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第二章 きょうだい

きょうだい

 西日が差し込むこの部屋の間取りは悪くない。日が暮れていくことを感じることができるから。部屋にあるモノの全てにオレンジ色が与えられる。


 鈴花から無理やりのゲームを持ちかけられて4日が経った。土曜日、涼風の歓迎会の日。涼風とは学部も違うし、オカルト研究会以外で会うことがない。


 何回か涼風のトーク画面を開き、「ゲーム」のことを伝えようとした。しかしどれだけ婉曲して伝えても結局、要約すれば「僕と付き合わないと死ぬ」なんて伝えられるはずがない。


 歓迎会が始まる時間まで僕はベッドに寝そべりながら、涼風と付き合わずに涼風を殺されない折衷案を考えていた。『観覧車を100回乗り終わる前に、竹下涼風さんとあなた灰田縁さんが恋仲になれるか』

 

 熟考をしたすえ、1つの解答に行きついた。そもそもの問題だが、観覧車に乗らなければ涼風も鈴花も消えることはないじゃないか。鈴花の話を聞かなかったことにして、そのまま残りの大学生活を過ごせばいいでのはないのだろうか。


 多分、それはできない。鈴花は大事なことを言っていない。僕がこのゲームの主催者――「白峰圭」だとすれば、タイムリミットを決める。タイムリミットが来たら涼風も鈴花もどちらも消える。それくらいはするだろう。おそらく、永遠に放置することはできない。

 また、体の決定権が鈴花にあるというのもこちら側の最大のハンディキャップだ。ゲームに勝つだけならば、鈴花は涼風の身体を乗っ取り100回観覧車に乗ればいい。


 しかし、それをしないのは、それができない理由があるともいえる。例えば―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。憶測だが、それが一番納得ができる。


 手に取ったスマホの時計が17:30を表示する。もうすぐ、涼風の歓迎会が開催される。


 駐車場に移動し、黒色の中古の軽自動車に乗り込んでエンジンをける。ポケットからセブンスターを取り出し火を点ける。灰が僕の身体の中を巡っている感覚を味わい、車内に充満した煙がまた僕の中に入り込む。少し目を閉じ、鈴花とゲームを始められた日、香さんとの研究室で話したことを思い出す。金谷欣二についてだ。

 


―――4日前―――


「金谷香さん、金谷欣二のお姉さんですね?金谷欣二とのつながりをバレるのは何かまずいのですか?」


「苗字と私が君たちオカルト研究会を知っていたという二つの根拠だけで私が金谷欣二の姉だと推理した、と。まだ姉だと確定するには不確定な部分が多いだろう」


「そうでもないですよ。あとは隠しようがない容姿が似ている。2人とも整ったパーツをしている綺麗な顔です。ただ、女性の場合は化粧をされると見分けがつきにくいですが、香さんが飾らない化粧の仕方だったので、確定です」


 僕は、もっとも涼風は気付かないでしょうがと付け加えた。


「異性の特徴とか、顔のパーツとか、マジマジと観察するものではないよ。と、まだ学生の君に伝えておくよ。まぁ、君は女だろうがその辺の猫でも虫でも、観察や推理するクセがありそうだがね。まさか、救急の人を担ぎながら表札を気にしているなんてな」


「そうですね、クセですね。やろうと思ってやっていないとだけ弁明しておきます」


「そうだろうな。恋愛に興味がないどころか人に興味がないのではないか?君に目に映る生き物はそれこそ「物」なんだう」


「本当にそうだとしたら、オカルト研究会に属そうなんてしませんし、由美奈さんにも振りまされませんよ。僕はメリットがある人とは関わるだけです。それに頼られるのは嫌いではないです。面倒くさいとは思いますが。」


「そうか、そうか。君は面白い人間だ。私は君を隅々まで知って論文にしてまとめたい。あわよくば、脳みそを覗きたい」


 そう変態めいた発言をした香さんの顔は、僕が彼女の笑顔をみる最初の機会だった。僕も含めてオカルト好きに常識人なし。その仮説を僕は立てたくなった。


「それより答えを聞いていません。あなたは金谷欣二のお姉さんですか?だとしたら、なぜ隠そうとしたのですか」


「そうだ、正解だ。私は欣二の姉だ。隠すつもりはなかった、と言いたいのだが、君の言う通り少なくとも今日は隠しておくつもりだった」


 香さんの笑顔はいつの間にか消えており、無表情で綺麗な表情に戻っていた。


「もちろん、弟の欣二がオカルト研究会に入ってることも知っている。だから君が欣二とどのような関係かを知るまでは隠しておきたかった。もし欣二と親密な関係だとしたら言えないことがあるからな」


