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第5話 呪いの聖女と仕えし聖騎士

「ああ、とうとう死の魔女の目に止まってしまったぞ。じいさん」

「遅いぐらいじゃ。赤目が気味が悪いぐらいに光っておるのぅ」


 私はここではない場所に向かって、手を伸ばす。ザルファール国の兵と隣国ダレンガルド国の兵が争っている場所に向かって。


「『死には死を』」


 あの場所は幾度となく戦いが繰り返されてきた場所だ。


「『亡霊の進軍(ヴェレサルト)』」


 地面からこの地に縛られたモノたちが、這い出てくる。生き足掻き、苦しみ、死したモノたちが土で身を固めた身を形作って、軍隊となって生者に向かって進軍していく。


 あと、大叔父様には警告しておきましょう。

 私は声だけを伝える。


「『アレン大叔父様。この戦は魔女が介入します。撤退を』」


 私が声を届けると、この辺りの地図に視線を向けて作戦を立てていたアレン大叔父様が、ハッとして顔を上げて何かを言っているが、残念ながら私の耳には聞こえない。これは音を聞く魔術ではないから。


「サイファ。聖女様を連れてきて欲しい」

「はいよ」


 サイファは私の言葉に了承の返事をして立ち上がった。そして、何故か賢者のじじぃも立ち上がった。

 なぜ、じじぃも何処かに行こうとしている。それでは、私とクロードが二人っきりになってしまうだろう!


「もう少し肉を調達してくるかのぅ」


 じじぃ! まだ、肉を食べるきか!

 ちょっと待て! この状況で二人っきりにするな!


 賢者のじじぃは杖をつきながら、身軽にサイファについて行ってしまった。


 正面から凄く見られていて、居心地が悪い。お茶でも淹れに、家の中に入るか。

私が立ち上がると、呼び止められてしまった。


「なぜ。この地に住まうのか聞いていいか」


 立ち上がった私を捕らえる金色の瞳と、目が合ってしまった。


 この地に住まう理由か。周りは海に囲まれ、他の人が住まう地域とは交流がない絶島。


「ここでは私は魔女だ。魔女の住処は孤立している。それだけだ」


 そう、どの魔女の住処も人の行き来が難しい場所にある。それが常識と言わんばかりに。


 私は家の中に入って、長椅子にドカリと座った。


 ……いつまでここに居るつもりだ? 魔術師長って忙しいんじゃないのか? いや、もしかして、忙しいのは戦争の準備をさせられているのか?

 確かに、クロード一人で戦争は形成するぐらいの力はあるだろうな。


 だが、賢者はその話をしたときに殺気だっていた。

 私が魔女として介入しなければ、賢者のじじぃが動いていたな。あれは性格が悪いから、賢者が動いていたら国が滅んでいただろうな。あのエルフに気に入られたクロードも大変だ。


 キッチンで湧いたお湯をポットの中に注ぐ。勿論、私は長椅子に座ったままで、魔術でお茶を淹れている。


 今回、魔女として国王に死を口にした。これが死の魔女の理だ。だから魔女は孤島の存在で居るべきなのだ。

 死の魔女は死に対して、力を奮う者なのだ。


 理不尽な死に対しては手を差し伸べ、理不尽な生に死を与える。死神のような魔女が、私なのだ。

 いや、どの魔女も結局のところ死神なのだ。だから、魔女の住処はいずれも人が立ち入りにくい場所に存在している。


「ここは終の島なんだよ。だから、早く出ていけよ」


 人数分のカップをトレイに乗せて浮遊させながら、運んでいく。独り言を言って立ち上がった私は、黒橡(くろつるばみ)色のドレスを亜空間から取り出し、喪服のドレスに着替える。そして、同じ色のベールを被る。


 黒橡(くろつるばみ)の魔女の出来上がりだ。


 私が扉から外に出ると、丁度遠くからサイファがこちらに向かっているのが確認できた。

 時間ピッタリだな。


 私はふと木陰に視線を向ける。

 ……あれを今から解体して食べる気か?


