第2話 草原の夜
数時間がたち、ヨシタカはエレーネと時間をつぶすのに手頃な岩場をみつけると、平らなテーブルをリュックから取り出し、小岩に腰を下ろして一息ついた。エレーネにも美味しい水を分ける。まだウサギを狩っていないので空腹感はあるが、岩に腰を下ろしたエレーネにも体力は充分に残っている筈だ。ヨシタカは溜息をつくと、蘇ってきた記憶が融合していくのを感じる。
正直、故郷でもある異世界の空気などが着心地よい。まるで日本にいた頃の渓流へ行った心地よさと似ている。薬草が含まれる草原を掻き混ぜた風のせいかと思っているが、しばらく時間が経過すれば、こういった新鮮な感覚も麻痺して、さも当然のように感じていくのだろう。
そういえば女神様が言ってたな。白い部屋から出発する前の記憶をまさぐる。
『さぁ、みんな着替えて!それぞれに合った装備よ。強化と自動修復魔法を施してあるからね』
あの時は皆が「以前でも圧倒的な攻撃力だったのに、それ以上の装備をしてたら魔王も魔神も相手にならないのでは?」と堰を切ったように爆笑しあった。その直後、男性陣とは違った反応が女性たちから出た。
『障害物のない白い部屋で着替えるだなんて!』
ああ、着替えで揉めたなぁ……。ヨシタカはクスクスと笑い出す。
「結局、ベットを起き上がらせて衝立にして、こっち見るな!って大騒動だったな」
リュックの中から、ハルちゃんからの手紙を取り出す。超簡単ではあるがアドバイスが記されているという。女神様からだから神の啓示に当たる。これから何が起きるのかが記されているのかもしれない。
『みんな転移先に到着し、落ち着いてから読んでね』
ヨシタカは封を開けて手紙を広げる。
『ヨシくん、また大観覧車に乗ろうね』
女神様からのメッセージは貴重なアドバイスでも何でもなかった。ヨシタカは手紙を折り畳み封筒にしまうとリュックの中に丁寧にしまい込んだ。その間、エレーネから「お手紙はどなたからですか?」と声が掛けられてもヨシタカは終始無言であった。
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効率よくウサギを3羽狩ってきたヨシタカは、血抜きし解体をテキパキとこなして料理に取り掛かっていた。エレーネはまだ精神衰弱している様子だったが、ヨシタカしか頼れない現実と、魔狼を容易く狩って助けてくれた味方と判断したので、料理作業の合間にいつも「ありがとうございます」と小さく頭を下げながら手伝おうとしてよろめいていた。
神官なのによれよれとエレーネが歩く際にフラついていた。やはり足を挫いているようだ。今までどうして気がつかなかったのか、ヨシタカは反省した。魔狼に襲われている間、護衛やメイドたちに回復魔法を使い続け魔力が枯渇。自分の身体すら治癒させることが出来ないほどエレーネは弱っていたのだ。
「エレーネ」
「はい」
「捻挫か、無理しちゃいけない。足を診せてくれ。俺も回復魔法は多少使えるからな」
「ありがとうございます……」
「ヒール」
(あ、身体が……身体全体が暖かい力に包まれていく……足だけじゃない、全身が、心の負担まで軽くなっていく……何なのかしら、このヒール……只のヒール系魔法ではないような……)
「エレーネ、こう云う事は遠慮しちゃだめだ。これからは正直に言って欲しい」
「は、はい、ヨシくん様」と俯きになりながらごめんなさいと言うエレーネ。
想像以上に美味しかったヨシタカの料理を堪能したエレーネは食事を済まして、ヨシタカの指示を待っている。寝床をどうするかであった。年端も行かぬ美少女というより育ちのいい貴族の令嬢であるエレーネを一緒のテントで寝かすわけにはいかない。休憩程度なら良かったと自分の甘さを痛感しながら周囲を見渡せば、壊された馬車を利用することでクリアーできると踏んだ。車輪は破壊されているので本来の馬車としては使えないが、車両本体には寝るスペースぐらいはあった。
「壊れた窓や扉は布で覆う。座席のシートと寝袋で寝なさい。俺は目の前、外でテントを張って寝るので盗賊や魔物からの襲撃は撃退できる。安心してゆっくりとお休み」
「あの、近くに居て下さいますか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
「おやすみ」




