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王女は愛に溺れない

王城の庭園は夕陽に色を染めていた。

白い石畳を踏みしめながら、王女は父の隣を歩く。


「寒くはないか」


低く、穏やかな声。

差し出された外套に、王女は一瞬だけ目を瞬かせてから微笑んだ。


「大丈夫ですわ、お父さま」


そう言いながらも結局は肩に掛けてもらう。

それが、父のやり方だと知っているから。


――魔王は、とてつもなく娘に甘い――

それは誰の目にも明らかなほど。


歩調は王女に合わせられ、

花の名を問えば立ち止まり、

風が吹けば、無言で一歩前に出る。


――でも。

王女は分かっている。


この溺愛の理由の一端が、自分が『王妃に似ている』からだということを。


色こそ違えど、母と同じ波打つ艶やかな髪。

やわらかな笑みの奥にある、静かな強さ。


それを知っても、王女の胸に嫌な気持ちは湧かなかった。

むしろ――少しだけ、誇らしい。


(お母さまに似ているのなら、それは光栄なことですもの)


けれど。


「お父さま」


王女は足を止め、魔王を見上げた。


「私――過分に守られる存在ではありませんわ」


魔王は、わずかに目を細める。


「……そうか」


否定もしない。諭すこともしない。

それも、父のやり方だった。


王女は胸の奥で、静かに誓う。


――愛に溺れない。

――甘えすぎない。


母のように、凛として。賢く、優しく。

誰かの影ではなく、誰かを支えられる存在でありたい。


そのとき。


「こちらにいらしたのですね」


やわらかな声が、庭園に溶けた。


振り向けば、母が立っていた。

穏やかな表情で父娘を見つめている。


「王妃」


父はすぐさま、母の元へ駆け寄った。

王女はその様子を見て、小さく息を吐く。


(……本当に)


相変わらず、仲睦まじい。


呆れる気持ちがないわけではない。

けれど同時に、胸の奥が温かくなる。


この二人がいるから。

自分たちは、ここに立っていられる。


王女はそっと背筋を伸ばし、両親の並ぶ姿をまっすぐに見つめた。


愛に溺れず。

けれど、愛を知ったまま。


それが、自分の歩き方だと――もう、分かっていた。

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