 捲し立てるように並べ連ねる兎を前に、卜部が呆れたように大きくため息をつく。舌打ちに続き、足元は苛立ちを隠しきれず、たしたしと小刻みに小さく音を奏でていた。

 その振る舞いには、先程までのようなわざとらしい後輩仕草は欠片も見受けられなかった。


「じゃあ一旦その上着脱いで渡せ。なんか隠し持ってたらたまんねーからな」


「チッ。エロガキ」


「よく言うぜ。モノリスみてーなくせによ」


「ホンマころしたろかなこいつ」


 悪態をつきつつも言われるがままに二重廻しを脱いで放る卜部。二重廻しの内ポケットにはいくつか小物が入っていたが、いずれも凪乃の荷解きの際に見かけた物と同じ物である為に確認は不要と断じた。

 

(…案外すんなり応えたな)


 無害の証明か、余裕故か。判断は付かなかったが、「隠し持っていた道具ごと渡す」その行為からは明らかな敵意だけは読み取れなかった。

 必要な道具は手元に残している事や無害に見える道具のみを渡した可能性も懸念はしたが、今は必要ない、と。そう《《読めた》》。


「さっちゃんよぉ、なんなんだよあいつ。アンタんとこのだろ?やめさせろよ、ストーカーだろ」


「あはひひははいっへぇ」


  兎が振り向くと背後の坂で腰掛けて棒アイスを貪っている祭歌の姿があった。小脇にはクーラーボックスを携え、ゴミ袋には既に三つのハズレ棒が入っている。

 険悪な雰囲気を醸す二人を前にした祭歌は、アイスを口に含んだままに、平時通りに軽い調子であやふやな言葉を続ける。


「おひいはんおほほへほ。あはひひらは──んぐっごふっ、げぇほっえほっ」


「ああもうあかんでさっちゃん、飲み込んでから喋らな」


 自業自得とはこの事である。

 噎せる祭歌に卜部が駆け寄り、背中を摩る。さながら幼子を介抱する母親のような声色で祭歌に声を掛ける姿はどこか親しげでもあり、それでいて両者間の程々の距離感を感じさせた。


「ふぅ、あいがと」


「ほんま横着な子ぉやで」


(……知ってんじゃねーか)


 不機嫌な様子を隠す気もなかった先程までと打って代わり、慈愛に満ちた笑みを湛える卜部。


「ほらさっちゃん、もっかい咳しぃ。その後大きく吸って吐きぃな。水もあるよ」


 直情的な物言いは影を潜め、さながら世話焼きの姉といった一面を覗かせる。祭歌の頭を撫で、クーラーボックスから水を取り出して水滴を拭う。一連を通して自然な動作であった。


「ふぅ、生き返るぅ。あんがと飾ちゃん。

 あ、アイスもとって」


「ふふ、しゃあなしやで。はい、どぉぞ」


 改めてアイスの外袋を開け始める祭歌と隣でにこやかに眺める卜部を見て、兎は思う。


(…隠してたって感じじゃねーし)


 祭歌の「知らない」が指すのはおそらくは卜部らの目的。卜部が出てきた時、そして今をもってして祭歌が平静を崩す様子はない。この場に卜部が居る事、それ自体は知っていたのだろう。兎はそう推測した。それにより、兎の中で一つの結論が導き出される。

 

(…あたしらに害があるわけじゃない、ってか)


 祭歌の担任教師としての矜持、兎はそれに一定の信頼を置いていた。

 社会人としてはとても見習えたものではないが、彼女の内にある学生を護る立場たる自覚を読めた為であった。特に凪乃や碧といった過去に影を持つ生徒と接する際により強く光るそれは、兎にとって敬意を示すに相応しいものであった。


