第7話 黒橡の魔女が王に死を与えます
私は堂々と黒橡色のドレスに、ベールを付けた姿で、王城の中を歩いていく。誰も私のこの姿を咎める者もいなければ、すれ違って振り返る者もいない。
「グラシアール家の固有魔術は流石だな」
私の隣には麗しの魔術師長と言われる黒髪の男が歩いている。
「俺が普通に歩いていても、誰も視線を向けてこない」
まぁ、美人と言われる容姿は、誰の目にも留まることだろう。
「話しかけないで欲しい。今は文官とそのお付の者という風貌を偽装している」
今の私達は他の者たちから、よくその辺りをウロウロしている下っ端の文官とそのお付の者という幻覚に見えるように魔術を組んでいる。ここはまだ王城の端だが、中央に行くに連れ、高い位の文官に見えるように幻影を変えていくのだ。
「昔、イズミに魔術を教えて欲しいと言ったときに教えてくれなかったのは、グラシアール家の魔術師とバレたくなかったから、教えてくれなかったのか?」
クロードはどうでも良いことを聞いてきた。だから、偽装しているのは姿形だけなので、話し声までは変えられない。いらないことを話すな。
「確かに五百年前にシャルヴァール家はアズヴァール家の分家として派生した家だから、グラシアール伯爵家ほど固有の魔術は保持していない」
いきなりなんだ? 固有魔術がグラシアール家に多いのは刑を執行するために固有の魔術を創り出しただけだ。
「いい加減に黙ってくれないか」
「俺はレイラともっと話がしたい」
いや、時と場合を考えてほしい。
それに魔術師長の仕事はどうしたんだ。王都まで戻ってきたんだから、仕事に戻ればいい。
「アズヴァール魔術師長。お仕事に戻られては如何でしょうか?」
私は厭味ったらしく丁寧に言った。今日、アズヴァール公爵邸で会ったときは部下供を連れ立っていたじゃないか。
「今日は元々休みだ」
休み……だったらあの部下供はなんだったんだ。
「あの休みなのに、部下を連れ立って来ていたのはなんだったんだ?」
「あれか? 魔術師長として動くと、何故かついてくる奴らだ」
クロードは部下からストーカーされていた! いや、私は殺気をぶつけられていたから、きっと魔術師長の相手としてふさわしくないと見られてはいたんだろうな。
「ん? いや、私との見合いはアズヴァール家の者としてだろう? そこに役職は関係するのか?」
「副魔術師長曰く、関係するらしい」
「しないだろう」
「俺もそう思うが、面倒だから放置している」
部下が面倒って、どんなやつらだよ。きちんと仕事をしているのか?
まぁ、私には関係のないことだからいいか。
「しかし、久しぶりだったが、賢者様とサイファとレイラと一緒にいるのは、居心地が良かった。人目を気にせず、俺で居られる空間。あの島で一緒に暮らしていいよな」
何故に一緒に暮らすことを強要してくるんだ。
まぁ、クロードの容姿は目を引くだろう。ただでさえ、魔力の多い漆黒の髪が人にとっては羨ましいものだろう。
しかし、サイファは人の美醜に興味はないし、賢者のじじぃはエルフだから美人など見慣れているだろう。私は面倒なガキだなってぐらいしか思ってなかった。
それはクロードを普通の子供として、皆が扱うだろうな。
「レイラ。そっちより、こっちの道の方が良い」
私が真っ直ぐに進んでいると、クロードが右に曲がる通路を指してきた。今の時間なら王は執務室にいるだろう。だったら、真っすぐで良いはず。
「最近は軍部の幹部と我々と集まって話しあうことが多い」
そうか、戦の話が進んでいるようだ。
私はクロードが示した方向に足を進めた。
「そうか。そこまで話が進んでいるが、全ては無に帰すだろうな。二年か三年ほどは、第二王子と第三王子との王位争いに忙しくなるな」
「レイラ。王太子殿下の存在を忘れている」
王太子か。黒橡の魔女として、彼は先が長くないと見ている。王が死のうが、戦争をしようが、それは変わらないだろう。
「あれは先が長くない。今は何をしているんだ?」
王太子もいい年齢だ。確か四十歳ぐらいだったと思う。王の影に隠れてしまって、存在感がないがな。
「東の辺境の戦いで指揮を取っているはずだ」
東の辺境か。あっちは魔術に特化したマレイア共和国との小競り合いだったな。ということは……
「本格的にマレイア共和国と戦争を行うつもりってことか」
「そういうことだ」
