1. 場違いな被り物
シュダパヒ大社殿の鐘の音ひびく頃、手に手に長い点火杖を携えて男たちは街路を行く。
街の至る所に立ち並ぶ瓦斯灯へ、瓦斯灯へ、男たちから長い杖が伸ばされ、火が入り、火が入り、熱に灰網が明るく輝く。
宵闇せまる大地にぽつぽつと光点が広がり、放射状に伸びる八本の大路と、それらを結ぶ八重の八角形が浮かび上がる。街の姿は、朝日に光るアカネグモの巣にも似ていた。
しかし蜘蛛の巣とは異なり、街は自ら輝く。
ここシュダパヒにおいて夜とは、闇によらず、光によって始まるものであった。
中でもひときわ輝く遊劇場グリューはショーの開演時間を控えて、遊び好きの紳士淑女がうきうきと集まってくる。
絹筒帽、山高帽、羽飾りの帽子、花飾りの帽子、繻子織の飾り紐や輝片で彩られた帽子など、華やか、鮮やか、煌びやかな帽子たちが遊劇場に吸い込まれていく。
その流れの中に、場違いな被り物があった。
藁の円である。
東方諸国の美術や芸術が広く紹介されるようになったシュダパヒである。
人の出自も色とりどりのシュダパヒである。
異国情緒を取り入れたおしゃれも楽しむ紳士淑女である。
それでも、この大きな藁の円を知る者は少なかった。
円は遥か東方の国で編まれた古い平笠であり、笠の持ち主は背中に堅く編まれた籐の旅行李を背負う。
腰から上には使い込まれた麻の袖付きに、赤い刺繍の毛織りの胴衣。腰から下には紺染めの筒袴を履き、平笠に似た色の髪を首の後ろで緩く結んだ娘。
その出で立ちを異国情緒と解釈しようとした通行人も、あれでは情緒が過ぎて異国そのものであると結論づけざるを得ない。
娘は足を止めて遊劇場前の大通りに張り出された貼紙看板を見つめており、その瞳は光に照らされて左右の異なりを露わにしていた。
まずは色。琥珀色の左目と、金色の右目。
そして形。ごくありふれたヒトの左目と、縦にすぼまる猫の右目。
周囲からの奇異の視線や戸惑いに構わず、彼女は盛大に《《くしゃみ》》をした。
「ほあっ……じぶち!」