「兎ぃ!アンタもこっち来ぃな。まさかこんな離れまで来て″尾行けられてて怖いですゥ″ってだけで帰すつもりやあらへんな」


「…察し良いじゃん。年の功ってやつか?」


「ほんっっまに口の減らん奴やな。そろそろ羽織り返しぃや」


 受け取ったそのままに二重廻しを投げて渡し、祭歌の隣に座る兎。

 二重廻しの内ポケットに潜む道具等は、そのごく一般的な形状から使途が読めず、用事はなかった。それに部外者である兎に使える物ではない事も理解《わか》っていた。

 河川敷の向こう側の囃子が届いて消えるほどの短い沈黙が落ちたのち、卜部が口を開く。


「アンタなら知ってるやろけど。『昏』の間は失踪件数が増えやすい。暗いからか?祭りで浮つくからか?そこはハッキリしぃひん」


「…ああ」


「警察も頼りない。こと能力に関わる件についてはな」


 ″啓示の日″以降、従来の捜査では説明のつかない未解明事件が増えた。これは事故についても同じであった。公権力が無力というわけではない。それが新たな世界の形というだけだった。しかし、ヒトは歩みを止めず、これらの未解明は着実に減少傾向にあった。

 それでも尚、未だ説明不可能な事象は存在しうるのである。今、彼女らの立つ大地を包む『昏』がそうであるように。凪乃の人生を変えた事故が、そうであるように。


「……そうだな」


 兎は憤りを覚えていた。

 未だ親友を悩ませ続けるあの事故に。

 それを原因不明の一言で片付けるこの世界に。

 それ以上に、不完全な自身の能力に。


「アタシらが言われとるのは見守れとだけや。

 怪我させたろ、邪魔したろなんて気はサラサラあらへん」


「そうかよ」


「凪乃ちゃんはアタシが勤めてる事知らんやろけど、それでも可愛い後輩や。まぁ…アンタもな。危険な目ぇには合わしとぉない」


 卜部が二重廻しから取り出した板状の物体を兎に渡す。兎にわかるのは質感から素材が何がしかの合金らしい事だけであった。ごく一般的なスマホに近い形状のソレからは、それ以上の用途を読むことはできなかった。


「んだよこれ」


「通信端末とだけ言うとくわ。

 ほんとならさっちゃん経由で渡す予定やってんけどな」


 漆を流したような無機質な黒色の板。右側面に小さく丸い刻印が入っているが、およそ装飾と呼べる程の代物ではなかった。

 液晶といえるようなものはなく、サイドボタンといった便利機能もなく、兎の目にはただ硬いだけの板に映っていた。


「通信…これがか?画面ねーけど」


「二回ノックしい。ほいだら繋がるさかい」


「ノック…?繋がるたって誰にだよ」


「アタシか、他の誰かか。叩いてみてのお楽しみやな。あぁ、緊急時以外は使わんでや。頼むでホンマ」


 卜部が念押しするように語気を強め、立ち上がって二重廻しを羽織る。


「アタシの仕事は終わり。後はこの祭りを楽しませてもらうさかい。ほなな」


「あ、あいはほ〜」


「ふ、さっちゃん。冷えもんはほどほどにな」


 祭歌が食べ終えた棒アイスの残骸が詰まったゴミ袋を手に去っていく卜部。川風にはためく二重廻しが暗がりに溶けるように消えていく。

 卜部の背が見えなくなった頃、頬を撫でる川風とともに囃子の音が兎の耳に届いた。夏だというのに、暗がりはやはり冷える。


「……冷えるな」


 数秒の沈黙に包まれる。兎の耳には遠くの囃子の音、祭歌が動き出す音だけが聞こえていた。

 沈黙を続ける兎の隣で、祭歌が食べ終えた棒アイスを咥えたまま、クーラーボックスを開いて、そのまま閉じる。落胆した表情からは、中身を全て食べ尽くしてしまったであろう事は誰の目にも明らかだった。


「ねぇー兎〜」


 気怠げな声が囃子をかき消して、橋下に響き渡る。棒を口から外し、じぃっと見つめたまま、祭歌が言葉を続ける。


「当たり棒出たけど〜、いる?」


「……洗ってからにしてくれるか?」

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