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第3話 魔女に魔女探しの依頼が来た

「あの時のもやしが、お前の旦那か……」


 ヘビのような縦に伸びている瞳孔をもつ瞳を細めて、昔を懐かしんでいる目の前の竜人にため息を吐く。


「いや、名ばかりだからな。私も向こうも関わるなという一点で婚姻を同意したのだ」

「それ、結婚する意味があるのか?」

「私は兄嫁のイビリから逃れられて、あちらは爵位を受けつぐことができる。良いじゃないか」


 結婚する意味があるのかと言われればないだろうな。私は、部屋に引きこもっている風を装っていればいいのだから。


 そのとき『リンリン』と呼び鈴が鳴った。島の者たちは私を呼び出すのに、呼び鈴なんてものは使用しない。だいたい、何か欲しいのだけどと言って、扉を開けて入ってくる。


 これは王都に繋がる扉の呼び鈴だ。


「はぁ。客か」


 私はそう言って、白いワンピースの上から黒いローブを羽織り、私自身に魔術を掛ける。特徴の黒橡(くろつるばみ)色の髪以外印象に残らないように細工をしたのだ。別に顔がバレたからと言って、元々引きこもりなので問題ないのだが、家に迷惑をかけるとグチグチと言ってくる者がいるので、念には念を入れておかないといけない。


「サイファ。暇なら鳥を捌いておいてくれ、今日は焼き鳥だ」

「じいさんが塩よりタレがいいと言っていたぞ」

「味付けは捌いてからだ」


 私はそう言い残して、呼び鈴が鳴ったほうの扉に向かっていく。


 因みにサイファが言うじいさんというのは、賢者様と呼ばれている老人だ。本に埋もれた部屋にこもって、食事のときに散歩がてら我が家に食べにくるのだ。

 しかし、私も騙されたのだが、老人という姿が嘘だったとはな。


 賢者はエルフ族だった。だから、本来の姿は美青年だ。だが、島の皆にも老人として接しているので、賢者イコール老人なのだ。

 絶対に好きに本を読めて、時間になれば食事がでてくる、いい場所と思っているのだろう。


 未だに呼び鈴が鳴り続ける部屋は、魔女の部屋らしく、古びたきしむ床に、天井には蜘蛛の巣があり、暖炉には冬も夏も絶え間なく火が入り続け、何か謎の液体が入った鍋が火にかけられている。


 そして、呼び鈴が鳴る扉の前には長いカウンターテーブルがあり、こちらには入って来られないようになっている。

 実際、空間を隔てているので、王都側からこちらにはこれないのだが。


「入ってきなさい」


 カウンターテーブルの席についた私は、呼び鈴が鳴り続けている扉に向かって声をかけた。


 すると今まで何をしても開かなかった扉が開けられるようになったので、呼び鈴が鳴り止み、ギギギっと蝶番がきしむ音を響かせながら、開いてく。


 開く扉の向こう側には、深くフードを被った人物が立っていた。魔女に用があるということは、やましい理由があるということだ。


 深く外套のフードを被った人物は、一枚の紙を私に差し出してきた。


「この人物を探して欲しい」


 探し人か。それぐらいなら、魔女ではなく探偵に頼めばいいのに、面倒だな。


 紙に書かれている人物は、黒髪に黒目の魔女か。ああ、魔女の繋がりで魔女を探して欲しいと。残念ながら、私には知り合いの魔女はいない。


「人探しなら、探偵を雇いなさい」


 そう言って紙を突き返す。これは魔女の仕事ではない。


「今まで、どのような伝を使っても探せ出せなかった」

「それでは、もうその人物は死んでいるのでしょう」


 まとっている外套は仕立ての良い外套だ。目の前の人物は貴族だ。貴族の依頼は面倒だから受けたくないのが、本音だ。それに貴族が探せなかったのなら、死んだことにしておいたほうがいい。

