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相応しい二つ名

小雨が王城の石壁を静かに濡らしていた。


温室へ続く回廊は今日は使われず、王子と王女は小間で向かい合っていた。


窓越しに見える庭は、雨に霞んでいる。

卓の上には湯気の立つ茶器と、控えめな甘さの焼き菓子。


「……静かだな」


王子が、カップを傾けながら呟く。


「雨の日は、皆さん動きが鈍くなりますもの」


王女は微笑み、紅茶に口をつけた。


少し間を置いて、王子がふと思い出したように言う。


「そういえばこの間……父上のこと、何て言ってたっけ?“独占欲の塊”、みたいなやつ」


王女は瞬き一つせず答える。


「ああ――“執着の化身”ですわね」

「それだ。マジでぴったりすぎる」


王子は乾いた笑いを漏らす。


「お父さまは以前――伯母さまのことを“破天荒の権化”とおっしゃっていましたわ」

「それもまた、ぴったりすぎる」


二人は顔を見合わせて小さく笑った。


王子はカップを置き、少し首を傾げる。


「じゃあさ」


その声音は、何気ない。


「母上は?」


王女は一瞬考え、口元に手を添える。


「そうですわね……“無自覚の女神”、でしょうか」


王子は即座に頷いた。


「異論なし」


そして、少し間を置いてから付け加える。


「……まあでも俺からすると、“猛獣の使い手”だな」


王女は、真顔のまま紅茶を飲み干す。


「猛獣は言い過ぎ――では、決してありませんわね」


二人は、また笑った。


そのとき。


小間の扉が、静かに開いた。


「……何の話をしている」


低く、よく通る声。


王子は、椅子から半分跳ね上がった。


「ち、父上」


王女は、落ち着いたまま一礼する。


「お母さまに、二つ名を付けるとしたら……というお話をしておりました」


魔王は二人を交互に見た。

そして、少しだけ考えるように視線を落とす。


沈黙。


雨音だけが、わずかに聞こえた。

やがて魔王が口を開く。


「……それなら、一つしかない」


王子は、息を詰める。


「“唯一無二”だ」


それだけを言い残し、魔王は踵を返した。

扉は、静かに閉まる。


しばらく、二人は動かなかった。


「……それ、二つ名か?」


王子が呆然と呟く。

王女は小さく肩をすくめる。


「お父さまからしたら、お母さまはもはや――名を付ける存在ではないのですわ」


王子は、深くため息をついた。


「相変わらずだな……」

「ええ。本当に」


小雨は、まだ降り続いている。


王城の中で、誰よりも手に負えない父を思い出しながら。

二人はまた同時に、苦笑した――

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