第8話 リンドバーグ伯爵領へ
冒険者ギルドのマスターが相談に乗ってくれて、馬車、御者の手配と簡単な地図をもらい、用件の殆どが済んだ。冒険者ギルドに備えている速達システムも使わせて頂き、リンドバーグ伯爵家へエレーネたちが魔狼に襲われ、エレーネ以外は、メイドや騎士たちも死亡したこと、馬車も破壊され、エレーネ単独で生存しているのみであることを知らせた。
エレーネを救ったヨシタカの名前と世話をしながらリンドバーグ家までお連れする、という旨を記し安心してくださいと礼節と親御さんたちへの不安解消を込めてすこぶる丁寧に筆を執った。
旅の間の食料や不足していた明かりを灯す燃料や馬の餌、水などを買い込み、準備万端となった。御者と打ち合わせをする。馬車の速度からリンドバーグ伯爵家までは1日も掛からないとのことだった。今から出発すれば明日の朝には到着できるだろうとのこと。宿泊は不要で馬の食事のための地で、ヨシタカたちも食事を兼ねた若干の休憩をとる。このプランで早速出発することにした。
エレーネは少し顔が優れない表情で話を聞いて頷いていた。顔色が悪いのは、多分、婚約者の件で不安なのだろう。リンドバーグ伯爵家に着いたら、ひょっとしたらヨシタカも間男みたいな扱いをされるかもしれない。口約束とはいえ義理の妹として扱うという一般的には常識外れと言われてもおかしくないだろう件も上乗せされると大変だ。なにせ普通の女の子ではなく伯爵令嬢なのだから。
ヨシタカには侯爵という身分を証明する短剣がある、これは安心できる人物だと示す証拠となるだろうか?不安であった。とりあえず何とかせねばと覚悟する。そもそも命を救ったのだから文句を言われる筋合いはない。しかし不安が巡るのであった。ヨシタカには日本での高校時代からの小心者の一面もあったのだ。
馬車に乗り込み、出発した。馬にはお馴染みの自動回復と身体強化の魔法を施してある。もちろんエレーネにも自分にもお尻の強化を施して馬車の振動に備える。
「ヨシ兄さま、肩をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、寝てていいからな。休憩場の広場に着いたら起こしてあげよう」
「ありがとうございます。喉が渇きませんか?少しブレンドして香りを濃くしてみました」
「頂くよ。今度のも美味しそうだね」
水筒からコップに注ぎ、一口飲むと美味しかった。緑茶に似た味わいだった。
「今回のも美味しいね。お茶の達人になれそう」
「いやですわ、わたし、照れてしまいます」
「こんなにバリエーションを増やして、なかなか拘りがあっていいよ」
「お兄様の美味しそうに飲まれるお顔や仕草が好きなのです」
「そうか……」と思わずエレーネの頭を撫でてしまう。
「ふふ、以前も、馬車の中で頭を撫でて下さいましたね」
「え?あの時は寝てたんじゃなかったのかい?困ったな……」
これまた思わず苦笑いをしてしまう。変な下心があったわけじゃない。久しくお兄ちゃんをしていなかったから、あの時は妹を連想して頭を撫でてしまったのだ。
「こちらで休憩いたしましょう」
御者が声を掛けてきた。決して高級な馬車ではないが、言葉遣いが丁寧な紳士然たる御者で好印象だった。彼は餌の草を用意しながらバケツで水を汲み、馬に与え始めた。ヨシタカの付与魔法により、いつもより馬の疲弊が少なく元気だったのでハテナ?と感じてはいたが悪いことではないので気にしてはいないようだ。
いつも通りマジック・リュックからテーブルを出してエレーネのお手製お茶を飲む。風が爽やかに吹いて心からノンビリできている。彼女は飴ちゃんも出してきた。お裾分けで御者も貰っていたが大層喜んでいたみたいだ。甘い物、糖分はこの世界では貴重で、頭が冴えるし、当座の疲れも取れる。量産できないのが残念だが、流通経路さえ整えば、こんなお菓子は世界中に広がっていくことだろう。イチゴケーキとか当時はユアイが好きだったが、先の町には売っていなかった。出来ればエレーナと食べたかったものだと味を懐かしがった。
馬車の半径100mほどはヨシタカの結界で覆っており、魔物に襲撃されることはなかった。また、他に魔物や強盗団に襲われたりしている馬車もなかった。
労力をほとんど使わない快適で順調な旅だった。




