第二章 ノンフィクション
ノンフィクション
飲み会が始まって1時間半近くが経った。涼風と金谷のことを気にしている緊張感のせいか、いつもより酔いが回っていた。ただでさえ、僕はお酒に強い方ではないため途中からウーロン茶に切り替えていた。
涼風と金谷との会話に聞き耳をたてていたが、大学で役に立つ制度や単位を取りやすい教授の話など、何気ない大学生らしい会話をしているだけだった。その過程で、涼風は金谷の連絡先をスムーズに手に入れていた。この時点で、涼風の僕が金谷の連絡先の入手の手伝いをするという役割は達成した。
香さん、由美奈さんはウィスキーのロックを同じペースで4,5杯飲んでいたが、今は日本酒を飲み始めている。酒豪とはこの人らことを言うのだろう。見ているだけで、吐き気を催す。それに付き合わされている美浦に同情の念が芽生える。
「ちょっと一服、行ってきます」
僕は酔いを冷ますためにも席を立った。ここは居酒屋だというのに珍しく全面禁煙席だ。喫煙ルームがあるだけまだ良心的か。
「俺も行きます」
金谷も吸いに行こうと思っていたのか、同じタイミングでそう言って立ち上がった。
目の端に立とうとしない美浦に疑問が生じ、問いかける。
「お前は行かないのか?」
「あぁ、タバコはやめたんだ」手刀のように左手を上げ、手を横に振る美浦は言った。
「初耳だな、いつやめたんだ?」
「先月からだ」
「短いな、禁煙中ってことか」
「禁煙中じゃなくてやめたんだよ」
美浦はいつも、僕よりもタバコを吸っていた。こいつがタバコをやめたなんて信じられない。まさか、こいつも金谷と同じく人格が変わったのか?
怪訝な顔していたら美浦が手招きをして、しゃがみ込むように促され僕は顔を近づけた。美浦が僕に耳打ちをする。
「ほら、由美奈さんがタバコ吸わないだろ。彼女の健康を考えてのことだ。それと、今の俺はタバコを吸う時間よりも由美奈さんと少しでも一緒にいたいんだ」
そう言った美浦の顔は少し気恥ずかしそうにしていた。
美浦は高校時代にいた彼女にはあまり気遣いはしていなかったように思えたが―――ただの鈍感なのか―――僕の知る限り彼女に対する配慮はしない奴だと思っていた。
ただ、このおどけたような口調は間違いなく美浦本人に思えた。中学時代からの付き合いだ。確証があった。今はその事実だけで十分だろう。
喫煙所に入った僕と金谷は、お互いに無言でタバコを吸い始めた。後輩と先輩の関係。仲が悪いわけじゃないが、良いわけでもない。親密とは程遠い関係だ。特に話す話題もなく、沈黙が流れる。
お互いのタバコが3分の1に達したくらいに、金谷と目が合った。気まずさを感じた僕は金谷からの視線を外し、灰皿にタバコの灰を落とした。灰皿に視線を向けた僕に金谷が口を開く。
「縁先輩は竹下さんのこと、どう思ってるんですか?」
唐突な質問を理解するのに少し時間が必要だった。そして理解をし終わった僕は、答えをはぐらかして答える。
「どう、と言うのは?」
「恋愛対象として見ているのかという質問です」
とぼけたように答えたのが勘に触ったのか金谷の声には力がこもっていた。タバコの灰が地面に落ちた金谷はその灰を靴で踏みつぶした。金谷のこんな横暴な行動は初めてみる。
僕は正直に答える。
「金谷が何にイラついてるのかは分からないが、涼風をそんな風に思ったことはない」
ここで、普段の僕なら「涼風を恋愛対象として見るなら好きにすればいい」くらいは言いそうだが、ゲームがある以上、軽率な発言は控えるべきだ。
「なら、遠慮はいりませんね」
「そうなるな」
涼風へのアプローチするのを止めることも、応援をすることもできない僕はどっちつかずの返答をした。
再び金谷から鋭い視線を向けられ、僕は避けるように灰皿に目を移し、タバコの吸い殻を落とす。この突き刺すような眼力と目つきは香さんと同じで、さすが姉弟だと思った。
金谷のこのような目つきは本当に初めてみる。なぜ金谷は今日、こんなに突っかかってくるんだ。問いただしたいところだが、墓穴を掘ることが目に見えている。
今さらになってしまうが、やはり涼風と金谷の2人の問題を同時に抱えるのは無理でないだろうか。せめて命の危険がある涼風の件だけに集中したい。
すかさず、タバコの2本目を口に咥える。金谷も2本目のタバコに火を点けた。
「縁先輩が何かを隠しているのは分かっています」
一口吸ったタバコの煙を吐いた金谷が、先ほどの態度と打って変わって柔らかな口調で話し始めた。態度も少し落ち着いて見える。
