第8話 祝福の結婚式
「お! もう帰ってきたのか? 早かったな」
王が暴れ、教主が恐怖で震えている部屋の扉から自分の家に繋いだ為に、またしても家から出る形で、島に戻ってきてしまった。
私はクロードが扉を通る前に一旦閉じようと思っていたのに、この状況に唖然としてしまい。扉を閉め忘れてしまった。
「祭りでもあるのか?」
背後からクロードの声が聞こえ、慌てて扉を閉じるも、既にクロードは島の地面の上に立っていた。
なんてこった! クロードを置いて来たかったのに!
「祭り? 何言っているんだ。魔女とクロードの結婚式だろう」
「は?」
トカゲは何を言っているんだ? 私はクロードに、ここで住んでいいとは了承していない。
私は黒橡色のベールを外して、サイファの方に足音をドスドスと立てて、向かって行く。
「何だ? 結婚式とは!」
「結婚式も知らないのか?」
「言葉ぐらい知っている! 私はクロードをここに住まわすと了承はしていない!」
いいや、対外的にアズヴァール公爵家としてはしなければならないとは思っている。だが、それは貴族として表面上の婚姻という形を他の貴族に見せる意味合いだ。
だが、ここでそんなものをする必要はない。
「ほら、ここに火をともしてくれ」
「嫌だ」
サイファは高い木々の間に多くの魔道ランプを吊り下げているところだ。もうすぐ日が暮れるから明かりが必要なのは理解できるが、こんなことをしなくてもいい!
「魔女がやってくれないから、クロード。火を入れてくれ!」
「わかった。他にやることは?」
「ちょっと待て! 何故にやる気まんまんなのだ? 結婚式も披露宴もしないという約束だっただろう!」
嬉々として魔道ランプに火をともしている、クロードに文句をいう。今日の見合いのときには結婚式も披露宴もしないということで合意が取れていたはずだ。それを一日も経たずに覆す気なのか!
「魔女さんや。肉はたっぷりあるぞ」
その声の方を向けば、魔牛を空中に浮かせてこちらにやってきている賢者のじじぃがいた。
「まだ、肉を食べる気か!」
「わしはすき焼きが食べたいと言ったはずじゃ」
「卵が手に入らないといつも言っている!」
どれだけ、すき焼きが食べたいのだ? このエルフは。
「それは大丈夫じゃ。聖騎士を王都に送って買い占めてこいと言ってある」
聖騎士までパシリにするほど食べたいのか。しかし、この丸々一頭をすき焼きにするとか言わないよな。
「あ、島中に声を掛けたから、今更なしとか無理だからな」
サイファの言葉に、一瞬思考が止まる。島中って何? もしかして、私が結婚したって島中に広めたとか言うんじゃないよな。
「何故、そんなことになっているわけ?」
私が王都に出かける前までは、そんな話は一言も出ていなかったはずだ。
「それは聖女さんが、結婚式をしようといいだしたからだな」
聖女! なぜあの状況で結婚式の話になったんだ!
「いやな。聖女さんが、魔女の在り方が残酷だと言ってな。思い出は残るだろう?」
思い出……私はきっとここにいる誰よりも長く生きることはわかっている。なぜなら私は魔女だからだ。
魔女と関わったものには強制的に契約で縛られてしまう。黒橡の魔女が生かした命は魔女自身が死に水を取らなければならない。
結局引き伸ばした命は、魔女のテリトリーでしか生きることができないのだ。この島でその契約から外れているのは賢者のじじぃと聖騎士のみだ。
クロードは縛られるか縛られないかのギリギリの範囲だった。だから賢者のじじぃに預けることで、それを回避した。
なのに、最後の最後でここで暮らすとか、自ら縛られるようなことを口にするから、クロードの一部を島に残すことで解除する羽目になってしまった。
一部と言っても、魔力を含んだ漆黒の髪だが。
「別に必要ない」
「この島で一番死に近いのが聖女さんだろう? 残して死んで逝くのが辛いらしい。だから、これは聖女さんのためでもあるんじゃないのか?」
「はぁ。残して逝くのが辛いか。聖女様らしい考えだね。魔女とはそういうモノだよ」
だからって、私の結婚式はいいと思う。聖女と聖騎士の結婚式はちゃんとやったじゃないか。
「魔女さんや。大鍋で、すき焼きを作るのじゃ」
いつの間にか、魔牛の解体をし終わった賢者のじじぃが肉だけのすき焼きを食べようと画策していた。いや、野菜はいるだろう。
「じじぃ。肉だけのすき焼きはすき焼きとは言えない。それに肉は薄切りにしないと美味しくない」
「肉と卵のすき焼き。良いじゃないか。薄切りするのは剣士の役目じゃな」
ん?
「野菜は後で届くぞ。俺は野菜が食べたいからな」
え? 本気で島中の人をここに呼んでいるのか? 今は五十人ぐらいいるんだぞ?
「賢者様。聖女様の言葉を聞いてからずっと考えていたのですが」
魔道ランプに火をともした後、再び賢者のじじぃに解体を手伝わされていたクロードが何かを言い出した。
「俺の魂をレイラに縛り付ける魔術を作れば、俺が死んでも再びこの地に来ることができるのではないのでしょうか?」
なにかすっごく恐ろしいことを口にしている! 何? 魂を私に縛り付けるって!