 賢者のじじぃが、三メル(メートル)級の鹿を狩ってきていた。


 弟子が来て張り切って狩ってきたのか?  肉が足りなくなったら、いつもなら、サイファに狩って来いと言ってくるくせに。


 それをクロードに解体させている。なんかじじぃ、楽しそうだな。


「魔女さま〜! お帰りなさい〜」


 先程、ここに鳥肉を持って来てくれた金髪の好青年に抱えられて、こちらに手を振っているのが、聖女カリーナだ。

 ピンクゴールドの髪を風になびかせて、新緑を思わせる瞳をキラキラさせて私に視線を向けてきている。見た目は普通の可愛らしい二十五歳の女性だ。いや、年齢の割には幼い印象を受ける。


「聖女様。お越しいただきましてありがとうございます」

「あら? 魔女さまと、私の仲ではないですか。だから、長く不在になるときは、前もって教えてくださいね。ミランがもう心配して心配して……」


 これは薬が手に入らないかも、という不安で、聖騎士が毎日というより、毎時間ぐらい私の家に通い詰めたということか。

 金髪の好青年に視線を向けると、しれっと背け、何故か驚いたように目を見開いた。


「なぜここに、魔術師長が?」

「え? シャルヴァール様が?」


 その魔術師長と呼ばれた者は今は、賢者に大鹿(レイロ)の解体をさせられている。


「ああ、魔女が留守だった理由が、そこの坊っちゃんと結婚するためだってよ」


 なぜサイファが嬉しそうに説明しているんだ。


「え? 結婚する気があったのですか?」


 聖騎士よ。そう思うよな。結婚する気があったのかと。


「魔女様。絶対に結婚なんてしないと思っていましたが?」


 私かよ! しかしそのとおりだ。アレン大叔父様から話をもってこられなければ、結婚なんてするつもりがなかったのも事実。


「まぁ。おめでたいことですわ。永劫に生きる魔女様に伴侶が。本当におめでたいことですわ」

「永劫? ……永劫とはどういう意味ですか」


 私が魔女イズミであるかないかで、うじうじして、なんとなく折り合いをつけて、解体の手伝いをしていたクロードが、当たり前のことを聞いてきた。

 そんなことは有名だろう。


「おや、弟子に魔女は長命だと教えていたはずじゃが?」


 賢者の言うとおりだ。魔女は長命。その寿命は魔女の保有する魔力量に比例する。白銀のリリーは確か、五千年ほど生きているんだったか?


「当たり前のことを言われてもねぇ。聖女様。そこに座って」


 パチンと指を鳴らし、私が先程座っていた長椅子を用意した。

 すると、聖騎士は抱きかかえていた聖女をそこに座らせ、己は背後に控えた。


 ここでは夫婦として暮らしているが、聖女に仕える聖騎士としての役目は忘れていないということなのだろう。

 私は聖女の正面に腰を下ろす。

 そして、浮遊させていたマグカップを聖女に渡す。


「いや、イズミも魔女だから生きていると確信していたが、そうなのだが……」


 何故か落ち込んでいる感じのクロードが先程座っていた椅子を引っ張ってきて、私の隣に座ってきた。


 おい。なぜ普通に私の隣に座ってきているんだ。


「魔女さんや。肉を焼いてくれんかのぅ」

「まだ、食う気なのか?」

「ほれ、トカゲのが、酒の追加を持ってきているじゃろう?」


 斜め横に座ったサイファを見ると、樽を抱えていた。


「はい。今日は飲みたい日だと言われて追加で、一樽を言われたのです」


 この酒。聖女が作っている。聖女が祈れば聖水が出来上がるはずなのだが、今の聖女カリーナが水に祈りを捧げると、泡立つアルコール水になるのだ。まぁ、呪いの影響だろう。


 サイファもまだ食べる気だから焼けと。このまま焼くと硬い肉だぞ。いや、だから私に焼かせるのか。


 賢者から渡された肉を網の上に並べていく。


「それで、どういう過程で、ご結婚の話に?」


 聖女が興味津津で聞いてきた。いや、別に面白いことは何もないのだが?


「共通の知人のアズヴァール公爵様の采配だ」

「まぁ。あのアズヴァール公爵様のお知り合いでしたの? 初耳ですわ」

「引きこもりに普通の知人が居たことに驚きですよ」


 アレン大叔父様は何かと有名だ。後継ぎを誰を指名するのかも注目されているが、公爵自身が武人であり、多くの功績を立てているので噂にことを欠かない。


 聖騎士は相変わらず聖女の事以外には、興味がないようだ。貴族の家系図は頭の中に入っていないらしい。

 聖女に仕える者なら、それぐらい必要だっただろうに。


 しかし、私は喪服でなぜ肉を焼かされているのだろう。おかしくないか?