「竹下さん、いえ、涼風さんと連絡先を交換した時に見えてしまったのですが、既に縁先輩の連絡先が登録されていました。あなたは自分から連絡先をきくタイプではないでしょう。かと言って涼風さんを恋愛対象として見ているわけでもない」
現状、オカ研で推理力などで頭がきれるのは、僕か金谷の2人がツートップになると思う。リーダーシップ力とか統率力とかを問われれば由美奈さんに軍配が上がるが。
金谷は僕とは違ったタイプで物事を見て推理するタイプだ。僕がもともとの性格を生かした直感で推理するタイプなら、金谷は外から確実な情報を集めて論理的に推理するタイプといったところだろう。
それならば、相手の得意な土俵の上で戦うなんて悪手すぎる。自分の土俵に連れ込んでやる。
「グループチャットからなら連絡先の登録はできる。オカ研のグループのメンバー欄から登録したんだろう」
「涼風さん、そういうのは、ストーカーみたいで嫌ってさっき言ってました」
もちろん、知っているし、その会話はさっきの飲みの席でも隣で聞こえていた。
「じゃあ、今のは嘘だ。これから大学のことについて色々と聞きたいと言われたから交換した。インターンシップとか就職とかについて聞くかもしれないと。先週のオカルト研究会の帰りにな」
「なぜ、嘘をつくんですか」
真面目な性格のこいつは、真っ向から勝負したいのだろうが、僕はそんなできた人間じゃない。嘘と本当を織り交ぜて、真実をあやふやにしておく。
今、僕には1の懸念と1つの予想があった。それを確かめる。香さんには悪いが、失敗しても、涼風の件のことに集中できる。だが、失敗するつもりもない。人には頼み事を了承した責任、頼み事を断らなかった責任というものがある。
「悪いが、僕は香さんに、君の監視を頼まれている」
「話をそらそうと…。姉さんが?というか、いえ、もう手遅れですか」
なにか、まずいことが僕に知られている気がしたのだろう。金谷は口を噤んだ。
「そうだな。金谷が浪人中に性格が変わったということを聞いているんだ。つまり、僕は君を疑わなくちゃいけない。僕が涼風を恋愛対象として見てはいないのは事実だし、君が涼風を好きになってアプローチするのもいいけど、君の性格に何かしら危険な異変があるんだとしたら、僕はそれを全力で止めるよ」
「…」
僕の言葉に、金谷は何も答えなかった。しかし、困惑と動揺が合わさった表情は、事実ということだろう。
まず1つ、懸念が晴れた。「香さんが嘘をついている可能性」それはないようだ。
金谷は何かを決心したようにため息をつき、まだ半分にも達していないタバコを指で折り灰皿に入れた。僕を見つめなおして言葉を続ける。
「縁先輩は、『幽体離脱』と『白峰圭』について知っていますよね。少しお話をしたい」
「やっぱり金谷は、人格なんて入れ替わってなかったんだね」
「…そうです」
もう1つ、予想が確定に変わった。香さんは嘘をついていない。しかし、言っていたことは真実ではない。その答えは
「白峰圭に近づくために、別人格を作っていたってところか?そして、香さんはそれに気づかなかった」
「それも正解ですね。縁先輩には敵いませんね。俺はそんなに堂々と人の触れられたくない領域に土足で入れません」
「悪かった、僕にも少し焦りがあったんだ。許してくれ」その焦りは、金谷の真意を明かすことと、まだ完全に信じきった訳じゃない金谷に涼風のことを感づかれないようにする焦りだった。
「そろそろ戻らないと怪しまれます。飲み会の終了後、また連絡します。いいですか?」
「あぁ、構わないよ。僕も色々聞きたいことがある」
何か一つ難関を突破したとは達成感があるもんだ。昔はそんな真剣に物事に取り組む性格じゃなかったような気もするが。
席に戻ってきた僕と金谷は、何事もなかったように部員たちのいる席に戻った。席では、酔いつぶれている三浦と由美奈さんの2人を、香さんと涼風が介抱している光景があった。
「三浦はいつも通りだとして、由美奈さんは珍しいな」
「あぁ、私が付き合わせてしまったみたいだ。すまない」
飲み会が始まる前と何ら変わりのない表情と声のニュアンスで香さんは言った。由美奈さんと同じペースで飲んでいたはずなのに、ほぼ素面とは恐れ入る。
「もう、いい時間ですし、出ましょう」僕が言うより先に、金谷が口を開いて皆んなを外に出すように促した。この後の僕との連絡を急いての行動かもしれなかった。




