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第6話 もしかして告白されている?

「昔のようにここに住んでもいいのか?」


 横からチラチラと視線を感じる。いや、アズヴァール公爵邸に帰れよ。魔術師長がこんな孤島に住むとかありえないからな。


「え? こちらにお住まいだったのですか?」


 聖女が驚いて聞いてきた。それはサイファと賢者のじじぃしか知らないことだから、島の噂にも上ることは無かっただろうな。


「ええ、十七年前に一年ほどここで過ごしました」

「まぁ、それでは魔女さまとは、その時から恋仲に!」


 どこから恋仲という言葉が出てくるんだ?

 そんなキラキラした目で見てきても、そういう関係じゃ全くないから。


「いや、それは無い。アレン大叔父様に頼まれたからだ」

「私はイズミが好きだと。ここに居たいと懇願したのですが、追い出されてしまいました」


 私とクロードの正反対の言葉が重なる。


「温度差が酷いですね。結婚したのですよね」


 聖騎士が馬鹿なことを聞いてきた。貴族の結婚は愛とか恋とかそんなものは必要ないのだよ。


「これは坊っちゃんが結婚相手を魔女だとわからなかった所為だな」

 

 サイファのツッコミに、クロードがガクリと項垂れる。

 いや、最初に条件を言ったのはそっちだからな。


「ふむ。魔女さんや」


 自分の分の肉をぺろりと平らげた賢者のじじぃが声を掛けてきた。


「ここは終の島じゃよな」

「そうだけど?」

「今まで得ていた身分も築き上げた経歴も何も関係なく己として過ごせる場所じゃよな」

「別に以前の職種を活かしていいけど?」


 何もかも捨てられはしないだろう。ただ、死という呪縛から解放され、自由に過ごしてくれればいいと、己に残された時間を過ごして欲しいと。

 私は最後の死を看取るために、ここにいるのだから。


「ふむふむ。では契約を交わしたのはレイラリズ・グラシアールとクロード・アスク・シャルヴァールであって、ここにいる黒橡(くろつるばみ)の魔女と弟子のクロードではあるまい」


 ……クソエルフが屁理屈を捏ねやがった。

 出来のいい弟子が戻ってきたのがそんなに嬉しいのか!


「いい加減にしろ。それを屁理屈と人は言うんだよ」


 私が白髪のじじぃを睨みつけるも、ニヤニヤと笑みを浮かべて、酒を口につけている。


 そのとき唐突に肉を焼いている手を取られ、強引に横を向かされた。クロードの方にだ。


「イズミ……いや、レイラ。結婚してここで一緒に暮らそう。この十七年間一時(ひととき)も忘れることができなかった。俺に生きることを教えてくれたイズミが、レイラが好きだ」

「くっそ重い言葉を言われた気がするが?」


 なに? 十七年間忘れることができなかったって? 忘れろよ。


 だって、私がやったことなんて、普通に生活していただけだぞ。

 この家の物置をクロードの部屋に改装して、一緒に食事を取っていただけだ。それに、川で魚釣りをしていたら、クロードが川のヌシに食べられそうになっていたのを助けたり、木の実を取ろうとして間違えて擬態虫に触って襲われているクロードを助けたり、弓矢で鳥を狩るのに背後から忍んでいた大蛇に絞め殺されているクロードを助けたり……色々スリリングな島生活をしていたな。

 それは忘れられないかもしれない。


「返事は『yes』しか認めないが」

「認めろよ」


 ん? あれ? 私はクロードから文句を言われると思っていたのだが、もしかしてこれは告白されているのか?


「ちょっと待て、もしかしてそれは、私を好きだと言っているのか?」

「十七年前にも言ったが、今もずっと好きだ」


 いやいやいや。どこに好きになる要素があったんだ? 私はクロードに対して特別なことはしていないぞ。

 じじぃ! 鈍感すぎるとはなんだ!