「そのアレン大叔父様は、この婚姻を押し進めて、国王の機嫌を損ねたらしい。隣国との戦いに駆り出されていた」

「あら? おめでたいことではないのですか?」


 国王からすれば、厄介なことだったのだろうな。アレン大叔父様が勧めてきたこの婚姻は。


「王は戦をしたいそうじゃ。アレは馬鹿じゃと思っておったが、暴君と言ってよいのぅ」

「俺のときもそうだったが、この坊っちゃんを使い捨てにするつもりだったんだろう? しかし、公爵家の後継ぎとなれば、そうもいかなくなるからな」


 結局、王は人をモノとしか見ていない。それが、黒橡(くろつるばみ)の魔女として動く結果となった。


「聖女様。私は黒橡(くろつるばみ)の魔女として、国王に死を与えます」

「まぁ、魔女さまが動かれるのですね」

「はい。その死は相応でなければなりません。ですから、聖女様の呪いを分けていただきたいのです」

「私の呪いをですか?」


 聖女はピンクゴールドの髪を揺らして首を傾げている。私の言っている意味が理解できないのだろう。

 しかし私の隣から息を呑む音が聞こえ、賢者は「これはこれは」と楽しそうに笑っている。

 二人にはこの呪いの譲渡の意味を理解しているのだ。


「もしかして呪いが無くなるのか!」


 聖騎士が食い気味で聞いてきたが、呪いが無くなることはない。それは呪いに蝕まれている聖女が一番わかっているだろう。


「無くなりはしない。ただ薬が必要な回数が減るぐらいだ」

「あの……この呪いは人々の苦しみや嘆きが怨嗟の声として響いてくるのです。国王陛下にはお辛いと思うのです。それに水の中で溺れているような苦しみも続くのです。おかわいそうです」


 聖女をそのような状態にしたのは、国王の命令だと聖女はわかっていないのだろうか。いや、わかっていても、聖女である彼女は王を可哀想だと口にするのだろうな。


「その怨嗟の声は国民の声です。その声を聞かなかった王にふさわしい死でしょう」

「ちょっと待て、王にこの呪いを与えても、新たな聖女に浄化されれば、意味がないでしょう!」


 聖騎士は聖女カリーナの後に聖女になった者のことが心配なようだ。聖騎士とはそういうものなのだろう。


「王にはカリーナ以上の苦しみを与えるべきです」


 ……あ……うん。聖女カリーナが第一なところはぶれてない。


「そのあたりは大丈夫。魔女の呪いは魔女にしか解除できない。ということで、聖女様。これを焼き肉している間、指にはめていてください」


 私は空間から小さな透明な石がついた指輪を聖女に向かって投げ渡した。が、その手前で聖騎士が受取り、指輪を観察しだした。怪しい術が掛けられていないか確認しているのだろう。


 確認し終わったら、その指輪を聖女の右の人差し指にはめる聖騎士。ここで目にしている分には、彼らは美男美女で絵になる。


「これだけで、よろしいのですか? 石が小さいようですが?」

「石の大きさは関係ありません。聖女様の呪いを移せればいいのです」


 いや、小さいのには意味がある。呪いの物を置かれても撤去されるだろう。他人からもらった指輪などはめることは絶対にない。だから、王に飲ませるのが一番効率がいいのだ。


「肉、焼けたけど、タレは自分でつけて食べてよね」


 下処理をしていない肉を焼かせたのだ。それぐらいは自分でして欲しい。

 すると賢者のじじぃは皿いっぱいに肉を取っていく。おい、半分ぐらい取っていっただろう。


「魔女さんや。肉はいっぱいあるから、次々焼くのじゃ」

「ほら、聖女さんも聖騎士も食べろ。魔女が焼いた肉は美味いぞ」


 ふん。腐敗の魔術を肉を早く熟成させるのに使っただけだ。これもグラシアール家の固有の魔術の一つだ。


「それで、シャルヴァール様もこちらにお住まいになるのですか?」


 にこにこと悪気が全く無い聖女が、爆弾発言を投下してきた。いや、それはないからな。



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