第46話 湖の畔にて
湖の怪物が村を襲っているという緊急救助依頼を受け、前もって村の資料を繰っていたヨシタカとミズハ。見つけ出した前転移者らしきアレスという学者の資料を読んで、凡その湖の科学を把握した二人。
ヨシタカ
「う~ん、空気中の酸素は約21%、淡水中の酸素は約0.005%ってあったけど、水中の酸素ってメッチャ少ないとしか思わなかったな。これが湖に棲む怪物の正体を絞れる根拠となるというのは、よく解らんけど」
ミズハ
「それでも、良くできました。簡単にまとめれば、湖は表層が暖かくて数メートル下に躍層という温度を分ける層が出来て、その下は、もの凄く冷たいの。
そして只でさえ少ない酸素の拡散が、そこそこの濃度になるまで何百年と掛かって遅いから、湖の下部では貧酸素状態のままで、深海魚みたいなものはいなくて、例え哺乳類みたいな肺呼吸の怪物でも空気を吸うために上昇する度に温度差に晒されて、マヒを起こしたりの『命がけ』という環境なんだって。
ここまでは、いいかな?」
ヨシタカ
「オツケイ」
ミズハ
「だからネッシーの様な首長竜は棲んでいない可能性が高い、ということが科学的に導き出せるのね。で、肺呼吸の恐竜や巨大なアザラシとかオットセイの様な正体説はなさそう。とすると今回の怪物騒ぎは、水中の酸素を取り出すエラのある魚の巨大なもの……の可能性が高そうね。
しかも、それですら海水というか海から酸素の豊富な深層水が流入していないと駄目みたい。湖の底に酸素を供給するためにね。でも両生類の巨大なものだと海水の様な塩類濃度で生存できないから、結局、魚類になりそう。
ただ、この問題の湖は、海と繋がっていないから、巨大な魚も難しそう」
ヨシタカ
「……ふむふむ」
ミズハ
「村の湖だと酸素のある表層に棲むしかないから、怪物が居たとしても、これまでに目撃もいっぱいされている筈よ。
目撃や陸上を這って進んで村の住人や家畜たちが襲われているのが最近なので、湖とは関係ない生物か、水温変化が関係ない体躯を持つ水龍のようなドラゴンかもね」
ヨシタカ
「……な、なるほど、簡単に説明しようとしても三行では無理なんだな」
ミズハ
「当たり前でしょ。いくら簡単に説明したところで、容易に理解できるなら専門家なんて要らないわ」
ヨシタカ
「じゃ、兎にも角にも湖を監視してみるしかないか」
ミズハ
「元凶を見つけたら退治すればいいのよね、多分、超生命体……ドラゴンみたいな生物よ」
ヨシタカ
「拡散エクスプロージョンで水を蒸発させて、怪物を露出させるってのは、どうだろう?」
ミズハ
「湖の中でも生態系が確立されてるのよ。生物が全滅したら、村の貴重なたんぱく源が失われるわ」
ヨシタカ
「了解、分かったよ」
ミズハ
「……うん。湖で首長竜みたいなUMAを目撃したとニュースになると、姿形から既存の生物で正体探しが始まるけど、湖の酸素分布を知っていれば、生存そのものが難しい事が分かるし、科学遊びみたいな考察もより面白くなるわ」
ヨシタカ
「さすがヲタの聖女」
ミズハ
「勘違いや錯覚だといいけど、捏造が多いと、本来、大発見かも知れないのに捏造とかでガッカリよ。ロマンを抱けるのもちゃんとした知識があってこそ面白いのにさ。マスコミの記者がもっと勉強するべきだわ。例えば、シーラカンスを発見した時にイモリやカエルのような両生類に進化する直前の古代魚だって言ってるのを『そんなわけない、常識はずれ』といってスルーするようなものだからね。だからさ……云々」
ヨシタカ
「……ヲタの血が騒ぐんだね、いいよミズハ、存分に語ってくれ」
ミズハ