それに魔術師長のクロードを駆り出そうとしているのだろう。しかし、そうなるとあちらもエルフ族の魔導師長を出してくるだろう。
だがこれだと、人であるクロードの方が分が悪くなる。で、使い捨てということか。
王は本当に人を駒だと思っているのだろうな。
「あそこだ」
クロードが指し示した場所の突き当りには、重厚な両開きの扉があり、その前には剣を携えた兵が二人立っている。
よし、何も問題ない。
「クロードはここにいろ。邪魔だから」
「邪魔だろうかついて行くに決まっている。それにバレても俺は元々出入りが許されたものだ」
「はぁ、失敗するようなことにはならない」
「黒橡の魔女だからか?」
「そう」
私は一息吐いて、一歩踏み出す。私は黒橡の魔女。死を纏う魔女だ。
「ご苦労さま」
私は堂々と扉を守っている兵に声を掛けて、中に入っていく。だけど、二人の兵は視線で私に挨拶してきたのみで、止める素振りもない。
そして後ろからクロードもついてきた。いや、ついてくるなと言ったはずだが。
中に入るとすっごく煙い。いろんな種類のタバコの匂いが混じって鼻をつまみたい気分だ。
よくこんな中で、作戦会議だなんて開けるものだ。
様子をみると四角い大きめのテーブルの上に地図を広げて、二十人ぐらいの者たちが集まってあれやこれやと言いたい放題言っている。
これまとまっているのか?
王といえば、暇そうにその光景を一番奥で眺めていた。年齢は六十歳は超えているだろう。だいぶ頭のほうが寂しくなっておられる。
いや、人前で重そうな王冠を被らないといけない職業が毛根に負荷を掛けているのではと、いらないことを考えてしまった。
そんな王に近づいていく。私の存在を認めておきながら、居ないものとして扱っている。そう生き物には死があることを知っていながらも、死から目を背けているようにだ。
「飲み物でも如何でしょうか?」
私は王の前に置かれていたみたされてたティーカップの中身を床に捨て、小瓶の中身を注ぎ込む。
私の行動に王は私の存在に視線を向けてきた。
「冷えて喉こしのよい飲み物ですよ。一気に飲んでください」
私は王の目を見ながら暗示をかける。この飲み物を一気に飲むようにと。
私が注いだ小瓶の中から、ぽちゃんと小さな小石が満たされたティーカップの中に落ちていった。
「ああ、確かに喉が渇いている」
私の暗示にかかった王はティーカップを一気に飲み干した。何も不審がることなく、喉を鳴らしながら、飲み干したのだ。
「うむ。良き飲み物であった。この飲み物の名はなんと申す」
王は気に入ったように、飲み込んだ物の名を聞いてきた。
おや、王は庶民が飲むエールは飲んだことがなかったのか? しかし、これは聖女様が作った他にはない酒だ。それは美味しかったのだろう。
「そうですね。黒橡の魔女から王への贈り物として、聖女カリーナの嘆きと名をつけましょうか」
すると王は手に持っていたティーカップを床に落とした。まるで、王がティーカップを落としたことで、入っていた紅茶が床に溢れてしまったようだ。
「魔女……魔女だと」
「黒橡の魔女が発言します。王に民の苦しみを与え、聞こうとしなかった民の声をお届けします。どうかその身で感じてくださいませ」
私は喪のドレスの裾を少し上げて、膝を曲げる。王に対して頭を下げることはしない。
「お……お前たち! そこに魔女がおる! 魔女を殺せ!」
王は私に向かって指を差して殺すように命じてきたが、他の者たちは私を認識できずに、全く違う方に向かって剣を抜いて構えている。
「それでは怨嗟の子守唄でもお聞きくださいませ」
私が言い終わるかどうかというときに、王は私に向かって剣を抜いて振るってきた。しかし、その剣が当たる前に身体を背後に引っ張られ、剣は床に当たり弾かれていた。
「レイラ。危ないじゃないか」
「いや、あの剣はどっちにしろ私には当たらなかった」
そう、王への呪いは既に発動している。だから、少し右側に向かって剣を振り下ろされたのだ。
「父王。貴方は私が殺したはずだ! そんな目で私を見るでない! エリーヌ!」
「王がご乱心された! 医師を呼べ!」
「いや教主だ」
「陛下! 剣をお収めください! そこの副魔術師長! 陛下を眠らせなさい!」
メガネを掛けた偉そうなおっさんに命じられた、副魔術師長という者に視線をむけると、派手な金髪をグルングルンに器用に巻いた二十歳ぐらいの女性だった。
ん? 金髪? ってことは副魔術師長の実力なんて無いんじゃないのか?
