最終話:心に決めた相手
「ちょっと待ちなさい。……い、言えばいいんでしょう! 言えば!」
今にも飛びかからんばかりの勢いに、アランは眉尻を下げた。
少々意地悪だったかもしれない。謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、それを遮るように王女の声が響いた。
「わたくしは……! 二度も振られるのは嫌だったの」
「ん? 二度も?」
「一度目は勇者様よ。あなたも知っているでしょう。きっぱりはっきり振られたわ。あれはかなりショックだったわ」
それはそうだろう。あの泣き崩れた姿は一生、忘れられない。
「アランは外見は素朴だけど、わたくしに優しくしてくれるし、少々のことじゃ怒らない。どんなに失礼なことを言っても、辛抱強くそばにいてくれる。わたくしを見限ったりしない。だから好きになったの」
堰を切ったように、王女の言葉があふれてくる。
アランが目を丸くしている間にも、彼女の話はさらに続く。
「でも、あなたからしたら、わたくしは国王から結婚を押しつけられた王女でしかない。表面的にはいい夫を演じても、心の中では嫌々結婚させられたとずっと思われるなんて…………耐えられるわけがないじゃない!」
ようやく腑に落ちた。
彼女の不可解な行動原理がわかり、アランは衝動的に王女を抱きしめた。華奢な肩はすっぽり包まれ、桃のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
柔らかいプラチナブロンドの髪に頬を寄せると、彼女が身じろぎした。
「ちょ、ちょっと……」
「もう少しだけ。我慢してください」
懇願するように言うと、王女はおとなしく身を委ねた。
まるで自分をそのまま受け入れられたようで、心がざわついた。このままではいけない。理性の糸が切れる前に、アランはそっと彼女の体を離した。
「──王女様。あなたのお気持ちはわかりました」
「あのね、アラン。わたくしは」
アランは彼女の唇に人差し指を押し当てた。
王女は肩すかしを食らったような顔をして、アランを上目遣いに見る。
「俺は異世界に召喚されてから魔法を極めました。転移魔法も得意です。だから、逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せたんですよ」
「……は?」
「一応、俺にも妻を選ぶ権利はありまして。結果的に、勇者の代わりに俺があなたの婚約者になったわけですが、本当に嫌だったら、とっくに他国に逃げていましたよ」
転移魔法は旅を円滑にするため、アランが自作した魔法だ。
自作ゆえにMP消費が激しいのが欠点ではあるが、一度訪れた場所に瞬間移動できる。仲間は当然知っているが、王女の様子を見るに、そんな魔法があることすら知らなかったのだろう。
「うそ……そんなの噓よ。だって、お父様が言っていたわ。優秀な魔法使いであるアランを他国に取られるわけにはいかないから、この国から出られないように境界線に魔法壁を覆っていると……」
「ああ、あれですか。言っておきますが、俺には通用しませんよアレ」
「通用しない……ですって?」
「あの魔法で足止めできるのはレベル20までの冒険者ですね。俺はレベル66ですから。体感的には、蚊でもいたかな? 程度です」
「…………」
とうとう王女は言葉をなくしてしまった。
アランは苦笑した。勇者一行を初級冒険者と同列に考える時点で、おかしいのだ。
「お忘れかもしれませんが、俺は魔王を葬り去った勇者一行ですよ。四属性魔法や全体攻撃魔法、状態異常付与、攻撃力や守備力アップなどの補助魔法もマスターしましたし、史上最年少の魔法兵団長にも任命されました。家族とは死別していますし、前の世界に未練はありません。というか、せっかく手に入れた魔法を捨てるほうが嫌ですよ。世界は平和になったんですから思う存分、研究したいじゃないですか」
「あなたって、つくづく規格外ね……わかっていたけど」