「アニメだってそうよ、質量のある大戦艦が、どうして戦闘機のようにピュンピュン飛び回るのよね? 鋭い旋回なんて乗組員が失神よ。大勢のスタッフがいるのに誰一人として気づかないって終わってるわ。慣性の法則って理系の基本を一から勉強させて……、更にね、潜水艦が海面に急浮上してザバ~ンって映像あるよね? クジラみたいに。あの程度でも乗組員は失神級で大変だったらしいのよ。PR映像のために海軍が作ったらしいんだけど。普段ならあんな操縦は絶対にしないんだって」
ヨシタカ
「……う、うん、うん、そうだね」
ヨシタカも勉強が出来る方ではあったが、さすがの優等生ミズハには勝てなかった。
・・・・・・・・・・
さて、湖を眺めながら監視を続ける二人。しかし何ごとも起きず、監視小屋でノンビリし始めた。怪物が出てくるまでは本当に暇である。四角いテーブルを挟んで椅子に座り、雑談をしたり、軽食を摂ったり、他に何か作戦はないかと考えたり。
時が流れていく……
なぜか顔を真っ赤にしたミズハが呟く。
「ねぇ、サトシ君に聞いたんだけど『丘の隠れ家』という喫茶店の話……」
「えっ」
「丘の隠れ家の件よ」
「き、聞いてしまったのか……」
「……うん」
「ご、ごめん、前もって話しておけばよかったな」
「うん」
「うーむ……」
(サトシのやつ、ハルちゃんだけが良ければという精神で、俺をミズハに売り渡したな。どうすんだよ、この二人きりの状態で逃げられないんだが。言葉が出ないぞ)
「ミカジューのお代わりが欲しいんだって?」
「い、いや、そんな」
(くそぉ、サトシめ、死ね、死んでしまえ、くそ、どう言い訳したら……)
「あの、あのさ、ヨシタカ君がそんなに飲みたいんだったら、あげてもいいよ? ミルクは出ないとは思うけど」
「へっ? 何を言ってるのかいミズハさん……」
(な、なんだと……ミズハ、想定外だぞ、本気なのか、いいのか、いいんだな)
「だって、私も考えたんだ。魔神側の勇者に迫られた時、私は大切な恋人に意地を張ってキスですら一年に一回しか許さなかったんだって。私が意地を張ったせいで先に奪われてしまうかもって怖くなったの」
「そうか、俺もすんごく嫉妬したからな」
「ヨシタカ君、ごめんね、辛かったのだろうと貴方の気持ちが理解できて、お詫びみたいな気持ちもあるんだ」
「そ、そうだな、辛かったよ」
(武闘大会では嫉妬で錯乱したしなぁ)
「い、今、今さ、この小屋に誰もいないし……誰からも見られないかも」
「そうだな、誰もいないし、俺達の二人っきりだ……」
ヨシタカはすっと立ち上がり、対面で座るミズハへ近づき、両手で彼女の肩を軽く触って背中に回し、そっと抱き締めた。ミズハは頭と両手をヨシタカの胸に当て、少し緊張しているようだ。
ミズハは聖女らしく最上級の金をあしらった装飾付きの神官服をまとっているが、内部には戦闘服のビキニアーマーを着ており魅惑的だ。とはいえ、いつも女性陣は全員可愛らしくデザインされたものを召しており、ミーティングがある度にヨシタカも思うのだが、非常に魅力的でもあった。
「ミズハ、いつもありがとう。キミがいなければ俺は正常な思考が出来なくなるほど。日ごろから感謝している、愛してるよ」
「ヨシタカ君、貴方のぬくもりが伝わってくるわ。私は幸せよ」
ヨシタカはミズハの髪の毛を右手で触り、必殺の耳にさりげなく触れる。
「あん、耳はダメ……ん」
すかさず彼女の耳に顔を近づけ『ミズハはいつも最高に可愛いよ』と呟きながら息を吹きかける。その度に彼女はビクっと肩を震わす。
「ヨシタカ君……わたし、わたしね……、貴方が居なくて寂しかった……ぎゅっとして」
「俺もだよ。愛し合う恋人同士が離れていると寂しさも一入だよな」
(いけるか、今日こそはいけるか、ガンバレ俺。ここなら聞き耳を立ててるユアイはいない。邪魔されることはきっとない、大丈夫だ、進むんだ俺、付き合って四年目、いざ第四回目のキスへ!)
