第44話 真・森の隠れ家
謎のカフェ店『丘の隠れ家』の調査を終え、意気消沈していた三人の姿を見て何が起こったのか不思議に思っていた女性陣は、追及してもサトシらが誰も喋らなかった為、まぁいいかとスルーする、という理解を示した。誰しもプライベートな不可侵領域には遠慮なく入ってはいけないものだろう。
そして、ようやくヨシタカたち男性陣三人は、本来の目的の場所であるカフェ『森の隠れ家』に到着した。
三方向をガラス張りにした開放感あふれるオシャレなカフェで、外から見える店の中には太い柱が中央にあり、ガラスに沿って席が設けられているのが道を歩く人々にも分かる仕様だ。従って店内の照明も明るい。テーブルは四角形タイプであり、二人、四人掛けが多い。何の怪しさも感じない、健全な、洗練された爽やかな風情を感じるオシャレな店だった。
ミキオ
「どちらかというと都会的なセンスの良さのある店だな。デートで使うような」
ヨシタカ
「確かに。丘の隠れ家の方が薄暗くて怪しかったな。これは意外だ」
サトシ
「でもウェートレスたちを観てくれ。彼女らの腰より下に小さな羽があるよ」
ヨシタカ
「サキュバスか……」
ミキオ
「成人したばかりの十五歳前後に見えるが、実年齢は数百年かも知れんな」
サトシ
「サキュバスが紛れ込んでいるという事は、丘の隠れ家よりも数段困難さがあるかも知れない。気を引き締めて行こう」
「「おう」」
カランカラン
お店に入ると、可愛らしい二人のウェートレスが声を掛けてきた。
「「いらっしゃいませー、ようこそ森の隠れ家にっ」」
メイド服を可愛く加工した制服姿で、男性客向けのセンスが光る。女の子たちはピンクの髪をしており、それが明るい陽気な雰囲気を感じさせる。キャピキャピした可愛らしい感じの娘たちだと表現すれば適切だろうか。
「お客様、こちらの席へどうぞ」
下手をすれば『ご主人様』呼ばわりでご案内という特殊性癖のはまるカフェに似た、相応しい感じであり、ウブなミキオやサトシでは魅了されそうだ。異世界にメイドカフェがなくて良かっただろう。もし店がメイドカフェ系であったならば、調査をほったらかしで、またもやただ単に遊びに来た状態になってしまったに違いない。
ミキオ
「さてと、飲み物は何があるかな」
(照れるなオレ、緊張するなオレ)
テーブルの上のメニューには、コーヒーやレモンソーダ等と共に、”サキュ・ジュー”という謎のドリングが記載されており、否応なしに『ミカジュー』を連想してしまう面々。まさかコレが本店の味だとでもいうのだろうか? ヨシタカはゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らした。非常に危うい精神状態だった。
ミキオ
「こ、これは、またか……」
ミキオがメニューを見た後で確認を促すようにサトシとヨシタカに目配せをする。
ヨシタカ
「おいミキオ、このサキュジューって、まさか、まさかのアレかな?」
サトシ
「僕には聞かないでくれよ」
ミキオ
「そんなの決まってるだろ、胸を絞るやつ……あの娘たちの……だろ?」
何という事だ、ヨシタカは非常に気まずい思いをする。
いち早く恋愛初心者のミキオが過敏に反応しており、サキュバスはそれを観ながら楽しそうに言った。
サキュバス・ウェートレス
「あらあら、あなたのオーディーン・ソードさんが元気いっぱいね」
ミキオ
「……うぐっ」
ミキオはタジタジだった。
ヨシタカ
「オーディーン・ソード……ププッ(笑」
ミキオ
「……おいっ! お前まで(怒」
サキュバス・ウェートレス
「わたしが気持ち良くしてあげますよ? ふふ。または貴方が私の胸を絞ってくださるのかしら、フフフ」
ミキオ