 金谷とは親密な関係とは言えない。オカルト研究会の先輩・後輩だけの関係であり、学部も違う。香さんの含みがある言い方から、金谷に知られてはいけないことがあるのは明白だった。確かに隠し事があれば僕と金谷が親密な関係だとした場合、告げ口をすると考えるのが必然だ。


「一つだけ注意をしておきたい」


「注意、ですか」


「私の弟、金谷欣二には気を付けるべきだ」

香さんは初めて会ってから一番の真剣な顔つきで言った。まるで僕の後ろでも視えてるような眼光だった。気を付けた方がいいではなく、気を付けるべきだと断言した。


「欣二は浪人してからまるで別人になった。昔はタバコの臭いを嫌がっていたが、最近は吸っているようだし、虫も苦手だったのに今の奴の部屋は蝶の剥製だらけなんだ。」


 今の会話で金谷と香さんは同じ住居、つまり2人とも実家で暮らしであることが分かった。姉弟で同じ部屋暮らしなんてことはまず考えられないだろう。


「それはもしかして…」


「君は本当に察しがいいようだね。私は「白髪スーツの男」と「幽体離脱」が関係していると踏んでいる。私の推測だが、幽体離脱というのは比喩的な表現であり、実際は人格の一時的消失なのではないかと。だから涼風くんの面倒とは別にできれば、欣二の観察もお願いしたい」


「分かり…ました…」


 僕は返事に歯切れが悪くなった。断りたかったからではない。もし、金谷の人格に異変があるとしたら一番の接点があるオカルト研究会、そして金谷に好意を抱いてる涼風が一番危険だと感じたからだ。


 昔は苦手だったものを二つとも突然克服する。金谷が異常な精神状態で、何か良からぬことをする可能性もありえる。精神科医の香さんはとっくにそれに気付いているだろう。一番は涼風を金谷に近づけることを避けなければならない。


 翌日、香さんは無事、由美奈さんと連絡が付いたようで、その結果を僕は由美奈さんからの講義中にかかってきていた留守電で聞くことになる。


(ゆかり)くん、お手柄じゃないか。あんな素晴らしい人がオカルト研究会の調査に加わってくれるなんて。それで、その金谷香さんなんだが、私たちオカルト研究会の顧問になることになった。ではまた涼風くんの歓迎会で会おう』


 なぜ顧問になったのか、聞きたかったが説明が長く面倒くさくなりそうだったので折り返しはしなかった。




 涼風と同じ、白峰圭による1人の人間に2つの人格を宿す行為。必ず、金谷欣二の人格変化ともつながりがある。鈴花が姿を現した時に金谷のことも訊いておくべきだった。突発的な出来事が起こると冷静さを欠くのは僕の疵瑕だ。


 居酒屋の近くに到着し、ほとんど誰も使っていない公園の駐車場に置く。ここは数日放置していても注意されることない穴場だ。飲み会の日はここに車を止め、帰りは歩くかタクシーかの選択をするのが僕の行動パターンだ。車を降りて居酒屋に向かう。



 居酒屋に到着し、僕が一番最後の到着だった。着席し、開口一番目の前の人物に問いかける。


「なぜ、ここにいるんです…?」


「別にいいじゃなかいか」


「いや、悪くはないんですけど…。自分の実の弟が参加する飲み会に参加するメンタルってどうやったら養えるんですか?」


「精神科医の私に精神(メンタル)の話をするのか。やはり君は面白いな」


「逆に僕は、あなたはもっと知的な人だと思っていましたよ」


 コース料理で最初に並べられるお通しやサラダ、から揚げと名前の分からないオシャレな謎の肉料理が机に並べてある。そして、なぜか香さんもこの歓迎会に参加している。


 3×2の6人座席。廊下側から見て一番左奥に座る僕の正面に香さん。香さんの左隣に由美奈さんと美浦、僕の右隣に涼風と金谷がいる。

 