 きっとその黒髪黒目の女性は貴族から逃げる為に姿を消したのだろう。


黒橡(くろつるばみ)の魔女はどんな依頼も受けると聞いたのだが?」

「はぁ。それは貴族からの依頼以外はと、つきますね。お帰りください」


 私は扉に向かって手を差し出し、帰るように促す。


「魔女の名はイズミだ。今も生きているはずだ」


 魔女イズミねぇ。聞いたことはない。魔女で有名なのは赤銅のメイア。人の生き血を吸ったかのような赤い髪の魔女。

 あとは白銀のリリーか。肌も髪も目も何もかもが白い魔女。


「本人は東方の魔女と名乗っていたが、その名を知るものは誰もいなかった。だが、彼女は実在している」


 ん? 東方の魔女? 黒髪黒目? 名前がイズミ……私だ!

 前世の姿を摸したから黒髪黒目のこのあたりには居ない凹凸のない顔をしていた。……って誰だ? こいつは! なぜ私のことを探している!

 怪しすぎるぞ!


「申し訳ないですが、この依頼はお受けいたしません。他の方を当たってください」


 私はそう言って立ち上がる。

 王都のこの店も一旦閉めるか。買い出しに便利だから王都に店を構えていたが、特にこだわりはない。


「ちょっと待て! さっきの反応は心当たりがあったということだろう!」

「依頼はお受けいたしません。お帰りください」

「いっ!」


 依頼人は私に手を出そうとして、その前の空間に阻まれていた。

 私は強制的に出ていってもらうために、魔術を発動さ……


「魔女さんや飯は、まだかいのぅ」


 背後からの老人の声が、私の術の施行を阻んできた。今、絶対に自分の家からここに転移してきただろう!

 振り返ると腰の曲がった白髪の老人が杖をついて立っていた。


「今、準備中です。この客が帰れば作りますよ」

「魔女さんや、今日はすき焼きが食べたいのぅ」

「今、忙しいので献立の相談はあとにしてください」


 何がすき焼きだ。すき焼きを食べたければ、三日前から言えと何度も言っているだろう! 生の卵を人数分一日でかき集められないのだからな!


「賢者様……」


 依頼人が信じられないという風に言ってきた。

 この依頼人はこの老人が王都に居た頃を知っていたのか。まずいな。


「おい! まだかかるのか? 肉は捌き終わったぞ!」


 サイファが扉から顔を出して言ってきた。

 お前ら、人が帰ってきた早々ご飯をたかってくるとはなんだ!

 この四日間なにも食べていなかったということはないだろう!