「こ、こんなところで手玉に取られるわけにはいかねぇ」
(ちくしょー、二連発も同じネタやりやがって)
強がるミキオだったが相手が一枚も二枚も上手だ。思春期の若者にとってサキュバス姉さまは天敵であり勝てるものではない。サキュバスは色っぽい半目でミキオの顔を覗き込むように見下げながら唇を赤い舌で舐めると、顔を寄せて小声で話しながらミキオの耳に息を吹きかける。
「純情なのね、お兄さん」
「くっ! 負けるなオレ」
「ふふふ……可愛いわ」
「うう、オレの身体が勝手に反応しやがる……」
「ねえ、あなたは魔法使いになりたいの? 普通はなりたくないよね?」
「そ、それは三十歳まで女性経験がない男性だけがなれるという幻の資格が要る魔法使いか……」
「そうよ、とびっきり凄い魔法使いだからね、でも普通はなりたくないよね?」
「お、男にとって、な、なりたくない魔法使いの筆頭だぞ」
「だ・か・ら・わたしたちが夢を叶えて、あ・げ・る」
「資格はく奪をしてくれるとでもいうのか……?」
「ふふ……、そうね、あなたが良ければ、ね」
「くっ! サキュバスごときが余裕かましやがって……」
ここでミキオは妄想した。この先、異世界を移動したところで彼女・恋人が出来る保証はない。
今を逃すと童貞が捨てられないのではないだろうか? もし可愛い恋人が出来ても、イザという場所で好い雰囲気になったとして、下手を打ってしまうと『あれ? ミキオくんって下手なの?』みたいに言われたらどうする? という不安感も出てきてミキオの精神は益々迷走していく。
寧ろコレがサキュバスの男性を落とす常套手段であり、敢えてあがらうとしても太刀打ちも出来ずに沈没する。確かにあがらうのであって、あがなうのではない。流れに乗って男の余裕を見せた方が結果オーライになるという民間療法のような勘違いをし始めてしまった。
分かりやすく言えば、お姉さんのする流れに任せなさい、ということに男たちの思考が定まっていく。
ミキオ
「なら、お姉さん、お願いします! よろしくお任せしますっ! はぁはぁ」
ピッキーーーン どーーーーん
ここで女神ハルからサキュバスの洗脳を解く”女神の波動”が届いた。
女神ハル
「(バカやってないで、ちゃんと仕事しなさいっ!)」
ミキオは真っ青になった。女神ハルを敵に回すと未来永劫、恋人が出来ない(と信じているミキオ)。すかさずサキュバスの洗脳状態から脱出できた。
ヨシタカ
「あっぶねーー! 俺は今、とてつもなくマズい精神状態になっていたわ」
サトシ
「君たち、精進が足らないんじゃないか? (ヘラヘラ」
ちゃっかり女神ハルへのポイントを稼ぐサトシ。しかしサキュバスの腰回りを目で追っていたことは内緒だ。
・・・・・・・・・・
丁度その時、外から十人ほどの女の子たちが店に入ってきた。
「「いらっしゃいませーー」」
しかし店に入ってきた女性たちは目が移ろで焦点が定まっておらず、足取りもフラついた動作で、とても正常な状態には見えなかった。十人もいるのに会話もなく、黙々と静かに行進しているだけである。
サキュバス・ウェートレス
「あ……」
サトシ
「!」
ミキオ
「こ、これは……」
ヨシタカ
「タイミングよく遭遇したな、今度こそ、マジだ」
彼女らは一列になって店のカウンターに入り、粛々と裏口のドアへと進んでいた。
サキュバスたちは悲しそうな眼をして、店の裏へとふらふら歩いて行く女の子達を眺めている。
この光景を観察して、サトシらは確信した。最早、女性をさらう出入り口の一つがこの店であることは明白、確実だと思われた。女の子たちは魅了や幻覚に惑わされているかのように、抵抗もせずにフラフラと順番に前に進んでいく。