その瞬間、湖の方から大きな水しぶきの音がした。
・・・・・・・・・・
水しぶきの正体はドラゴンに似ているがドラゴンではない、何か神聖な感じのする巨大生物だった。黄金色に染まった巨体、全長二十メーターぐらいある。角も立派で四対、ごじんまりした羽が四枚あった。魔力で浮遊するタイプだろう。全体が神々しいオーラで包まれていた。
もしも古龍タイプなら半神半龍、神に似たオーラをまとっているが、この怪物は違う、神のオーラそのものといえるほどの神々しさをまとっていた。
「ぐぉ~~~~~~~っ」
(お腹へったなり)
ヨシタカは監視小屋を飛び出した。
「ちくしょーっ! また良い所を邪魔しやがって、許さんぞ! 拡散っ! エクスプロージョン!!」
即断即決で拡散エクスプロージョンを放つ。
ドドドーーーーーんん どどーーーん じゅぅぅぅぅ~~~~~~~
大規模な水蒸気が立ち込めて、湖の周囲は真っ白になっていく。
「ぐぉ~~~~~~~~っ」
(にゃ、にゃんとっ)
「いい加減に四回目のキスさせろよコラァーーーーーっ!」
「だ、誰に向かって言ってるなりな?」
遅れて駆け付けたミズハがヨシタカに追いつき、真っ直ぐ前を向きながら横に並んできた。
ミズハ
「ああ、ヨシタカ君、湖を干上がらせちゃダメって、あれほど!」
ヨシタカ
「あ、ごめん」
謎の生物
「お、お、お前らなんなりなぁ~、何やってくれるのよ、僕のお住まいが、ぼくのお家がぁぁぁ」
ヨシタカ
「ミズハ、なんかいるぞ?」
ミズハ
「人の言葉をしゃべってるわよ」
謎の生物
「ひどいっ、ひどいよっ! お前らなんなりよ? 鬼! 悪魔なり!」
ヨシタカ
「村の人たちを襲う悪い怪物めっ! ひどいのはお前だ!」
謎の生物
「僕はそんなことしていないなり! 家畜を少し分けて貰ってただけだいっ! 人は襲っていないなりよ、僕は守り神だからなりねっ」
謎の生物は、巨体から発する波動を怒りモードから本来のオーラに戻した。すると半熟の神々しさが、ストレートな神そのものへと印象を変える。
ヨシタカ
「……むっ」
ミズハ
「……うそ、守り神様?」
村の守り神(湖の神)
「そうなりよっ! なんだなりよ、お前たちはっ、ぼくのお家を返すなりっ、とにかく帰るなりよ」
……涙目の守り神が出現した。
ヨシタカ
「言葉使いはアレだが、姿形は古龍より高貴な感じ……、どうやら渓流神マナと同じタイプの神様らしい」
村の守り神(湖の神)
「ひどいなり、ひどい、ひどい、ひどい、ひどいわ、信じられない、オタンコナス、ひどいわ、ひどい、ひどい、ひどいなりよ……」
グズつく湖の神。
村の守り神(湖の神)
「にゃうわぁぁぁ~~~~~~~~~ん」
ヨシタカ
「泣くなよ、ごめんって、ミズハ、どうしよう?」
ミズハ
「ど、どうしましょう?」
ヨシタカ
「なぁ、守り神さん、ごめんな、お家壊しちゃって」
村の守り神(湖の神)
「居心地のいい湖の水を溜めるのは大変なりよ! そしてミユ……僕の名前はミユなり」
ミズハ
「湖の神ミユさま、私は聖女ミズハと申します。あの、人間の姿に変えて頂けませんか? 少し身体が大きいので声も大きくて、会話が難しいのです」
湖の神ミユ
「お腹へったなり……怒る気にもならないなり。僕、人の姿になれるなりよ」
急展開だった。
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湖の神ミユの話によると、ここ最近、冒険者や騎士・兵隊が襲ってきて迷惑をしているとのことだった。どうして自分が攻められるのか理解できず、村人の一部に家畜を貰って村を守っていたのだが、貰えなくなったので少しだけ勝手に貰ってきていたという。