 サイファ! 盛大にため息を吐くな!


「……いくら考えても、クロードには島での生活の仕方を教えていた記憶しか出てこない」

「特別なことは必要じゃない。俺を人として見てくれた綺麗な瞳が好きだ。俺が失敗すると普通に叱ってくれた声が好きだ。俺が困っていると引っ張ってくれた手が好きだ」


 は?……え?……なにをいっているわけ?……すっごく……はずかしいのだけど……。

 顔が熱くなってきた。長い間、肉を焼いていた所為か?……そうに違いない。


「ということはイズミの、レイラのことが全部好きだということだ」


 いつも不機嫌という噂の麗しの魔術師長が満面の笑みで言ってきた。

 ぐはっ! ベールを被っていて良かった。絶対にこれは顔が真っ赤になっている。


 私はガクッと項垂れる。これはどうすればいいのだ? 『yes』しかないのか?


「魔女さんや。肉が焦げはじめておるぞ」


 マイペースなじじぃめ! お前がいらないことを言った所為だろうが!

 クロードの手をペイっと捨てて、肉をじじぃの皿にポイポイ入れる。


「レイラ。答えは?」

「ちっ! 私は王に死を与えてくる」


 別に律儀に答える必要はない。

 私は聖女に向かって手を差し出す。すると背後に控えていた聖騎士が、聖女の人差し指から指輪を抜き取り、私の方に投げ渡してきた。


「サイファ。これに酒を入れて」


 私は空の小瓶をサイファに渡す。私から小瓶を受け取ったサイファは樽に満たされた酒を小瓶に移して、返してくれた。

 その小瓶の中に指輪の石だけを外して小瓶の中に入れる。

 あとは馴染むように、魔女の呪いを掛けてやると、呪いの酒の出来上がりだ。


「トカゲの。何日保つか賭けぬか?」

「じいさん。三日ぐらいじゃないか? 俺でもヤバイってビンビン感じるぞ」

「魔女。そんな怪しい物を王が飲むはずはないだろう!」


 口々に言いたいことを言ってくれる。それにはみ出ている呪いは、それだけ聖女の呪いが強烈だということだ。しかしそんなものは、偽装の魔術を使えば、わからなくなる。


「レイラ。答えてくれるまで、つきまとうからな」

「ストーカーか!」


 クロードはどうしても私に『yes』と言わせたいらしい。

 そんなに簡単にここで暮らすことを了承するか! 魔術師長の仕事はどうする気だ! もしかして、ここから王都に毎日通う気なのか?


「言っておくが今から隠密行動するからついてくるな!」


 そういって私は立ち上がる。するとクロードも立ち上がって私についてきた。


「王城なら案内できる」

「散々徘徊したから、必要ない」

「え? いつ王城に来ていたのだ?」

「いつでもいいだろう!」


 私とクロードは言い合いながら、島から王城に転移したのだった。って私の転移に便乗するな!