彼女らは、意識がないゾンビのようでもあり、領主のお屋敷まで地下を通っていき、目的地に辿り着いたら催眠が解けるのだろう。
その光景を見ていた近くにいた一人のウェートレスが、こっそりと小声でヨシタカらに言う。
「危ないわ、お兄さんたち、ここから早く逃げて……。普通に会計を清算して、一般のお客さんの振りしてお店から出るのよ」
どうやらサキュバスたちウェートレスは、正常な倫理観を持つ味方のようだ。ヨシタカはまずは安心感をウェートレスたちに与えたうえで行動することにした。
ヨシタカ
「大丈夫ですよ、ご心配なく。俺たちはこれを解決するために、わざわざ来たのですから」
にっこりと優しく微笑みながらウェートレスたちに語り掛ける。ヨシタカが、普段、妹をあやす様な、お兄ちゃんムーブの雰囲気でサキュバスたちを宥める。
「マスターは魔人よ、強いわ。普通の冒険者では太刀打ちできないのよ? ここはお姉さんの意見に従って逃げて……。いざとなったら私たちが盾になるから、早く、お願い」
サトシ
「彼の言う通り大丈夫ですから、お姉さんたちを守りながらいますし、僕たちに任せて下さい」
ミキオ
「お姉さんたち、お、オレのオーディーン・ソードの切れ味を見せてやるぜ、安心しな」
ヨシタカ
「ミキオ……、言い方ぁ」
サキュバス
「あなたは黙ってて」
兎にも角にも恥ずかしいミキオだった。
ヨシタカ
「よし行くぞ! まずは彼女らの歩みを止める」
「待ちたまえ」
やや高めの男性声と共に、奥からマスターが出てきた。その男はしょうゆ顔のイケメン青年で、見かけが三十台前半、ほっそりとしていて背が高かった。この男がサキュバスの言っていた魔人であり、発する気が強く、容易に魔人だと分かった。
魔人とは魔王をトップとする魔王国の住人であり、この世界では魔王国と人間の国とは棲み分けがされている。魔法に長け、信じてあがめ尊ぶ魔神を信奉し、魔王に忠誠を誓う戦闘民族である。一応、心理的には人間と敵対してはいるが、女神ハルの不可侵条約により、魔族と人間との争いは最小限に制限されている。
神的の位では、女神>魔神である。
マスター魔人
「邪魔をしてもらっては困りますな、お客様」
サトシ
「どうみても操られた女性十人が意思を無視されて誘拐される所だろう? 邪魔させてもらうよ」
マスター魔人
「それがどうかしましたか?」
ミキオ
「自分の意志でないのに性交を強いられ移住させられる女性たちを見逃せるわけないだろ? サトシに続き思いっきり邪魔させてもらうぜ、そこの変態野郎!」
ヨシタカ
「……(サトシとミキオに体力強化の付与をかける)」
マスター魔人
「大人しくしておけばいいものを。軟弱な人間たちよ、わたしのパワーに耐えられるかな?」
マスター魔人は、魔のオーラを全開にして威嚇してきた。周囲のガラスコップなど、店全体がビリビリと振動した。彼が威圧してきた魔のオーラは、かなり強力であり、魔王国の幹部級と言えるほどの実力が伺えた。さすが誘拐の窓口をまとめる魔人といえよう。
しかし、その魔のオーラをものともせず、すっと立ち上がったサトシは音もたてずマスターへ近寄り、聖剣エクスカリバーを首に当てて殺気を当てる。一瞬の動きだった。
「なっ! なにぃ、いつの間に私のペナルティエリア内に、それにこの剣は、聖剣……」
サキュバス・ウェートレス
「ええっ! マスターが簡単に追い込まれたわ、すごいっ」
サトシ
「死にたくなければ僕に話を聞かせてくれないか? 沈黙は許さない」
サトシは目が据わっていた。冷静沈着な彼には珍しく感情をあらわにした怒りだった。
「まずは女性たちの催眠を解き給え」
聖剣を持つ勇者に対しては流石のマスター魔人でも従うほかなかった。魔人は下手な工作をしたところで殺されるだけと認識していたので、素直に頷いてサトシの要求に従い、女性たちの催眠を解いて解放した。
