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1 斜陽

1 斜陽

 生まれた時はみんな同じなのに、いったい、いつから人は能力の格差が現れ始めるのだろうか。私は物心がついたころには根本の性格は全て形成されてしまっていると考える。人生の逆転なんて、逆転をしなければならない人生を歩み始めてしまったからだろう。


 頑張って頑張って、努力した先にたどり着いた場所は、既にその高見の場所にいた人の普通なんだと思い知らされる。なのに、努力をすることやめられない。努力をやめたら、その場所に留まるんじゃなくて、後退してしまう気がするから。


 だから、常に全力、本気を出していなければ周りの人に追い付かれて追い抜かれる。そう思っていた。


 努力できることも才能だと気付いたのは、教室で努力をしない彼を見た時だった。


 頭のいい君はいつも本気を出さないで退屈そうにしていた。私よりも頭のいいはずの君はいつも全力を出さない。そんな君が大嫌いだった。


 他の人には「お母さん」と「お父さん」がいるけど、私の家庭は、「お母さん」と日替わり、週替わりにお母さんが「彼氏」と呼ぶ人だった。


 けど、「彼氏」さんはすぐにお母さんのもとを離れていく。「彼氏」さんに逃げられたお母さんは、とても深く傷ついていた。


 恋は人を傷つけるには、もっとも有効な方法なのだと知った。君を恋人にして適当に振ってやろうと思った。そしたら君は傷つくだろうと。




 私はクラスで明るい性格でもないし、友達と呼べるような人もいない。顔だって美人とはいえないだろう。クラスでいつも大声で話している子と比べて、自分の見た目が普通かそれ以下だということは知っていた。


 でも、同じ見た目をしているお母さんの周りにはいつも男の人のがいる。そして、そのお母さんが男の人にやっている行動を見て真似するのは難しくなかった。勉強をしなくてもわかる。物心ついた時から、文字よりも先に男の人に気に入られる方法を学んでいたような気もする。


 放課後、彼を屋上に呼び出した。日が傾いて綺麗なオレンジ色が空を覆う。田舎の学校は人を信用しすぎる。鍵を閉めないといけない場所でも鍵が開いていることなんてざらだった。


「ねぇ、今度私と遊園地にいかない?」


 彼の右手を私は左手でゆっくりと持ち上げる。私の胸の近くまで彼の手を持ってきて、空いてる右手も使い両手で彼の右手を優しく握り込む。同時に、一歩前に進み、距離を縮める。彼の顔と私の顔が近づく。胸に彼の手が当たる。よし、これで―――。


「なぜ?」


 彼から発せられた言葉が理解できなかった。なぜ?なぜって?


「君と僕はろくに話したこともないだろう。なんで急にそんな話になる?」


 表情一つ変えずに淡々と話す彼を見て、私の頭は真っ白になった。両手で握っていた彼の右手を離す。どういうこと?「彼氏」さんはこれだけで、お母さんを獣のような目で見ていたのに。


「困っているのは僕の方だ。そして、質問してるのも僕の方だ」


 焦りと疑問に満ちた気持ちが顔に出ていたのだろう。彼は小動物でもなだめるような口調でそう言った。


「まぁ、君と遊園地に行く理由もないけど、正直、断る理由も見当たらない。人の誘いを断るのには理由がいるそうだが、僕は遊園地という場所に行ったことがない。今後の人生の経験値として行ってみるのもありだろう」


「あ、ありがとう」私は何に感謝をしているか分からないが、そう口が開いていた。


「今週の土曜日でいいか?」


「あ、うん」


「保護者は僕の母か父がきてくれると思う。そこの心配はいらない。遊園地に行ったことがないというのは、親のせいじゃなくて、誘われても僕が行く意味が分からないとずっと親に言っていたからだ」


あ、そうか。子どもだけで遊園地はいけないのか。それも考えていなかった。


「それじゃあ、今週の土曜日に。これ、僕の家の電話番号」

 彼はランドセルからノートの一部を切り離し、番号の書かれた紙を渡して屋上から去っていった。


 彼が去った屋上で、私はしばらく立ち尽くしていた。綺麗に見えたオレンジ色の空の光が私を指さして笑っているような気がした。


 これじゃ、ダメだ。彼を好きにさせるつもりが、逆に私が押されてしまっている。好きにさせるには彼の先を行かなくちゃいけない。大丈夫、努力は得意なのだから。





 …彼との歪んだ出会い。私は恋を使って人をだましてはいけないということ、痛いほど知ることになる。気付いた時には後悔もできないほど全てが遅かった。

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