 ほとんどのサークルといった学生団体は4月の中旬までには歓迎会を終える。5月に入ってから歓迎会をやっているのは、僕たちオカルト研究会のような活動内容があまり知られていない団体くらいだろう。


「先輩、なんで香さんもいるんですか?」


 涼風が僕の服の袖を軽くつかみ、小声で話しかけてくる。今さっき、同じ質問を聞いてはぐらかされたのだから知るわけがない。僕の知っている範囲で答える。


「どうやら、顧問になったらしい」


「え、オカルト研究会のですか?それで、今回の歓迎…いや、飲み会に?」

 歓迎されているのは自分だという認識から、自分から歓迎会というのは恥ずかしいのか涼風は言い直した。


「そうだと思いたい。呼んだのは十中八九、由美奈さんだな」


「もう由美奈さんとつながりが?というか、大学のサークルに顧問とかあるんですか?そもそも同好会ですよ?」


「悪いが今は、香さんが顧問になってここにいるってことだけを飲み込んでほしい。僕も困惑していることが多すぎる」


「わかりました」

 不服そうな顔をした涼風は引き下がった。そのタイミングで美浦の声が聞こえた。


「みんな、飲み物は決まったか?そろそろ店員がくるぞ」


 美浦がこの場を仕切り出し、僕たちにそう叫ぶ。美浦がこういう集団の行動の時だけ積極的になるのは、いつものことだ。実際、大学生活で一番遊んでるのは美浦で、飲み会の流れを作れるのに適している人材であることに違いはない。


 由美奈さんが香さんに何を飲むかをきいてる。この2人は雰囲気も似ているし、既に気が合っているようだった。


「金谷先輩!飲み物、何しますか?」

 そして隣では涼風が金谷に何を飲むかをきいている。明らかに僕よりも金谷と話す距離の方が近い。


 涼風は本気でこいつを狙っているのか。僕はこの2人のせいでこれからの食事が胃に入るかも怪しいというのに。


 香さんは金谷欣二のことを由美奈さんには話していないようだった。つまり、金谷の異変を知っているのは僕と香さんだけになる。


 飲み物の注文をまとめた美浦がオーダーを聞きにきた店員に頼んだ。ドリンクが来るまで時間、香さんが金谷に話し始めた。


「欣二、お姉ちゃんがいても別にいいだろ?」


「別に、姉さんがいようがいまいが俺には関係ないよ。今日は竹下さんの歓迎会だ」


 オカルト研究会の2年金谷欣二。涼風が言っていた通り、整った容姿をしている。香さんと同じ天然の癖毛。だが、綺麗なパーマをかけたように見える。切れ長な目、中性的な顔立ち、姉弟揃って美形といって差し支えないだろう。身長は僕よりも高い、180cm程度か。今日は白のワイシャツにカーディガンを着てデニムパンツを履いているが、美形の人は何を着ても様になってしまう。


「いいや、香さんの顧問就任祝いも兼ねているぞ」由美奈さんが会話に割って入る


「そうですか。どちらにせよ俺には関係ないです」


 無口な印象だが、話しかけやすく人に好かれやすい。今のは姉への対応だからか、言葉に少し棘があった。


 金谷の監視とは言ってもタバコと虫が苦手で浪人の間に克服したという情報以外何も知らない。1年間、オカルト研究会として活動をしていたが、金谷は悪い奴じゃないどころか良い奴だ。『ネタ』に対しても積極的に調査しているし、僕たちの手助けもしてくれることもある。実際、浪人前の金谷の情報が知りたいが、知ったところで監視をすることに変わりはない。もし、変な行動をしたら止めに入ることしか今の僕にはできない。危害を加えようとするとは正直、考えられない。

 

「失礼しまーす」という店員の声が聞こえ、廊下側にいた美浦と金谷がドリンクを受け取ってドリンクを配る。金谷と涼風はウーロン茶、香さんと由美奈さんはウィスキーのロック、席の対角線にいるはずの僕と美浦は示し合わせたようにレモンチューハイを頼んでいた。腐れ縁ということか、美浦とは妙に波長が合ってしまう。


「それでは、新入部員の涼風くんの入部とオカルト研究会の顧問の就任を祝して、乾杯」


 由美奈さんが音頭を取り、飲み会が開かれた。

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