プロローグ
普通の女子高生「東雲カエデ」はこの真っ暗で刺激のない世界に飽き飽きしていた。
ある日、家に帰ると玄関に頼んだ覚えのない怪しげな荷物。
恐る恐る開けるとそこにはなんと伝説の剣、「可惜夜」が入っていたのだ!
「東雲カエデ、アナタには世界を救って頂きます。」
しかも、この剣喋る。
「・・・こんなのが届くってことはもしかして、私って伝説の勇者の子孫とかなのでは?」
こうして彼女はすぐさま各地の十二大名が持つと言われる「陽の欠片」を求め、旅に出るのでした。
昔々、戦国時代。
人々は皆、終わりの見えない乱世に疲れ果てていた。
それは各地で天下取りの争いをする大名達も同様であり。
皆、殆この悲劇にうんざりしていた。
そこで、当時力を持っていた十二の大名達は神と取引をする。
「争いや悲しみの無き世の中にしておくれ」、と。
神は答えた。
「なれば。代わりにーーー陽の光を頂こう」
こうして世界は平穏を取り戻し、常闇を得た。
失われた陽の光は、十二大名にそれぞれ1つずつ「陽の欠片」と呼ばれる宝石として手渡され、代々受け継がれ、守られていると言う。
「陽の欠片」が十二個揃った時、再び世界は光を取り戻すであろう。
そして、世は再び荒れる事になるであろうーーー。
おわり。
…これがこの世界に伝わる最も有名な「御伽噺」だ。
厳密に言うと「御伽噺になってしまった」のだが。
この後、陽の光に憧れる勇者が現れて各国の陽の欠片を求めて立ち上がる、などの胸躍る展開は特に起こらなかったからだ。
人々はこの暗闇の世界を享受した。
「争いがない代わりに暗いだけなら別にそれくらい良いのでは?」
そう、人々は暗闇に慣れすぎた。
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「ふわぁ〜〜…」
自宅のリビングのテーブルで頬杖をつきながら大欠伸。
ん〜、いい朝!最高。・・・月曜じゃなければもっと最高。
何を隠そう、この絶世の美少女こそがこの物語の主人公であるアタシ、「東雲カエデ」だ。
まぁ外見以外は至ってフツーーの女子高生。
今回は、アタシを例に「この世界における一般的な家庭の女子高生の朝の様子」をお届けしようと思う。
「……」ピッピッ
半開きの眼のまま適当にテレビのリモコンをいじる。
「続いてのニュースです。昨晩未明…」「今日の天気は槍の雨。傘を忘れずに…」「喰らえッ必殺のーー」「今回ご紹介するのはーーー」
ダメだ。何にもやってない。
諦めてテレビを消す。
「ハァ〜〜〜〜〜」
さっきからまともに言語を喋っていないけど、しょうがない。
面倒くさがりで、ちょっとやる気のないのがアタシ、東雲カエデの性分なのだ。
ダウナーな女性って大人で魅力的じゃない?
まぁ、そういうことで。
「おはよう、ずいぶん大きなため息だねぇ。…何か悩み事でもあるのかい?」
地下室から眼鏡をかけたおじさんがこれまた眠そうに半開きの眼をこすりながらやってきた。白衣はシワだらけで、肩に半分しかかかっておらず、髪も四方へ寝癖が跳ねている。無精髭目立つ顔はお世辞にも健康的とは言えない顔色で、白衣から覗く腕は枯れ枝のようで少し頼りない。
何を隠そう、このヒョロヒョロのおじさんこそがアタシの父である。
研究職で普段から徹夜ばっかりだから、こうして朝起きてくるのは珍しい。
「おはよう、お父さん。別に悩みはないけど…あーいや、嘘、ある。ウチの学校が今日から週一通学にならないかなー、とか祝日が土曜日に被った場合も振替休日になるにはどんな法律を作れば良いのか…などなど、ね。」
「ワオ、そりゃ大変な悩みだ!おかげで次回の学会テーマが決まったよ。「若者の学校離れ」だな」
「あー!乙女の真剣な悩みを馬鹿にしてるね?グレちゃおうかな〜」
「え〜…お父さん悲しいんですけど〜ムリ〜泣く〜」
「なんかアタシより上位ランクの乙女がいるんですけど〜」
特に着地点のない会話をしつつ、お父さんが用意してくれた朝ご飯(今日はホットドッグだった)を食べる。
「学校は楽しくないのかい?」
おちゃらけた雰囲気を一転させて、お父さんが心配そうに聞いてくる。
お父さんは元々娘本人のアタシから見ても子煩悩な親ではあったけれど、「あの件」以来それがさらに顕著だ。
「ううん、楽しいよ。ただ、あの事故の後からなんだかやる気が出なくてさ。」
「…大きな手術をしたからね、体がまだ本調子じゃないんだろう。じきに慣れるさ。」