「クロード。あれが魔術師のナンバー2なのか?」
「なんばーつぅー?」
あ、言い方が悪かった。
「二番目に強い者かと聞いた」
「いや、あれは俺が決めた副魔術師長じゃない方だ」
その言い方は実力ではなく、権力でその地位を得たというやつか。
組織の構成はよくわからないが。ということは魔術師という組織にはクロードより上の存在がいるということか。もしかして、賢者のじじぃはこの辺りのことも含めて反対していたのか?
魔術師長となったとしても、全てが差配できるものではないと。だから、クロードはさっき投げやりなことを言っていたのか。『面倒だから放置していると』……魔術師長になる利点が私には全くわからないな。
まぁ、あれぐらいの魔術師では、王は止まらないだろうな。
「一ついいだろうか」
「なに?」
「先程の聖女カリーナは普通にしていたが、彼女の呪いはこれぐらい酷いものだったのか?」
まぁ、そうだね。今の王の状態は、ここにいる全てが、己が殺した人物に見えているようだ。その者達をもう一度己の手で殺そうと剣を振り回し、魔術を発動し、部屋の中はめちゃくちゃになっている。
私は部屋の端で、クロードが張った結界の中で観察をしている。いや、次々と一つしかない扉から人が出入りしているので、逃げるタイミングを失っていたと言い換えるべきだな。
「彼女は今、私の薬と聖騎士の浄化で、なんとか生活できているという感じだね」
「これはサイファが言っていた三日も持たないのではないのか?」
そう言えば、そんなことも言っていたな。
それは無理やり三日は保たすという意味じゃないのだろうか。
「誰か魔術師長を呼んで来い!」
ああ、あの金髪のグルングルンの巻き髪の魔術師の女性は壁に叩きつけられて動かなくなっている。
「呼ばれているけど?」
「俺は今日は休みだ」
「部下が死にかけているけど?」
「ここで結界を張っている方が重要だ」
優先事項が間違っている気がする! 休みが優先なのか? 部下より何故に結界!
「魔術師長に何故なったんだ? 普通は国に忠義を尽くすだろう? この場合」
「それは魔術師長になると、禁書を読む権利が与えられるからだ」
「禁書かぁ。それは興味がそそられるね」
見ては駄目だと言われてしまうと、どうしても見たくなってしまう衝動。人の探究心というものを抑えるのは難しいだろう。
「しかし、賢者様が言われていた通り、成るものではなかった。全部賢者様のところにあったものだった」
賢者のじじぃ! コレクションは禁書に値する物だったのか! そんなものを少年のクロードに読ませていたのか!
「イズミたちと過ごしていた島を探すためだったのだが、あの島は結局どこにあるんだ?」
島の場所を探すのに禁書を読もうとする心理が私にはわからないな。それに島全体に私の術を掛けているので、普通では外からでは島に上陸できない。それに……
「ここからだと、船で一週間ほどかな。途中で海竜とクラーケンと廃船の船団を相手にしないといけないけど」
「死ぬな」
「死んだら廃船の船団の仲間入りだ」
「魔女の住処に行くには命がけだと言うが、攻略方法なんてないだろう」
無いこともないけど、私が言うことじゃない。
さて、教主が呼ばれて来たようだ。
個人的にはあれも嫌いなのだが、まだ魔女としての力を示す時ではないようだ。残念だ。会えば、魔女として死を与えるかもしれないと期待していたのだが、聖女の復讐は私が手を出すことではないということか。
「教主が出てきたから、これも収まるだろうな」
私はクロードが張った結界から出て、扉から入ってきた教主に向かうように、私はただ唯一の出入り口に向かっていく。
すると私とすれ違う少し手前で教主は足を止めて、銀色の瞳で私を捉えてきた。
「貴女は?」
おや? 腐っても教主ということか。私の偽装の魔術を看破しているようだ。
「黒橡の魔女と申します。王に民の苦しみを与え、聞こうとしなかった民の声を届けにきました。貴方様にもお届けしたかったのですが、まだ時期ではないようです。それではその時までごきげんよう」
私は教主に向かって、言葉を伝え足を進めた。魔女と名乗った時点で教主は化け物でも見たように、恐怖の色を顔に浮かべていたが、失礼なやつだな。
「あの教主を脅すことができるなんて、レイラぐらいだろうな」
いや、別に脅してはいない。私の悔しさを伝えただけだ。あの教主は民からお金を搾取している強欲教主だ。絶対に魔女として死を与えると思っていたのに、まだそこまでの罪がないらしい。本当に残念だ。