「今日は焼き鳥だと言っているのだから、肉を串に刺すぐらいしておけ!」


 接客中だというのに、思わずいつものように叫んでしまった。


「サイファもいるのか?」


 ん? サイファだと? 普通は英雄様と呼ばれていたのだけどな。サイファは名前よりも竜人の英雄様で通っていたのだけどな。


「おぅ。なんだ。噂をすれば、坊っちゃんじゃないか」

「は? 坊っちゃん?」


 私は依頼人を振り返ってみる。上質な外套のフードを外した姿は、先程会ったばかりの麗しの魔術師長のそのものだった。


「もしかして、黒橡(くろつるばみ)の魔女というのはイズミの……」

「『強制退出!』」


 私は店から強制的に追い出す術を発動した。

 そして今まで中にいた漆黒の髪の男性の姿は、この場から消え去った。


 はぁ、今日の仕事は完了した。いや、王都とここを繋ぐ術を解除しておこう。伊達にクロードは魔術師長を名乗っているわけじゃない。

 なんせ私の背後にいる老人のふりをしているエルフから魔術を学んだのだ。それは普通ではない。


「魔女さんや。焼き鳥ならタレじゃからのぅ。早く焼いておくれ」

「私はここと王都の繋いでいる術を解くから、サイファと一緒に肉に串を刺しておいてほしい」

「じじぃをこき使うのかのぅ」


 いや、本来の姿はじじぃじゃないだろう。しかし、これを言うと魔女が老人を虐めるのじゃと島中に言いふらすから、たちが悪い。


「早く串を刺せば、その分はやく食べれるな」

「任せるがよい! ほれ、トカゲの! 肉はどこじゃ!」

「じいさん。俺は竜人だと言っているだろう」

「同じじゃろ」

「違うわ!」


 なんだかんだと、彼らは仲がいい。長命の種族同士、気が合うのだろう。


 さて、外に追い出してから、向こう側から圧力を感じる。

 しかし、しくじったなぁ。なるべくここに入ってくるときに違和感を感じさせないように強固に繋いでしまったから、解除にも手間取ってしまっている。


 今、三十ある術の半分を解除したところだ。

 一番厄介なのか、空間安定だ。これを解除する際になるべく丁寧に解除しないと、空間を固定していた反動が、周りに影響してしまって、空間萎縮が起こってしまう可能性がある。簡単に言えば、無理やり伸ばしてくっつけていたゴム紐をプツンと切る感じだ。

 これはゆっくと徐々に空間を元に戻しながら解除をしていかないといけない。


 こちらは切り離そうとしているのに、扉の向こう側から干渉してくる感触がある。


 いい加減に諦めろよ!


 そもそもイズミとして側に居たのは一年ほどだ。それも十七年前も昔のこと。なんで今さらイズミを探しているんだ? 文句でも言いたいことがあるのか?


 干渉してくる魔力をことごとく、弾き返す。


 魔術師長の仕事が忙しいのだろう?

 こんなことに時間を割いている暇なんてないだろう?


「ふぅ。あともう少し」


 あと少しで空間の接続が解除される。そうため息を吐いたときに、空間にヒビが入った。


 空間干渉!

 無理やり力技で介入してきやがった。


 それも王都側じゃなくて、島のほうに直接介入してきた。


 ヒビが入った空間から漆黒の髪の男性が現れた。ちょっと強引すぎないか?


「イズミなのか?」


 そう言って私に伸ばしてきた手を叩き落とす。ここまでして、言いたい文句ってなんだ? 十七年も経っているんだぞ。


「私はイズミという名ではありませんので」


 私はきっぱりと否定する。私の名には『イズミ』という文字はどこにも入ってはいない。


「それに私は黒橡(くろつるばみ)の魔女を名乗っているように、黒髪ではありません」


 よし! これで言い逃れが出来た!


「自分自身に姿形が印象に残らない魔術を使っているのにか?」


 そう言って再び伸ばしてきた手を、私は叩き落とす。そして、私に掛けていた術を解いた。


「私は先程いいましたよね。お互いに干渉しあわないと」


 私はレイラリズ・グラシアールの姿で、クロード・アズヴァールに向き合った。私の姿を見て息を呑むクロード・アズヴァール。


「約束は守ってくださいね。旦那様。それからお帰りは自力でお帰り願います」


 既に王都にあった店との繋がりを切ってしまったので、クロードには自力で帰ってもらわないといけない。


「本当にイズミではないのか?」

「失礼ですが、何年前の話しでしょうか? 賢者様とサイファの知人のようですが、イズミという魔女はここにはいませんよ」

「十七年前だ」

「そうですか。それでは私が知らなくて当たり前ですね。その頃は私は五歳ですから」

「五歳……」


 私は嘘と真実を織り交ぜて話す。魔女イズミを知っているのは、ここではサイファと賢者しか居ない。だが、彼らは魔女と私のことを呼ぶが、名では呼ばない。私が私を示す名を嫌っているのを知っているためだ。

 だから、島の者も私を魔女としか知らないし、呼ばない。


 そして、十七年前は私が五歳というのも本当だ。ただ姿を変えていただけ。


 呆然としているクロードを置いて、私は部屋を出ていった。

 残念だったね。どんな文句を言いたいのか知らないけど、やっと探り当てた魔女イズミの痕跡は、跡形もなくキレイに無くなってしまったのだから。


 魔女は決して真実の名を己からは口にはしない。魔女の力は膨大だ。そして、その知識も膨大だ。だから己の名を術に組み込められるのを防ぐために、真実の名を名乗らない。そうレイラリズ・グラシアールの名は私の名一部でしかないのだ。



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