表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

第9話 私に感謝しろ

第8話の一部を削除して、ここから加筆になります。

 鳥のさえずりが聞こえ、まぶたの裏に朝日の光を感じ、意識が浮上する。


 もう朝か。


 目を開けると窓から朝の白みがかった青い空が見える。今日も天気は良さそうだ。


 身を起こして伸びをする。

 昨日は夜中まで酒を飲んでいたけれど、身体は軽く、頭はスッキリとしている。

 これは聖女が神に祈って作られた副産物の酒だからだろう。二日酔いなんてものとは無縁の代物だ。


 私は昨晩は途中で家に入って、自分の部屋に鍵を掛けて寝たけど、クロードはサイファにガンガン飲まされていたから、どこかで倒れているだろうな。

 この家にあったクロードの部屋は、物置に戻したから存在しない。っていうか、王都に帰ればいいと思う。


 ベッドから降りて、寝間着を脱ぎ捨て、亜空間収納から水色のワンピースを取り出す。

 この島は一年中過ごしやすい気候なので、薄手の生地の服があれば十分なのだ。


 さて、じじぃとサイファが腹減ったと言い出す前に、朝ご飯を作るか。

 私が島で過ごしているときは何故か、三人で食事をとることになっている。いや、二人が私にご飯を作れと言ってくるのだ。


 その代わり、サイファには力仕事を頼み、じじぃには知識を借りたり、魔術でできることをしてもらっている。

 いわゆる持ちつ持たれつで、この島で暮らしているのだ。


 私は部屋を出て、キッチンに向かう。昨日、ほとんどの食材を使ってしまったから、あまり材料がなかったな。

 何を朝食にしようか。その前に、裏の湧き水から今日の分の水を汲んでこないといけない。


 前世のときは水道なんて便利なものが通っていたけれど、この島にはそんなものはない。だから、水を使いたかったら近場の水辺か、掘った井戸から汲んでおかないのいけないのだ。


 キッチンに置いてある水瓶の蓋を開けると……あれ? 水が満たされている。おかしいな。昨日はたくさん使ったから、ほとんど残っていなかったはず。


「レイラ。おはよう」


 背後から声を掛けられ振り向けば、クロードが立っていた。それも何かしていたのか、白いシャツの袖を肘ぐらいまで折っており、黒のスラックスをはいて気軽な服装をしていた。


「……おはよう」

「水汲みは終わっている」


 ああ、水甕に水が満水になっていると思ったら、汲んでくれていたのか。とはいっても、裏の湧き水を魔術でここまで移動させて水瓶に入れるだけだ。


「裏庭の畑の水やりも終わっている」


 薬草の畑の水やりね。水を汲むついでに行うと手間が省けていい。


「あと(ウエラ)林檎(シウレ)が生っていたから、採ってきた」

「ああ、ありがとう」

「以前やっていた日課は終わったけど、他に何か手伝うか?」


 日課。確かに島で一年間過ごしていたときに、クロードには朝の水汲みと畑の水やり、それから朝食に出す果物を見つけたら採ってくることが日課にしていた。

 それはこの島では自給自足であり、働かざる者食うべからずという方針の元、クロードに日課をさせていた。


 とはいうものの、水という不安定な液体を移動させるのは魔術を安定させ一定の魔力を保つという訓練になるし、塊で移動させるのと散布させるという異なった動きを日常的にしていると、魔力の扱いの上達が早くなるということで、させていただけに過ぎない。

 まぁ、してくれる分には私が楽ができていいけど。


 果物というものは、一日の食事の材料を調達するということで、クロードにできそうなことを、日課として与えていただけだ。だから別に必要なかったりもする。いや、食材が今日は少ないから、デザートとしてだそう。


「ないよ……っていうか、なぜ普通に私の家にいるのか疑問なのだけど?」

「結婚したら普通の夫婦は一緒に住むものだろう?」


 普通の夫婦はそうかも知れないが、私とクロードが普通かと問われれば、首をかしげざる得ない。


「普通ってなに?」

「一般的にはだ」

「……もしかして、ここから王都に通うつもりとか言わないよね?」

「通うつもりだが?」


 普通にシレッと答えたが、転移は不安定なので、何か媒介を使った方がいいのだ。そんなに頻繁に転移を使うべきじゃない。だから私は、私の家と王都の魔女の家を固定化して行き来している。あと玄関の扉だ。


「はぁ。通うのはいいけど、クロードの部屋はないよ」


 物置になっているから、クロードがここに住む場所なんてないのだ。だから、違うところに住むといい。いや、王都に帰れ。


「以前使っていた部屋を使っている」

「は?」


 使っている? 何故、現在進行系なのだ?