もちろん、たくさん勝手に取ってくれば村人の食事に影響するので、最小限であった。それゆえ常にお腹が減っていたが湖の底で寝転がり空腹を我慢していた。村人が魔獣に襲われるときは今まで通り守ってきたが、最近は特に空腹感で活発さがなくなり、精神的に弱っていた。凹んでいた。鬱になりかけていた。
後にヨシタカらの調査によって判明したことは、湖の神ミユは正体不明の悪竜だという噂がばらまかれ、庇っていた村人らがどこかへと攫われた故、守護神とは知らなかった誰かが冒険者ギルドにて討伐依頼の手配をし、領主の騎士団や兵隊たちからも攻撃されるようになったという。
ミユは怒ったにもかかわらず、女神ハルから人間への手出しは禁止されている事から、反論もせずに攻撃を甘んじて受けていたとのことだった。もちろん攻撃された際には『誤解だってばっ、ちゃんと村の守護者についての伝説資料を調べてくれなりよ』と泣け叫んだが、防御するだけで大人しくしていた為、寧ろ兵隊らの攻撃はエスカレートしていったとのこと。
ここ最近は空腹ばかりということで、見事に短期間で引き籠りヲタへと変貌してしまい、独りで歌を歌ったり、夢の世界へ入り浸ったりと燻っていたという。
尚、人の姿になった湖の神ミユは、十歳前後のショートカットの男の子にみえた。
ヨシタカ
「なるほど、ミユが人の姿になると、幼く可愛らしい男の子になるから説得力もないし、神のままでは巨大な古龍みたいに思われて、家畜を勝手に取りに来ると誤解をしている人たちからは煙たがられたのだな……可哀想じゃないか」
湖の女神ミユ
「僕は女の子なりっ! 女の子なりよ!」
ミズハ
「……僕っ娘」
ヨシタカ
「また女の子か……思えば渓流神マナとも共通点があるな」
ミズハ
「何はともあれ、ミユさま、湖には小河川が流れ込んでいるから、今直ぐにとはいかないけど、いずれ湖は水で満たされるわ。それに私が今から水の魔法で少しだけど水を足すからね」
湖の女神ミユ
『水の魔法、ふんすいっ!』
「「えっ」」
ミユにより、あっという間に湖の水がめは満たされた。
湖の女神ミユ
「魔法で作った水は直ぐには居心地が悪いなりよ。ぐすん」
ミズハ
「この件、ハルちゃんによく話しておきますからね、国王陛下へもトップダウンでこの村を含めた領主へ命令されるので、ミユさまはこれからは安全になりますから、安心ですよ。心配しないで下さい、湖の女神ミユさま」
湖の女神ミユ
「ほえっ? 女神ハル様とお知り合いで?」
ヨシタカ
「これから宿泊施設に戻ったら女神様もいるし、いつもミーティングしてるぞ」
湖の女神ミユ
「あ、あのっ! 僕が湖から少し離れてもいいように、女神ハル様にお伝えくださいませんか? 温泉に行きたいので。ムフムフ……いい気分なり」
ヨシタカ
「ところで、ミユちゃんの喋り方なんだが、その変な癖というか訛りというか、誰かに教えて貰ったのかい?」
湖の女神ミユ
「言葉遣いなりか? 僕に高尚な言葉を教えてくれたのは、流離の風来坊アレス先生なりよ」
ヨシタカ
「こう来たか……」
ミズハ
「あら、アレス先生、素敵」
湖の女神ミユ
「また会いたいなりなぁ、アレス先生に」
遠い目をするミユの顔は、恋する乙女のように年齢相応に可愛らしい顔つきをしていた。少し頬も赤くなっていた。
ミユがアレスに聞いた話によると、アレスは転移ではなく転生勇者だったそうだ。大学で医学生だったころ、ある日、恋人が知らない男性とホテルへ入っていくのを目撃し、心痛で走り出したところトラックに轢かれ、そのトラックの運転手と助手席の女の子に救われ、白い部屋みたいな空間へ連れていかれたそう。
