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ハエトリソウ

作者: えとぅ
掲載日:2026/03/10

「はぁ」と漏れたため息が白く濁り、夜の闇へ溶けていく。いっそこのまま捨てきれない未練も一緒に空へ消えてくれればいいのに。

公園のベンチに座ってから、かれこれ三十分が経っていた。最初は冷たかった座面も、今では分厚いコート越しに私の体温を吸い取り、お尻の形に沈んでいる。


手元のスマートフォンには、打っては消しを繰り返しているメッセージが残っている。


――ひさしぶり、こんな夜中にごめんなさい。ずっと謝りたかった。またやり直したい。


暗い画面の中で明滅するカーソルを見つめながら、私は足元に視線を落とした。そこにはすでにひしゃげた幾本かの吸殻が散らばっている。なんて自分勝手なのだろう。なぜ惹かれていたのか、なぜ謝りたいのかすら、もう輪郭がぼやけているというのに。


寒さのせいか、さっきまで三十パーセントあったバッテリー表示は、いつの間にか一桁に落ちていた。震える親指でバックスペースを長押しし、打ちかけの文字をすべて消し去る。

直後、まるで力尽きたかのようにスマートフォンの画面がプツンと途切れた。

真っ暗になったディスプレイにひどく疲れた自分の顔が映る。冷え切った耳たぶに無意識に触れると、いくつもの冷たい金属の感触が指を撫でる。


その瞬間、冬の夜の公園の静けさは地下鉄がモーターを唸らせながら発進する轟音に塗り潰された。

ベンチに深く座り込んでいたはずの私の体は、いつの間にか微かに振動する金属の階段の上に立っている。


――お揃いでさ、片耳にピアス開けようよ。


地下鉄のホームから改札へと向かう長い上りエスカレーターに乗っていた。地上から吹き下ろしてくる秋の涼しい夕風が前髪を揺らす。一段上に君が立っていた。振り返りざまに向けられた、大人ぶりたい初々しい笑顔が地下特有の青白い蛍光灯の中でやけに眩しかった。


カチ、ジ、カシュッ。ポケットから取り出したジッポライターの乾いた音で、意識が冬の公園へと引き戻された。特有のオイルの香りとともに、新しく火をつけたたばこの煙が白く濁って夜の闇へ流れていく。

結局、あの日君とピアスを開けることなどなかった。今では私の左耳にいくつものピアスがぶら下がり、首を振るたびに鬱陶しい音を立てる。

けれど右耳だけはあの日のまま、まっさらで一つも穴が開いていない。

まるで呪いのように私は私を縛り付けている。いっそ私が蛍なら、この寒さで凍え死ぬこともできるのに。


滲んだ涙を拭うために冷え切ったフレームの眼鏡を外す。ふと見上げると、ぽつんと立つ街灯がぼやけて光っていた。

にじんだ光の輪に細い影が乗り、まるで街灯にもまつげがあるように見える。目を細めると、あちらも私を覗き込んでくるようだ。

そのまま私のまつげは光の棘とそっとキスをした。それが自分の落としたまつげの影だと知っているのに。

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