「あの物置には色々詰め込んでいたはずだけど?」

「サイファが夜中に外に物置を作ってくれたから、そこに入れてある」


 サイファ! 何故に外に物置なんて作っているんだ?


 いったいどんな物置を作ったのかと、私はキッチンの勝手口から外に出る。外に出ると一番に目に入るのが、家の裏に湧き出ている水辺だ。その小さな泉から家の横を小川が流れている。小川に沿って家の外を回っていると、家の横に並ぶように小屋のような建物が出来ていた。思っていたよりもしっかりとした作りで、丸太を切って積み上げて壁にしたロッジ風の作りの小屋だった。


「え? これを夜中に?」


 私は寝ていたとはいえ、こんな大掛かりな建物が作られて気づかないなんて、おかしい。絶対に建築する音がうるさいと思う。


「賢者様とサイファと剣士ラクスが手伝ってくれた」


 剣士まで手伝っただって? 何を考えているんだ? 夜中だろう? さっさと帰って寝ろよ。


「あの剣士ラクスもこの島にいたんだな」

「まぁね」


 あの剣士ラクスか。世間は何かと英雄を求めたがる。名が売れすぎてしまった事による不幸。それが彼を襲っただけだ。


 思ったより、出来の良い倉庫だったので、文句を言うことも出来ずに、私は渋々家の中に戻っていく。


「魔女さんや。飯はまだかいのぅ」


 ぐるっと家を回ったので、玄関から家の中に入ると、じじぃがダイニングテーブルの席について、待っていた。

 絶対に転移で家に入って来ただろう。それに夜中にあの倉庫を作り始めたのだったら、ほとんど寝ていないはず。帰って寝ろ!


「今から作る」


 私は家の奥のキッチンに向かう。そう言えば、肉の在庫がなかったな。保存用のベーコンでいいか。


 亜空間収納からベーコンの塊を取り出す。あとは昨日の残りの野菜でサラダを作って、パスタを茹でて、果物を出せばいいか。


「何か手伝おうか?」


 クロードがやってきたが、キッチンは元々私が簡単な料理を作る広さしかないので、二人がキッチンに立つと狭い。


「邪魔だから、じじぃの話し相手でもしておくといい」

「昔は一緒に料理していたのに?」


 昔……あの時は、生きる屍だったクロードに生きるということを教えるために、料理をさせていたにすぎない。自分が作った料理を食べて日々生きて過ごす。生きるという日常を与えていただけだ。


「キッチンが狭いから邪魔。それに大したものは作らないよ」


 私はしっしと手を振ってクロードを追い払う。クロードは渋々という感じで、賢者のじじぃのところに行った。


「賢者様。レイラが冷たい」


 なぜじじぃに愚痴っているんだ! 私はいつもこんな感じだ。


 私はその間に鍋に水を熱湯にしていれて、パスタを入れ火にかける。キッチンのコンロは魔術の陣が描かれた石だ。魔力の加減で火加減ならぬ熱し加減ができる。

 野菜を包丁で切っている横で、ベーコンは魔術で薄く切る。これは魔術で切った方が、キレイに切れるからだ。


 この作業を同時進行で行う。魔術が使えるからできることだ。


「この家も大分経つから、新しく建て直しても良いかもしれんのぅ」

「じじぃ。家主(やぬし)は私だ! じじぃが決めることじゃない」


 勝手に建て替えようとするんじゃない。


 私はサラダを盛り付けしながら、ベーコンを焼き出す。じじぃがいるから、ベーコンの塊など、一瞬にして無くなってしまうのだ。


「いい匂いがしているじゃないか!」


 突然玄関の扉を開けて入って来たのはサイファだ。いつも思うが、お前ら朝の挨拶ぐらいしろ。


「トカゲの。この家を建て替えようと思うのじゃが、資材の調達を頼めるかのぅ?」


 じじぃ! だから、なぜ話を勝手に進めているんだ!


「確かにクロードも住むのなら、もう少し広い家の方が良いよな」


 サイファ! お前もか!