サキュバス・ウェートレス
「ひょっとして私たちも自由になれるの? それだと嬉しいわ」
・・・・・・・・・・
マスター魔人の白状によると、こうであった……。
魔王国の国民に信奉される魔神ゼノンが降臨し、お触れが出た。
臨時魔王の執行部が出来て、実力の抜きんでた四天王も設置され、お触れの通りに行動することを啓示された。それは人間の国への侵略。しかし、正攻法で攻め入ると女神ハルの天罰が下るので、こっそりと侵略を進めることになった。
まずは女性をさらい、出生率を下げていく。人口が少なくなった際に全面戦争に突入するという計画だ。計画実施のゴーサインが出て作戦が始まった。まずは奴隷の女性をさらって確保した。次に、各領主へ接近し、洗脳、買収を繰り返し、配下の各要職への配置と共に順調に事が運んだ。
計画の実施はスタートしてから短期間で順調だったが、計画の実行は魔神ゼノンからは未だゴーサインが出なかった。実施のゴーサインから実行への移行というのは表立って行うかどうかの差であった。表立って行う実行は宣戦布告などである。
辺境地域では魔族対人間の争いの拡大がスムーズで、いよいよ大規模にするため魔神ゼノン側の勇者パーティが誕生した。召喚は魔族の息のかかった神官が行った。これで大規模戦争が実行できると期待された。
ただ転送魔法陣が人間国側の教会にしかないので、女神ハルが不在のタイミングを狙って勇者候補たちが召喚された。
召喚された勇者候補らは、通常の異世界勇者(正義側)だとばかり思っていたが、魔神ゼノンが『女性喰い放題』と男性陣に説明したところ、見事にスタンスを変え、夫や恋人のいる女性を狙い撃ちして操を奪った。教会関係者には効かない魅了魔法だったが、一般人には簡単に効果を発揮した。
勇者パーティが女性寝取りの根源だという悪評が世間を席巻し始めたころ、アルフォンヌ公爵のバックアップで勇者国民披露の武闘大会が催された。公式に国王の認可で勇者パーティが国民ら大勢に認知されれば、NTR騒動も、貴族の強権と同じようにレイプし放題、暗躍し放題となる。
しかし、その直前に女神側の本物の”いにしえ”の勇者パーティが召喚された。そしてあろうことか武闘大会で、魔神ゼノン側勇者パーティはあっけなく敗退、しかも気絶している狭間に魔神ゼノンの加護すら無くなり、魔王国内でも勇者パーティは大恥であった。魔神ゼノンの加護の回収は、女神ハルによって実施された模様であった。
……ということは、女神ハルにも条約違反はもとより婦女監禁などの悪事がバレてしまった可能性が高い。
これはマズいと魔王国執行部は戦慄した。しかし今更計画を止めるわけにもいかず、魔神ゼノンのお触れの通りに引き続き悪事を行っているとのことだった。
・・・・・・・・・・
という白状を聞き出したサトシは、結局のところ魔神を片付ければ問題解決だと結論付けた。魔王国の住民である魔人らは、後に女神ハルのペナルティの強制付与というお達しがあれば何とでもなる。性根の腐った魔人は処分ないし実刑を受けさせればよく、善良な魔人までは罰しない。
ただ、魔神ゼノンはあくまでも神なので、滅することは出来ない。力を弱体させ、女神ハルの配下として縛りや封印を施し、女神ハル配下の下級神たちに厳しく管理して貰えばいいだけ、といえる。サトシは楽観的な感想をミキオやヨシタカに報告と共に説明を述べた。
ヨシタカ
「魔神が直接操る”黒い空間の魔法”は規模が違うかもしれない。楽観視過ぎずに考えよう」
予知夢での恋人ミズハや妹ユアイが亡くなるという恐ろしさを思い出し、サトシやミキオを戒めるのであった。