____________


「仲がよろしいのですね」


 コロコロと鈴が鳴るように笑うピンクゴールドの髪の女性が、斜め前に座っている二人に問いかける。

 二人といっても一人は白髪の老人が、黙々と山のように皿に盛られた肉を食べている。

 そして、もう一人は硬い鱗の皮膚を持ち、鋭いキバを見せながら豪快に酒を飲んでいる竜人だ。


 二人共、人の話を聞いている風ではない。


「仲は元々良いじゃろうな」


 いや、聞いていた。老人は女性の言葉を肯定する。


「クロードのやつも、魔女に死から救われた存在だからな」


 竜人は楽しそうに酒を飲みながら、魔女に助けられた者の名を言った。


「わしは自らここに来た者だから違うがのぅ。魔女と契約したものは魔女に逆らえぬ。それは恐ろしい呪いじゃな」


 老人はここに居る己以外が魔女の呪いに掛かっていると言っている。それが本当のことなら、なんて恐ろしいことなのだろうか。

 それも魔女には逆らえないと。


「まぁ、魔女さまは理不尽なことは、おっしゃいません。私には健やかに余生を過ごして欲しいと言ってくださいましたわ」


 まだ年若い女性に魔女は、生きるときが残り少ないような言い方をしている。そのような言葉を掛けるには、女性は若すぎるだろう。


「魔女は弱き者には優しいからのぅ。弟子にも魔女の契約の呪いがかかっておったが、まだ少年だからと元の場所に戻すときに、解除しておったからのぅ」

「羨ましいですわ」


 女性はその少年のことを羨ましいと言葉にした。


「でも、残酷ですわ」


 そして魔女が残酷だと言葉にした。それはどういう意味だろうか。


「私に残された時は五年も満たないでしょう」

「カリーナ! 私が日々浄化しています。それに今回のことで呪いが減りましたよね」


 女性の言葉に背後に控えていた金髪の青年が女性の足元に跪いて、女性の白い手を取る。女性の命が残り五年にも満たないようには見えないが、金髪の青年は内心、命が短いことを感じているのだろう。女性の死をわかりながら、否定をしている。


「ミラン。私はこんなに穏やかな日々が暮らせて、今とても幸せなのですよ」


 死を否定しない女性は、一日一日が幸せだと口にした。それも微笑みを浮かべて、本当に幸せそうに言ったのだ。


「でも、心配なのは残してしまうミラン。貴方のこと。貴方まで私に付き合う必要はありませんでしたのに」

「カリーナ。貴女と同じく私も日々幸せなのです」

「イチャイチャするなら、帰っていくらでもしろ」


 二人の世界を築いていたところに、竜人が水を差す。ここで二人の世界に入り浸らなくてもいいだろうと。


「まぁ。イチャイチャだなんて」

「伴侶が居ないからと、すねないで欲しいものですね」


 女性は顔を真っ赤にしているが、青年は冷たい視線を竜人に向けている。


「でも、魔女さまは永劫の時を生きるのです。いつかはここにいる人たちの死を看取っていくのですよね。私は残されて逝かれる魔女様の在り方が残酷だと思います」

「在り方が残酷かのぅ。じゃが、魔女はそういう生き物じゃ。だから孤島に孤独に生きるための終の島じゃ」


 老人は海に囲まれた島を見渡すように視線を巡らせる。ここからは海の先に島も陸地の影さえ見えない。

 だから本当に偶然でなければ、この島に外から足を踏み入れる者は現れないだろう。


(つい)の島。それこそ、魔女様を閉じ込める呪いのようですわ」

「なんだ? 聖女さんはここに来たことを後悔しているのか?」


 ここには王都で住んでいた聖女と呼ばれた女性にとって、華やかさもなく娯楽もない。幸せだと言葉にしていても、後悔しているのかと竜人は尋ねたのだ。


「後悔はミランを巻き込んでしまったことだけです。しかし、ここはとても好きなのです。好きなだけ神さまにお祈りを捧げることができるのです。お祈りに使った水が何故か全てお酒に変わってしまいますが」


 聖女はとても変わっていた。好きなだけ神に祈れることに幸せを感じているらしい。いや、それが聖女という者の在り方なのかもしれない。


「魔術師長様はきっと私と同じ思いをすると思うのです。大切な者を残して逝かなければならない苦しさは、魔女さまにはわからないでしょうね」


 永劫という時を生きる魔女は、伴侶を得れば絶対にその伴侶の方を先に失うことになる。

 残される者の悲しみもあるが、先が短い聖女からすれば、残して逝く苦しみがあると言葉にしたのだ。それは魔女には絶対に理解できないと。


 だが、彼らは知らない。魔女にも大切な家族を残して逝った前世というものを持っていることを。だから魔女は伴侶となる者に言ったのだ。互いに干渉し合わないと。

 それが、それだけが絶対条件だというように。



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