「勝手に話を進めるな!」


 私はそう言って、サラダが入った器を三つダイニングテーブルに移動させる。

 焼けたベーコンを平皿に乗せながら、私は果物の皮を剥き、切り分けていく。と同時に茹で上がったパスタのお湯から上げて、ベーコンの乗った皿の横に盛り付け、亜空間収納から出した作り置きのパスタソースをぶっかける。


 出来上がった皿を次々と魔術で運びながら、お茶を淹れ、お茶が入ったマグカップを持って私もダイニングテーブルの席についた。


 食材が少ないので、今日はトマトソースのパスタと野菜サラダとベーコンを塩コショウで味付けして焼いただけのものと、クロードが採ってきた二種類の果物のみだ。

 いつもなら、これにパンがつくのだが、パンは前日から仕込んでおくのだ。しかし、昨日はそんな暇が無かったので、品数は少ない。


 が、私の目の前に座っているじじぃの皿にはベーコンだけが山のように盛られている。じじぃは本当に肉しか食べない。しかし、ハンバーグは食べるので、いつもシレッとハンバーグの中に野菜を練り込んでやるのだ。


「どうぞ召し上がれ」


 お茶の入ったマグカップをテーブルの上に置きながら、食べていいよと合図をする。


「「いただきます」」


 サイファとじじぃは手を合わせて、食事の挨拶をした。これは私のご飯を食べるのなら、最低限のマナーぐらいしろっと言って強要しているものだ。


「懐かしいなぁ。この変わった祈り」


 クロードがおかしなことを言っている。いや、確かに『いただきます』と『ごちそうさま』を言うようにとは言ったけど、意味は教えていなかったな。まぁいいか。


 クロードは挨拶もなしに食事に手をつけようとしたので、フォークを持った手を叩く。


「いただきますぐらい言え」

「何の神に祈ればいいのだ?」


 いや、神への祈りじゃないから。


「クロード。ここでは、食べ物は自分で手に入れないといけない。魔女曰く、食材に感謝しろってことだ」

「トカゲの。違うじゃろう? 肉になったものの命を喰らうからじゃろう?」


 サイファもじじぃも微妙に合っているけど、何か違う。それにじじぃは肉限定なのか。


「だいたい合っている。一つは自然の恵みに感謝しろ。これらの食材は生きていたものだ。その命をいただくという意味もある。そして、この野菜を作ってくれているヤツに感謝しろ。肉をベーコンにしてくれたヤツに感謝しろ。料理を作った私に感謝しろ」


 じじぃ。なぜ最後の言葉を言い終えたら、ジト目で私を見てくるのだ? いつも、飯はまだかっと言ってくるのは誰だ?


「レイラ。いただきます」

「いや、私だけに言うなよ」


 すごくいい笑顔で言ってきたクロードだが、何故に私だけに言うのだ。さっき説明しただろうが!


 そんな感じで今日の一日が始まったのだった。



 朝食を食べ終えたら、じじぃはさっさと自分の住処に戻って行き、サイファには食材の調達をお願いした。主に肉。ほとんどが、じじぃの腹に収まってしまう肉。


 私は長椅子に座りながら、この家と王都の魔女の店の繋がりを遮断してしまったので、再び繋ぐのにどう効率よくしようかと悩んでいると、玄関の扉が勝手に開いた。


「魔女様。おはようございます。採れたてのお野菜お持ちしましたよ」


 亜麻色の髪を一つに三つ編みにした二十代半ばの女性が顔を覗かせた。


 因みにこの島の建物のほとんどは風通しが良いように、部屋の区切りがほとんどない構造になっている。暑くもなく寒くもなく過ごしやすいというのもある。だから、個別の部屋と水回りと物置ぐらいしか間仕切りがない構造だ。

 あとは私の魔女仕様の部屋だな。


 ということで、長椅子でくつろいでいても、玄関まで遮るものはなく、誰が来たかはわかってしまうのだ。


「リサさん。ありがとう。毎日助かるよ」


 リサという女性はこの島で、野菜を栽培している。元々農家の出で、自由になったら実家に戻って農業をするのか夢だったらしい。

 残念ながら実家に戻ることは叶わなくなってしまったが、この(つい)の島で野菜作りに励んでいる女性だ。


「魔女様が四日も居ないから、大変だったのですよ」

「いや、私が数日居なかったぐらいで、島の中で何か問題が起こるとは思えないが?」


 リサはクスクスと笑いながら、玄関の扉を大きく開けて家の中に入ってきた。その背後に仏頂面の銀髪の男性を連れている。男性の手には多種多様の野菜が入った籠を持っていたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