「ふむ。面白い考え方じゃ。しかし、記憶は無くなるのではないのかのぅ? 魂は記憶の浄化が行われると言われておる」
「しかし、魔女は生まれながらにして魔女ということは、魂の記憶は保持しているということですよね」
「弟子よ! それは研究のしがいがあるのぅ! 魂の浄化の拒否! 面白いぞ」
君たちはいったい何を言っているのかな? とても恐ろしいことを言っていると気がついているのかな?
「ちょっとまとうか。そんな魔術を使えば、クロードの魂は何度転生しようが、私に縛られることになってしまう。私が魔女の生を終えても、縛られることになる。その考えは危険すぎる」
私は怪しい話に盛り上がっている二人を止める。この話を進めるのはヤバすぎる。
するとクロードが私の方まで来て、私の両手を掴んできた。
「そうすれば、レイラは寂しくないだろう? それに俺はずっとレイラと共に居られる。なんて幸せなんだろうか」
幸せ……いや、なんか違うと思うぞ。魂の束縛は解除しようと思っても、解除はできない。魂そのものに呪を刻んでしまっているから、無理なのだ。
「はぁ。今はそう思っているかもしれない。だがときが経てば、人の心は変わっていくものだ」
「十七年間、イズミのことを思っていた俺が、それぐらいで心変わりするとでも?」
重いぞ! 凄く重いことを言われた!
「魔女さんや。諦めるがよいぞ。一度刻まれた言葉はそう簡単には覆せぬよ。なぜなら、ここは終の島じゃからな」
「え? どういう意味?」
もしかして、この島で暮らすと言った十七年前の言葉が生きているってこと?
「この島自体が魔女の呪いみたいなものじゃからな。言葉すらも島に刻まれる魔女の島じゃ。たとえ、代わりの贄を置いて一度は逃げられても、魔女自身に執着した者をこの島は逃がすかのぅ?」
私はその言葉に項垂れる。この島、何気に恐ろしいんだよね。だいたいいつも天気がいい。嵐なんて一度も遭ったことがない。
それに最初はなかったのに、いつの間にか温泉が湧いているところがあるし、湧き水の泉なんてものもできている。
それに一番恐ろしいのが、年中気候が安定している。春と夏の間の気候という感じだ。なのに、植物は春の植物もあれば、夏の果物もあり、秋のキノコも生え、冬の野菜も採れる。
なんでもござれ状態なのだ。
おかしいな。最初はこんな島じゃなかったのになぁ。
多分これは私が住みやすい環境を望んでいるからだ。
そして孤独が淋しいと内心思っているから、島にこれだけの人が住むようになってしまった。
そしてクロードはそんな島でここで暮らしたいと口に出して言ってしまった。だから、島は彼を捕らえようとしたのを、私が強引に引きちぎった。しかし彼は再びこの島に来てしまった。島はクロードを捕らえようとしてくるだろう。
はぁ、なんてこった。
ならば、そうなる前に新たな呪をクロードに与えなければならない。
「わかった。島で暮らす許可を与える。ただし、アレン大叔父の跡継ぎのこともある。だから、魔術師長の仕事とアズヴァール公爵の仕事は王都できちんとこなすこと。それが条件だ」
「黒橡の魔女の伴侶としてが、抜けている」
そこいるのか? じじぃ何が当然じゃだ。サイファも当たり前だと?……ちっ!
「はぁ。黒橡の魔女は発言する。クロード・アスク・アズヴァールをレイラ・リズメイア・グラシアールの伴侶として認める」
ん? なぜここで、魔女として発言したんだ?
すると日が暮れだした島の頭上に虹色の輪が出現した。太陽も月も頭上に無いのに、虹の輪が?
「魔女さま〜! なぜ聖女の私を抜いて結婚式をしてしまうのですか〜!」
遠くの方から聖女の声が聞こえてきた。
結婚式? いや今からするのだろう?
「これはこれは、神の輪が顕れるのを見るのは五百年ぶりか」
じじぃの皮が剥がれたエルフが空を見上げて驚いていた。
神の輪? 私の知識にはそのような言葉は無い。
「何? それ?」
「この婚姻が神に祝福されているということだ。レイラ」
私がクロードの言葉を理解する前に、クロードに抱き寄せられ、口づけをされた。
え?……いや……ちょっとまて。何がなんだか、私がついていけてないぞ。
「めでたいのぅ」
「じいさん。魔女が惚けているぞ」
「魔女さま〜! 祭司の役目を私にさせてください〜!」
「聖女様。走っては危ないです!」
今日一日で私の魔女生はガラリと変わってしまった。まさか、魔女の私が伴侶を得ることになるとは、神も酷なことする。
その後は島中から人々が集まり、夜中まで祝だといって聖女が作った酒が振る舞われ、肉好きのエルフの要望により、すき焼きが振る舞われ、なんとも言えない魔女の結婚式になってしまった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
どこかで出てきた狂った魔術師のお話ですね。術の施行者の記憶は残っていたのに、魂に楔を打たれたほうに記憶がなかったのは、元々魔女の魂に楔を打つ予定だったので、記憶の浄化の拒否はされなかったのでした。
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読んでいただきましてありがとうございました。
第8話の一部を削除し、次話から加筆分になります。