そして異世界トラックの運転手に『あなたは転生で頑張って』と言われて、気づいたら赤ちゃんになっていた。頭は冴えているのに身体が動かず、言葉も喋れなかった、長い年月、それはそれは苦痛だったという。次回、同じようなことがあったら『私は絶対に転移にしてくれ、転生だけは嫌だ!』と叫ぶだろうと力説していた。
成長して村に冒険者としてやってきて移住、スローライフをかますぜ! と新種の果物や井戸・用水路の開発、栄養学に基づくキャベツやレタス類の野菜、薬草や香草などを村民に教えたり、救急処置の医学や薬学を教えたり、どっぷりと村に馴染んでいたという。
そこで村の守護神であるミユと仲良くなり、彼から色んな言葉を教えて貰ったという。時々息抜きに言う彼のジョーク(オヤジギャグ)がミユにとって新鮮で楽しくて、ミユは何度もリクエストしてしまったという。
また、湖において、水の有効利用から、魚の養殖で安定した食料の供給を目指し、日照りが続けば水が蒸発し、台風が来れば洪水になるので、砂防ダムを作り活用していく方法など、生活に密接する役立つ学問を毎日教えてくれたという。
アレスに対し恋心を持つ女性が多く出現したが『すみません、恋はこりごりです』と全ての告白を断っていたらしく、転生前の恋人が寝取られたのが相当トラウマになっているのだそう。しかし、ミユはそんなアレスが好きになり、でも、告白しても成就しないだろうと思って恋心を封印していた。否、恋心を育て続けていた。
ある日、国王からの使者が村に来て、魔王討伐の勇者パーティにアレスが加わるというお触れを言い渡された模様で、『困ったなぁ~』と髪の毛を掻きながらも、平和のために自分は出陣するよ、と言っていた。王宮で聖剣エクスカリバーを賜ってからになるから、近いうちに出立するからね、とミユに伝えていた。
『ミユ、心配するな、直ぐに帰ってくるさ。お土産は期待するなよ』
『待ってるね、アレスが帰ってきたら、僕、伝えたいことがあるんだ』
いつの間にかアレスは姿を消しており、ミユは、またいつか会えると信じて何年も時が経った。ミユは今でも彼の帰宅を待ち続けているという。今度会えた時には告白して、村の祭りで手を繋いで歩いて、出店で買い食いするんだと夢を語っている。花火も一緒に見たかった。
ヨシタカは『良いこと絶対にあるからな、頑張れよ』とミユに語り、ミズハも『貴女の恋を全力で応援するわ』と彼女の恋心にエールを送っていた。
ミユは『ありがとなりね』とウンウンと頷きながら、そして照れながら顔を赤くして俯いていた。
聖剣エクスカリバーがサトシの手にある以上、勇者アレスが帰らぬ人だという事は分かっていた。魔王討伐は勇者サトシのパーティしか成し遂げていないからだ。
いや、たとえ魔王を倒しても、直後に吹き荒れるブリザードでパーティが全滅してしまうからだ。前回はヨシタカが一人だけ生き残ったから、歴史上初めての奇蹟だった。勇者アレスが最後にどうだったかは推測できるが、ミズハもヨシタカもミユに話すことが出来なかった。
「きっと、いつか、いい恋をすることが出来るさ」
「そうね、いい恋を見つけて欲しいわね。私たちのように」
ヨシタカとミズハは互いに目を合わせてから、ミユへと優しく微笑んだ。
・・・・・・・・・・
ヨシタカとミズハは手を繋ぎながら湖を後にした。
湖からは、ミユが腕が千切れそうな程、激しく手を振っていた。
「また遊びに来てねーーーっ、もう友達なりよーーーー」
湖の女神ミユはまだ子供。子供故に知らなかった。自分が、湖の精霊よりも遥かに強力な力を持っており、どこの湖にも出現出来ることを。異世界の湖にも行けることを。
そして気に入ってしまった人間の聖付与師ヨシタカと聖女ミズハの後を追って、日本に来て湖を豊かにするのは、ずいぶんと先の話である。




