第28話 荒れるヨシタカ
巨大なコロシアムにて轟音が繰り広げられていた。
「拡散っエクスプロージョン!」
ドドーーーン、ドーーーーンンン、ドーーーーーーン
ここは王都にある予選会場、百名もの支援魔法使いが競技を行っている場面だ。ただ様相が毎年の大会と異なっている。たった一人の支援付与術師が他の全員を吹き飛ばしている真っ最中である。
「こ、この魔法は……いにしえの……」
「この魔法が使用できるのは……聖付与師だった、かの有名な……英雄」
ある宮廷魔法師が呟く。
「言い伝えにある旧勇者パーティの英雄ヨシタカ様と大魔導士ユアイ様のみが使えた幻の魔法……拡散エクスプロージョン!」
「通常は一発のエクスプロージョンが、魔力の操作加減によって数百にも分かれて敵を吹き飛ばす必殺技……」
ドドドドーーーーンン……どどーーーーーーん
「ああああああ、ああああーーーー、拡散エクスプロージョンっ!」
ドドドーーーン、どーーーーーーーーーーん
「うわぁぁぁーーー」
「たすけてくれーーーーっっ」
ヒト属はじめ獣人からエルフ、魔人族、戦闘民族の全員が、魔法に当たっていないにも関わらず爆破の圧力で吹き飛んでいく。
【観客席】
「……荒れてる……、お兄ちゃん大丈夫かしら。広域攻撃魔法を狭い戦闘会場で放ちまくってるわ」
「ユアイさま……」
チラっと来賓席をみるユアイ。そこには第二聖女のミズハの髪を触る現代勇者がいた。親しげに優しく撫でている。ミズハは嫌がってはいないようだが、若干うつろな目をして真っ直ぐ前を向いていた。また、第一聖女が勇者を睨みつけている。
ちなみにユアイの隣にいるのは侍女のユキシである。ユキシも本選前の大会に出場したが戦士・索敵部門で三回戦で敗退した。相手は何と聖騎士ミキオだった。奮戦むなしく、というか、あっという間に負けてしまい、旧勇者メンバーの凄さを体験できた。尊敬する”人の身体を持つ神様”と試合が出来て貴重な経験となったとユキシは目を輝かした。
「ミズハねえちゃん、どうしたんだろう?様子を観る限り新しい恋人が出来たのかな、と思えるし、でも、お兄ちゃんと違う彼氏が出来るなんて……信じられないし、とても困ったわ」
「ユアイさま……結界の隔壁にヒビが入りかけていますが……」
耳には兄ヨシタカの必殺技である拡散エクスプロージョンの破壊音が、すでに相手がいないにもかかわらず響き渡っていた。相手の付与術師たちは大会予選故に乱戦形式であり、全員がギブアップしていたが、容赦なく襲ってくるヨシタカの魔法に怯えていた。ただユアイは兄に対する戦士には、いつもこっそりと結界を全員に施しているため、彼らの身は安全であった。
「あ、勇者様がミズハねえちゃんの耳を触ってる!そんなぁ……」
「ユアイさま……」
「ああああああああーーーーーあああーーーーエクスプロージョン」
どどどーーーーーーんっ
ヨシタカは嫉妬で錯乱していた。彼の魔法は直撃しなくても圧迫や衝撃波の影響は強く、命には関わらないが強い波動を与えるので、対戦相手全員が腰を抜かして座り込んでいる状態だ。
観客は支援・付与ジャンルの試合であるからして、退屈だろうと思っていたところに、勇者系魔法ジャンルの強烈なインパクトが訪れ、わいわいと『すげぇ~』、『対戦相手死ぬんじゃないか?』などと楽しんでいた。
「あ、結界がヤバいかも……」
「ユアイさま……」
「ユキシちゃん、ちょっと行ってくるわ!」
「行くってどこへ?」
「宮廷魔法師の集合場所っ!あとで戦士控室で会いましょう」
「わ、分かりましたっ」
戦闘エリアの会場と観客席は、十人の宮廷魔法師の作成維持する結界が隔てており、ユアイはその結界が破られそうになっているのを確認した。もし結界が破れて観客に魔法が届けば一大事であった。
彼女は観客席から下の通路を経て宮廷魔法師たちに合流して結界を強化しようと急いだ。
