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0 コントラスト

コントラスト

 ナイター営業の遊園地、そこで僕らは暗闇の空中に留まっていた。本来ならこの辺りの地域を一望できる高所。僕らが乗るゴンドラが頂点に来たタイミングでこの観覧車は突然、停止した。周囲は暗闇に覆われ、下を覗いても高さのせいもありほとんど何も見えない。


 近代人は急な暗闇と静寂に慣れていない。大人なら何か原因を究明しようとするのだろう。多分、周囲の暗さ、緊急停止、このことから今回のは大規模な停電だと予想していただろう。


 そして、何かと不思議なことを分析したがる僕は落ち着いていればその結論に至ったはずだ。しかし、いつもの達観したその性格は、安全圏から分析をしていたからこそ、それができていたということに気付かされた。


 いざ自分が安全圏から危険域に入り、被害者側として体験するとなると、動揺を隠せなかった。そう、心がまだ成熟していない子どもの僕にはそんな余裕はなかったのだ。

――――ただ純粋な恐怖と不安。それだけが、僕の感情を侵食する。


「ねぇ見てよ、あの綺麗な星空」


 僕が怯えて何もできないでいると純粋な屈託のない声が聞こえた。一緒に乗っていた女の子。その声一つで不思議と心が安らいでしまう。


 その声の通りゴンドラから顔を覗かせ上を見る。煌めく星空がそこに広がっていた。7月の上旬、梅雨で湿った空気による淀みなんて一切感じられない輝きが、下で広がる暗闇の遊園地と対照的だった。


「綺麗だ」心の底から漏れ出た言葉。その言葉が彼女の耳にも届く


「ね、そうでしょ。君が下ばかり向いてるから私は上を見ようかなって。そしたら大発見だよ。で、気持ちは落ち着いた?」


ここは観覧車の頂上、もちろん、ここら周辺にここ以上に高い場所なんてない。だから普通は見下ろすことに徹するはずなのだ。―――そう、「空」以外には


「あぁ、落ち着いたよ。ありがとう―――」僕は彼女の名前を言おうとした


しかし、あれ、名前は――――なんだっけ


頭に靄がかかったような、そこだけ記憶が抜け落ちたような。とにかく、僕は彼女の名前が出てこなかった。


「良かった。普段、冷静な君が冷や汗かいて震えているから何事かと思ったよ。君もちゃんと子どもなんだね」


「…当たり前だ。来年でやっと中学生だ。一般的に子どもだろ」


少し茶化されたことを言われ自身のプライドに傷がついた気がするが、今の自分は何を言っても恰好がつかない。なら、言われたことを素直に受け入れる方がいい


彼女はそんな僕の心を見透かしたように「へぇ」とだけ言った。それ以上は踏み込んでこない


「せっかくの綺麗な星空なんだ。もっと見ておきなよ。天の川なんてあんなにくっきり見たの私も初めてだよ」


「こんなにも星空が広がってると、星座なんて見分けがつかないな」


「北斗七星とカシオペア、その真ん中にある北極星、それさえ見つけられればこの時期の星座は見つけやすいよ。あとは夏の大三角形かな」


「星座に詳しいのか?」


「少しだけ、最近ちょっと勉強してるんだ。将来は天文学者もいいかもね」


「もう将来ことを考えてるのか。すごいな」


「君もその達観した性格なら何にもなれると思うけどな。ただ、表面上の知識だけを身に付けてそれ以上は深く知ろうとしないクセはやめた方がいいね。浅く広くの知識、テストも70点くらいで満足してるでしょ。君なら100点なんて余裕でしょ。有名私立中学校にも受かるはずだけど」


「それくらいがいいんだ。人によっては高い、人によっては低い。そのくらいの立ち位置が」


「私はそうは思わないかな。そもそも私たちの小学校じゃないどこかに行けば、君より頭のいい人間はいっぱいいるよ。今の自分ができる全力を常に出してないといつかは追い抜かれる、そう思うよ。私の親なんて満点のテスト見せたら、小学校のテストは100点で当たり前だってさ。私なりに結構頑張ったんだけどな」


「それは厳しいことをいうな。まぁ、当たり前だろう。あんな教科書の書き写しみたいなテスト」


「…」


彼女が何も言葉を返してこないことに、少しだけ疑問を感じた。星空に向けていた視線を彼女に移す。


そして気付く。顔が見えないことに。黒い霧が彼女の顔を覆っている。さっきまで見えていた顔が見えない。そして思い出せもしない。そのこと自体に不思議と恐怖心はない。


しかし、彼女の頭が少し俯いている。それが僕のさっきの言葉で傷ついたように感じられ、そのことの方がよっぽど怖く、また、僕の心を締め付けた


僕は一呼吸おいて続ける。


「頑張ったな」


その言葉に反応した彼女が僕に視線を向ける。必然的に目が合う――顔は見えないが、そんな気がした――


「過程が違えど遠回りしても、僕と同じ結果を出せるんだ。だから、頑張ったんだよ。お前は。努力で天才に並んだんだ、だから親が褒めないなら俺が褒めてやる」


数秒の無言が続き、彼女が口を開く。「ふふっ」と小さなやわらかな声が聞こえた。


「自分で天才っていう?普通。ていうか、君は手を抜いて100点取ってないから周りから見れば私の方が頭いいんだよ?」


顔が見えずとも声で笑っているのが分かった。でも、彼女の性格では口を広げて大笑いはしていないだろう。どちらにせよ、機嫌を取り戻したようだった。


良かった、と安堵の感情が沸き上がる。それと同時に、彼女の笑顔そして僕の安心の感情に導かれたかのように遊園地中の明かりが灯り始めた。数分遅れて、観覧車も動き出す。


「やっぱり今日は君と遊園地にきて良かったよ。ねぇ、約束しない?」


「約束?」


「また遊園地で遊んでくれること。また観覧車に乗ってくれること」


断る理由なんてない。今日一日、彼女といる時間は楽しかった。答えは決まっていた


「じゃあ―――、」




決まって、夢というのは肝心なところで目が覚める。夢は過去の記憶の定着なんて言う。

―――僕の記憶にあんな思い出なんて存在しないのに。




僕は一体、なんて答えたのだろう。

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