第19話 ユキシという男子?
大変珍しいイワナの神様であるマナと別れて、ヨシタカ達は馬車に乗り彼の故郷へと向かっていた。ユキシはそのまま下働きとして彼に雇われていた。今は馬車に揺られて心地が良いのか眠っている。
ユキシの元気はつらつとした姿はヨシタカにとってあまりにも眩しく、そして同時に、ユキシの隠し事はあまりにも残酷だった。
ユキシはマナと水浴びをする際に服を脱ぐのに抵抗を見せ、思わず叫んだ「ぼくは女の子だから兄貴の前で脱ぐのはイヤ」という言葉から、子供の女の子としては独りで生きていくのは大変だ、とヨシタカは同情を禁じ得ない。両親を失った女の子は、すぐに奴隷として売り飛ばされてしまうのが異世界のデフォでもある。
ある程度、宿場へ寄るたびに同じ宿の部屋にいたのだから、お湯で体を洗う時などさりげなく一緒に身体を拭うのを避けていたし、仕草から女の子かもな……とは思っていた。ヨシタカもそこまで鈍くはない。
(まぁ気づかなかったフリをするかな)
まだ10歳程度なのに一生懸命に男子の振りをして働き、自立を頑張っているユキシを観ていると、少しでも手を貸してあげたいと思うわけで、親代わりになるのもいいが、年齢が10歳も差がないのだから義理の妹でもいい。
ヨシタカのお兄ちゃん気質はこういう時に発揮される。ただ妹がいるので、彼女の許可もいるだろう。まずユアイのことだからヨシタカの意を汲んで義理の妹化を即座に却下することはない……と信じたいところだ。
義理の妹化と言えばエレーネもいた。彼女は今どうしてるかな?と思いを馳せる。婚約者がいるのに自分の初めてを捧げたいと言った彼女は真剣な顔つきだった。もう少し彼女に寄り添っていれば心の壁も乗り越えれたと思うのだが、如何せん父親がヨシタカが嫌う貴族の典型だった。エレーネはあの家から逃げ出したかったのかもしれないな。
さて妹のユアイは故郷の傍に転送されている筈で、時間も経ったことだし家を購入ないし借りて拠点化しているはず。そこを探すのが一番の目的だ。簡単に行くか?と普通は考えるが、ことユアイであれば街の誰もが知っているだろう。
彼女が魔法を使えば災害級の火力を持つゆえ、転送直後にトラブルにでも巻き込まれれば、あっという間に領主はじめ冒険者ギルドにも、その存在は認知される。
冒険者ギルドへ行けば貸家や不動産の紹介もしていることだし、ユアイも冒険者としてヨシタカのギルドカードが恒久資格で維持されていたのに近い扱いを受けている筈だ。何の心配もない、きっと、それに違いない。……貴族からナンパされたりして囲い込まれていたらどうしよう?
ヨシタカの心には言いようのない不安が込み上げてきた。
待てよ、手の早い冒険者や貴族なんかだと、あの可愛らしさは放っておいてはくれない。これは間違いない。下手にちょっかいをかけられ、怒ったユアイが彼らを吹き飛ばしていなければと思う。
ユキシは膝に頭を乗せて眠っていた。マナからの神気を感じすぎたのだろう。村からの出発時にはヘベレケになっていた。女神様の身内扱いである勇者パーティのヨシタカの神気は通常は隠されているので、ユキシなど一般人が感じることはない。S級冒険者クラスが何とか察知できるほど微弱である。
神気は一般人にとっては馴染みがなく、教会で女神様のギフトを貰う際に浴びせられるが、それだけでも相当な衝撃みたいな波動を貰う。心にも影響が出て、素直な性格ならいいが、悪童であれば叱られる感覚が浴びせられ、あまりにも酷く性格が歪んでいる者は矯正されたりもする。
成人すると女神様の手を離れてしまうので再度悪くなってしまう者も出るし、盗賊などに落ちてしまうが、悪徳貴族なんかもそうだし致し方ない。文明社会に似たセーフティ・ラインが女神様によって出来ていると言えば分かりやすいが万能でもない。
ゴトっと馬車が石を撥ねて揺らいだ。
「……ああ、兄貴、ごめん。寝ちまった」
「起きたか?でもいいよ、まだ眠りたいだろ。そのまま寝ていればいい」
「いや、起きるよ。外の風景は知らないな。ここはどこかな?」
「もう直ぐで俺の故郷だ。久しぶりだ。街の名前も変わっているかもしれない」
「時々兄貴は変なことを言うな。街の名前なんか早々変わらないぞ」
「はは、そうだな、気にしないでくれると、ありがたい」
(ひざ枕してもらってたのか、ぼく)
「まずは冒険者ギルドへ行き、妹の所在を確かめるからな。妹自慢の紹介は楽しみにしていてくれ」
「名前はユアイちゃんだったね?」
「そう、ユアイだ。可愛いぞ」
早くも兄貴バカのシスコンが芽を出した模様。妹に会いた過ぎて大変なお兄ちゃんであった。妹に恋人が出来ていることなど露知らず……。




