第9話 エレーネの帰宅
リンドバーグ伯爵領に入った。関所である門をくぐるのだが、そこでトラブルに遭った。
「貴様、何者だ。我がリンドバーグ伯爵領において怪しい輩は通すことは出来ぬ。入領せず帰れ」
伯爵領に入ろうとしたお爺さんに暴言を吐いているのは門兵だ。なんだこれは。前を歩いて荷車を押したお爺さんを槍で進行方向を塞ぎ、まるで犯罪者のように扱っている。
「わしの孫が領内に住んでいるのです。お通し、お願いいたします騎士様」
俺が振り返ってエレーナをみると、騎士に対し心底軽蔑した顔をしていた。俺と目が合うと「はぁ~」と溜息をつき、俯いた。悲しそうにしている。この悲しみはメイドや護衛を亡くした時のとは異なる感じだった。
「すみません、横柄な門兵はじめ、お恥ずかしいです。以前はこんな領ではなかったのですが、何かが狂ってしまったようで、わたしには想像がつかないのですが、残念に思います。わたしがお父様に掛け合いましても全く力になれず、改善もされず、領民のみなさんにも顔向けが出来ません」
門の通過は御者に任せ、俺達は大人しくしていた。お爺さんに手を上げたら制止するつもりだったが、あんな横柄な門兵を用意している領なのだから、きっと組織立って悪いものがある筈だ。
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リンドバーグ伯爵領へ入ってから道沿いに進むこと数時間、大きな都が出てきた。伯爵邸を擁する伯爵領の首都であった。街の人々の顔を改めて見つめると俺はぎょっとした。そして、ただごとではないと気付いた。極めて不健康で顔に覇気がない、そんな人々がそこかしこにいた。
御者に声を掛け馬車を止めて、領民の人に話を聞こうと声を掛けた。
「あの、すみません。この領で何かあったのですか?みなさん困っていらっしゃるようですが」
「ああ、伯爵さまの娘さんが行方不明になられてな。怒り心頭の伯爵さまのお怒りが凄くて、それだけならまだしも領民に当たられて堪らないんだよ。納税も増えるし規律がと言いながら締め付けが酷くてな」
「あ、ありがとうございました。あの頑張ってください」
「おうよ」
どうやらリンドバーグ伯爵はエレーネがいなくなってしまい婚約破棄か何かで相手方とトラブルにでもなったのだろうか。これなら急いで伯爵家へ行ってエレーネが無事だと知らせた方が早いな。
馬車へ戻り、エレーネに今の領民の話をそのまま聞かせた。エレーネは疑問に思ったのか、いつもはしない苦い顔をしていた。
「ヨシお兄様、なにか嫌な予感がします」
「そうだな……。思い起こせば林で魔狼に襲われていたことも不自然ではあった。冒険者ギルドで貰った地図に拠ると、魔狼の生息域からは離れていたからな。エレーネの結婚にまつわる話で何かあるのかも知れん」
いざとなったら教皇様を頼ろう。女神様の話によるとまだ463才で存命だから何かと助けになってくれるはずという。今の異世界と前世の異世界では200年の差があり、共通する常識が通用しないかもしれないと学んでから活動をするように女神様に言われていた。唯一の共通するのが女神様の地上代行者である教皇様だ。彼は女神様の我儘で口を大きく開けている印象しかないが。
また冒険者ギルドも頼れそうだ。恒久冒険者カードをくれることからも何らかの特別扱いをする共通認識がありそう。
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リンドバーグ伯爵領の領邸についた。ここに伯爵がおられる。大きな門の前に馬車を止め、俺は門兵に語り掛ける。
「リンドバーグ伯爵閣下にお目通りを願いたい。娘さんであるエレーネお嬢様をお連れしました。私は冒険者のヨシタカと申します。先ぶれは到着している筈です」
用件を伝えると怪訝な顔をしていた門兵も通達されていたのか礼儀正しくなり「ようこそ」と門を開けて中に入れてくれた。そのまま馬車で走ると大邸宅が見え、メイドたちが揃ってエレーネを迎えるために出てきた。執事が俺達に馬車を降りて中に入れと指示をする。馬車は御者が待機場へと連れて行った。
「エレーネお嬢さま!」
「よくご無事で!」
湧き立つ執事とメイドたち。この反応は純粋に心配していたように見える。
「ただいま皆さん、みんな亡くなってしまいました。護衛の騎士も全員です」
「みんな責務を果たしたのです。お嬢さま一人でも助かって良かった!」
すると乳母のチャチャイが駆け寄ってきてエレーネを抱きしめた。
馬車を降りたエレーネと俺は玄関ロビーに近づくと一人の中年男性と女性が急ぎ足で出てきた。
「「エレーネ!」」
父親と母親だろう。焦燥した顔をしていたが元気そうに装って笑顔を見せていた。娘を気遣う感じは普通の親に見え、印象は悪くなかった。
「お父様、お母さま、ただ今帰宅しました。お会いできて嬉しいです」
「本当に良かった。で、無事に帰ってこれたという事で婚約者のアランを呼んでいるぞ。会うのを楽しみにしていただろ、エレーネ」
「本当よエレーネ。彼は駆けつけてくれたのよ」
そこで金髪イケメンな青年が奥の部屋から出てきた。走ってロビーに来る。
なんだ、この展開は……。




