まだ贈られていない手紙
温室は、午後の光をやわらかく溜め込んでいた。
外気は確実に冬へ向かっているというのに、硝子越しの陽はまだ温かい。
王子と王女は、いつもの丸卓を挟んで向かい合っている。
「それで……」
王女が何気ない調子で、紅茶を一口含む。
「将軍閣下のご令嬢に――お手紙は、お送りされたのですか?」
王子の動きがぴたりと止まった。
「え。なんで知ってんの?」
王女は、当然のことのように答える。
「王女としての務めです。そして――妹としての務めでもありますわ」
「……どういうことなんだよ、それ」
王子は眉をひそめるが、王女は説明する気もないらしい。
一瞬の沈黙が落ちた。
温室に響くのは湯気の立つポットのかすかな音と、どこかで軋む木枠の気配だけ。
「……まだ」
王子が、ぽつりと言った。
「まだ、送ってない」
「――え?」
王女の声がわずかに上ずる。
「いざ書こうと思うと……何て書いたらいいか、分からなくて」
その言葉に、王女は目を細めた。
「……まったく」
カップを置く音が、少しだけ強くなる。
「内容はどうであれ。まずは、早急にお送りください」
「いや、だから――」
「ご自分から“書いてもいいか”とおっしゃったのでしょう?届かなければ、先方がどう思われるか……そのくらい、お考えにならなかったのですか!?」
強めな矢継ぎ早の言葉に、王子は完全に後手に回る。
「……っ」
王子は言葉を探し、視線を落とした。
「それでも……」
王女の声が、少しだけ和らぐ。
「お兄さまご自身の意志で。お手紙を送ると決められたことは――素晴らしいと思います」
王子は意外そうに顔を上げた。
「……そうか?」
「ええ」
王女は、どこか満足そうに微笑む。
「正直お兄さまが、王都のご令嬢たちを選ばれるとも思っておりませんでしたし」
「……言い方」
「ですから」
王女は、さらりと言った。
「これで、お茶会でお兄さまに色めき立っていたご令嬢たちに――“ざまあみろ”と思えますわ」
「うわ、怖っ……」
王子は即座に返す。
「普通に王女の台詞じゃないだろ、それ」
王女は涼しい顔で紅茶を飲み干した。
「身内ですもの。このくらいの本音は、許されます」
温室の硝子越しに、冷たい風が吹き抜ける。
葉の色が、少しずつ深くなっているのが分かった。
王子は、外を見やりながら呟く。
「……確かに。早く、送らなきゃな」
その声は、どこか決意を帯びていた。
「北方は……冬が、厳しいから」
王女は、その横顔を静かに見つめる。
「ええ」
短く、けれど確かな肯定。
――まだ贈られていない手紙。
だが、その中身はもう。
本人が思っている以上に、はっきりと形を持ち始めていた。




