聞くまでもない真相 ―頬擦りの章―
その日は、朝から王城の空気が少し違っていた。
魔王が王都の視察で出掛けている。
それだけでどこか緊張が緩むのだから、慣れとは恐ろしい。
「では、参りますわ」
王女はきっぱりと言った。
「今日はお父さまがお帰りになるまでは、確実に追い出されませんものね」
「言い切るね……」
王子は苦笑しつつも、同意だった。
二人で並び、王妃の私室へ向かう。
扉を開けた瞬間、王妃はぱっと表情を明るくした。
「まあ。二人とも」
その声だけで、ここが安全圏であることがわかる。
「いらっしゃい。今日はお茶の時間が、少し静かで寂しかったのです」
「そうでしたか」
王子が言うと、王妃は小さく笑った。
「陛下がいらっしゃらないと、どうしても……ね?」
王女と王子は顔を見合わせた。
やはり、すべてはそこに帰結する。
三人で卓につき、香りのよい茶が注がれる。
穏やかな時間だった。
だが王子はふと、胸の奥に引っかかっていたことを思い出す。
「……母上」
「はい?」
王妃は、すぐに目を向けてくれる。
「俺に頬擦りをするようになったきっかけって……何だったんですか?」
王女が、すっと視線を上げた。
王妃は一瞬瞬きをし、それからやわらかく微笑んだ。
「そういえば……」
王妃は首を傾げる。
「私は王子に、頬擦りしたときのことを――お話したことがありましたか?」
王子は、わずかに言葉に詰まる。
「いえ……具体的には」
「そうですか……」
王妃は、少し考えるように目を伏せた。
「それより、頬擦りされた理由を伺ってもいいですか?」
王妃の頬が、ほんのりと赤く染まった。
「……それは……」
言葉を選ぶように、間が空く。
「王子が……小さい頃の陛下によく似ていると……」
王女の眉がぴくりと動いた。
「王姉殿下に伺ってから」
王妃は、少し照れたように続ける。
「まるで……小さな陛下に、お会いしているような気持ちで……」
一瞬の沈黙。
王子と王女の内心は、完全に一致していた。
――――やっぱりそれか――――
「……なるほど」
王子は遠い目をした。
「ですから……つい……」
王妃は困ったように微笑む。
そのとき控えめなノックとともに、女官が顔を出した。
「王妃陛下。陛下のご帰還が、間もなくと」
「まあ。もうお帰りに?」
王妃は立ち上がり、王子と王女も同時に立った。
「では、私たちはこの辺で」
王女は、即座に言った。
「また来てくださいね」
王妃は、名残惜しそうに二人を見送る。
廊下を抜け、二人は温室へと向かった。
*
夕暮れの光が、ガラス越しに差し込み、草花を橙色に染めている。
再び、二人きりのお茶の時間。
「……いや」
王子は、深く息を吐いた。
「分かってたことだけどさ……」
「何が、ですの」
「俺、張り合うどころか――」
カップを見つめたまま、王子は言う。
「ずっと負けてた」
王女は、静かに紅茶を一口含む。
「お兄さまは、やはりまだ理解が足りておりませんわ」
「だよね」
王子は苦笑した。
「俺、父上のことは論外だと思ってたけど」
「ええ」
「母上も、普通に論外だった」
王女は、わずかに肩をすくめる。
「似た者同士でないと」
そして淡々と告げた。
「あの“独占欲の塊”にして“執着の化身”には――付き合いきれませんわ」
「……だよなあ」
王子は天井を仰いだ。
温室に、夕風が流れ込む。
甘い花の香りとともに、日が落ちていく。
相変わらずの両親を思いながら、王子と王女は。
ただ静かに、暮れていく空を眺めていた