「(お兄ちゃんが荒れているのは、ミズハねえちゃんと現勇者様のイチャイチャだよね?未だに信じられない事だけど……顔を触られて嫌な態度を示さないという事は、あの二人の関係って、そういう事よね?)」
「ああああーーーーーっ」
どどーーーーんん、どーーーーん
「(まさか旧・不祥事勇者たちの魅了魔法が復活したのかしら?)」
どどーーーーーーーん
「(いえ、ミズハねえちゃんに通用する魅了魔法があるわけがないわ、効かないですもの。でも、もしあるとしたら……本当の愛!)」
どどどどどどどぉぉーーーーーーーーーーーん
宮廷魔法師たちが観客防御結界を張るために集っている場所に辿り着いた。背後では弛まなくヨシタカの広域魔法がさく裂、轟音を轟かしていた。
「みなさん、わたしもお手伝いします!」
結界を張る魔術師たちに声を掛けて急いで結界の外側にもう一枚、分厚い防御結界を張った。
「これで大丈夫です!結界内の戦闘会場の全員にも小さな結界を張っていますから、命には別状ありません!」
「ほぉ~」
「これはこれは、めんこいお嬢さん……」
「素晴らしい結界じゃ」
「可愛いお嬢さんが凄い結界を張ってるね……」
「えええ……倒れてる戦士たちにも結界を……?」
「こんなことが出来るだなんて、伝説の魔導士様ぐらいじゃ」
「いにしえのユアイ様クラスの能力じゃ!素晴らしいっ」
宮廷魔法師たちに絶賛されながら、ユアイは強化された結界を確認し、安心して兄ヨシタカの様子を観た。
「勝者・付与師ヨシタカ!勝利者は付与師ヨシタカです!もう魔法を打つのは止めて下さいっ」
審判アナウンスも繰り返しされている。しかしヨシタカは止まらなかった。
「ああああああああああ……ミズハーーーー!!!」
どーーーどーーーーーーんん
「どうすればいいのかしら?私の魔法では錯乱が治らないし……聖女様でないと……でもミズハねえさんは、あんな風になっちゃってるし」
まだ兄ヨシタカは錯乱したままだ。ユアイは溜息をつき『困ったな』と呟いた。残る手は物理攻撃だが、兄を剣などで倒せる戦士が想像できない。もし出来るとすれば……。
するとタイミングよく戦闘会場にサトシとミキオが走って飛び込んだ。ヨシタカを物理的に抑えることが出来るのは旧勇者パーティの戦闘職しかいない。ほっとしたユアイはこれで安心と胸を撫で下ろした。
「おいヨシタカ君!どうした、何があった!?」
「もう止めろ!ヨシタカ、全員倒れてる、やりすぎだ!」
また、サトシたちの後を追って一人の少女も駆けつけて会場へ結界を潜って飛び込んだ。
「ヨシお兄様!」
「サトシさんとミキオさんがお兄ちゃんに何か話しかけている。お兄ちゃんの興奮が徐々に治まってきているように見えるわ。これで大丈夫ね。後から入った女の子は誰なのかしら?初めて見るわ」
ユアイは戦闘会場の兄たちから目を離し、頭上にある来賓席を見た。
「まだあの勇者様の手がミズハねえちゃんの頭を撫で、耳や頬を嫌らしい手つきで触っている……公的な席で聖女にあんな事をするなんて信じられない無神経さ……何なのあの男は……」
十人の宮廷魔術師の結界が破られそうになっているのに、無関心な勇者とミズハ。違和感はぬぐえない。王族の姿もある。なにより勇者と第一聖女は恋人同士と聞いていた。目の前で第二聖女のミズハといちゃつく等ありえない。放っておいたらキスまでしそうな勢いで現勇者が迫っている。
「あれを止めさせないと、戦いの最中でさえ、目に入って見るたびにお兄ちゃんの暴走が止まらないわね……では失礼して……」
ユアイの右手の人差し指から一本の光がレーザーのように現勇者のこみかみに命中した。直後、現勇者は糸が切れたように卒倒した。
(今日はお兄ちゃんをわたしが思いっきり癒そう……いつもと立場が逆転だわ……ふふ)
「でもミズハねえちゃん、本当に、どうしちゃったんだろう?」