「異世界人特典ってやつでしょうかね。複合スキルも授かりましたし、会話も自動翻訳されますし。経験値稼ぎの塔に連日こもったおかげで、レベルはうなぎ上りでしたし……勇者の過酷すぎる修行に付き合わされたときは死を覚悟しましたが、こうして今も生きてますし。結果よければすべてよし、ってやつです」
勇者のおまけで召喚された身ではあるが、振り返ってみれば、いろいろ楽しくやってきた。毒沼の主である大蛇から命からがら逃げ回ったり、三十分だけ水中で呼吸できる魔法アイテムを入手したり、最大火力の全体攻撃魔法でラストダンジョンの高レベルモンスターを狩りまくったり、思い出話は尽きることがない。
そして、目の前には誰よりも可愛い婚約者がいる。幸せすぎて怖いくらいだ。
「さて、泣き虫で強がりで素直じゃない王女様」
アランが柔らかく呼びかけると、王女の肩がびくりと震えた。
「俺は……あなたのこと、世界で一番可愛いと思っていますよ。美しい見た目はもちろん、実は寂しがり屋なところも愛しく思っています。泣き顔や拗ねた顔は、できれば俺以外には見せないでほしいです。嫉妬しちゃいますから」
「え」
「あなたはちゃんと王族としての責務を果たしてきた、立派な王女です。……そんなあなただからこそ、外の景色を見せてあげたい。世界はこんなにも広いんだということを、その目で確かめてほしい。幸い、俺は大魔法使いと呼ばれる男です。どんな強敵が現れたとしても、王女様には傷ひとつ負わせないと誓います」
ひとつひとつ心を込めて、真摯に伝える。
「エルヴィ王女。新婚旅行に世界一周の旅はいかがでしょう?」
悪戯っぽく片目をつぶってみせると、居た堪れないとばかりに、ふるふると王女が頭を横に振った。その反動で、綺麗に梳られていた髪がばさりと彼女の目元に落ちる。
透き通ったアクアマリンの瞳が隠れてしまうのがもったいなくて、アランは目元にかかっていた髪をかき分け、彼女の耳に優しくかける。
少しだけ指先が頬に触れた瞬間、彼女の熱い吐息がかかった。
「……っ、なんで、そんなに優しくしてくれるの?」
「あなたが好きだからに決まっているじゃないですか。好きな子には優しくしたいし、甘えてほしいものなんですよ」
「…………そういうもの?」
「そういうものです」
即答すると、王女が気難しい顔をしたまま、口を閉じた。
(うーん。また何か考え込んでいるな、これは)
どうしたものかと、しばし悩む。
そのとき、ふと大事なことをまだ伝えていないことに気づいた。
「──そうそう。俺、心に決めた相手は簡単に離すつもりはないんで」
「えっ?」
「他の男に目移りすることがないよう、毎日しっかり愛情表現していくことにします。だから、婚約者からどれだけ愛されているか、その身で確かめてくださいね」
「……ッ……!?」
「大丈夫。あなたは俺だけを見ていればいいんですよ」
渾身の口説き文句だったが、王女はしばらくの沈黙の後、毅然と言い放つ。
「覚悟するのはアランのほうじゃなくて?」
「……へえ?」
「わ、わたくしの愛は重いらしいもの。果たして、あなたに受け止める覚悟はあるのかしら。あとで泣き言を並べたって知らないわよ」
「愚問ですね。俺の愛だって、あなたに負けませんよ」
ふっと小さく笑うと、王女がぱちりと瞬く。
彼女の張り詰めていた空気が弛緩し、口元に笑みが浮かんだ。
「本当に……わたくしでいいのね?」
「もちろんです。エルヴィ王女、どうか俺を世界で一番幸せな花婿にしてください」
「……も、もう、仕方のない人ね。そこまで言われたら、とびっきり幸せにしてあげるしかないじゃない」
つま先立ちになった王女が両手を伸ばし、首元に巻き付く。
彼女を優しく抱きとめたアランは腰を屈め、やがて二人の影が重なった。
これにて完結です。実は勇者の名前も決めていたんですが、登場させる機会がありませんでした。
本日、「初夜で狸寝入りする妻は異世界の記憶があるらしい」という短編を投稿しました。最初はほのぼのラブコメ、途中ちょっとシリアス、最後はハッピーエンドです。
お時間がありましたら、こちらも楽しんでいただければ嬉しいです。