そう言うと「ほら、お父さんのスペシャルコーヒー、ミルクもガムシロもたっぷり、もちろん愛情もだよ♡」、など気味の悪いことを言いながらお父さんがコーヒーを渡してくれた。それに対してアタシは「ありがと、あとその台詞ちゃんとキモいよ」とお礼を述べてからコーヒーを啜る。項垂れる父を横目に、アタシは「事故」の事を思い返していた。
3ヶ月前、アタシは事故にあった。
通学中に信号無視をしたトラックに轢かれた、らしい。
アタシ自身、全く記憶にはないので実感はないが。
半日以上の大手術で一命は取り留めたものの、それから約2ヶ月もの間目を覚まさなかったらしく、父は気が気ではなかったと言う。
そして、アタシが目を覚ましたのが2週間ほど前で、病院を退院し他のが1週間前ほど。
特に何の後遺症もなくこうして五体満足でいる事はもはや奇跡だろう。
「まぁ丈夫な体にしてくれた親に感謝、だね」
ニカっと笑ってあっさりと答える。その答えにを父は一瞬複雑な表情を見せたが、すぐにニッコリと微笑んだ。
「それに関しては不幸中の幸い、だね。…本当に良かった。本当に…」
「あーー!そういえば、今日体育で刀使うのに買うの忘れてたなーーー!!この間の実習で折れちゃってさぁ〜!!お父さんお金ちょうだい!!!」
父が笑っていたかと思ったら今度は泣きそうになっているので慌てて話を逸らした。
いい親だが、涙脆いのは玉に瑕だ。
「この間も「超オシャレな限定モデルでどうしても欲しい」って言って買ってあげたばっかでしょうに。それはそうとカエデ、そろそろ出ないとマズいんじゃないかい?」
言われて時計を見ると8時を回るところだった。
「えっ…嘘!?ヤバい遅刻する!どうしよ、お父さん「あの子」使ってもいい?」
「う〜ん…まぁいいけども…かなりのじゃじゃ馬ならぬじゃじゃドラだからね…くれぐれも扱いには気をつけてよ?」
「…フッ、アタシを誰だと思ってるの?ドラゴン検定準二級、歴代で唯一の筆記試験満点合格の実力、見せてあげる」
「そうだね。おかげで実技がダントツでドベだったにも関わらず受かったもんね」
そんなやり取りをしながら急いで支度をして玄関を勢いよく飛び出す。差し込む日差しーーではなく、正確にはネオンの、人工的な煌々とした光がに目を細めると、家の庭にある「あの子」のハウスへと向かう。
アタシの背丈の何倍はあろう掘立小屋には、大きな字で「ポチ」と書かれた看板がぶら下がっている。
小屋の中には少し窮屈そうに白く丸い塊が鎮座している。一見すると謎の物体だが、ソレはよく見ればとぐろを巻いた大きな龍であった。よく見るとかすかに上下に脈動しており、この大きな龍が我々と同じ生命体だと言う事を示していた。アタシは深呼吸し、大きく息を吸い込むとあたり一面に響き当たる声量で叫んだ。
「ポチ!!!」
「あの子」こと、ウチの飼い犬ならぬ飼いドラゴン「ポチ」は、叩き起こされた事への不満を若干目に残しながらも、声の主が大好きな飼い主であるとと分かると、器用に小屋を傷つけないようにぬるりと這い出てきた。
小屋とポチを繋ぐ鎖が音を立て、地面を揺らす。アタシは背中に飛び乗り、ポチの顔を軽く撫でてやる。そうするとポチはやっと目が覚めたのか「ウォン」と一鳴きし、体を持ち上げ起き上がった。
「行ってらっしゃい。あ、僕は今日は遅くなるから、夜は適当に買って食べておいてくれるかな。
それと…事故には気をつけて。」
「わかった!んじゃあ…ポチ、行くよ!」
お父さんの忠告も話半分に、アタシはフルスロットルでポチをかっ飛ばす。
あっという間にお父さんと我が家が豆粒のような大きさになるほど上昇し、さながらジェットコースターの如く一気に急降下し、加速。
この瞬間が最高に爽快なのだ。
「ヒャッホォ〜〜!!」
「ウォオオン〜〜!!」
すっかり気だるげな気分も無くなりハイテンションなアタシに呼応してポチも雄叫びを上げる。
途中、ちょっとスピード出し過ぎて器物損壊したり、信号を無視してしまった為に警察に追われたりもしたけれど、最後には校門を破壊しつつもダイナミックに教室にゴールイン。
アタシは見事無事、遅刻を免れたのでした!
めでたし、めでたしってね!!
まぁ、ざっと概ねこれがアタシの毎日の朝のルーティンであり、一般的な女子高生の朝の様子、ってワケ。
「もしもし、お父さん?警察車両って初めて乗ったけど、すごい快適!しかもこれ、人型にも変形できるんだって!」