第2話 五歳の魔女は十二歳の少年の面倒を見ることになった
私は生まれてから普通ではなかった。それは前世の記憶という物をもっていたために、精神は生まれてからずっと大人だったのだ。
両親は気味が悪いと近づくことはなく、祖父の家にずっと預けられていたのだ。
それはそうだろう。生まれてすぐに、よくわからない言葉で『ここはどこですか?』とか聞いてくる赤子は普通ではない。
祖父も祖母も放任主義だったのか、私があっちこっち行っていても問題にすることなく、この島を見つけて色んなものをお土産として持って帰れば、喜んでくれた。
そんなおり、お祖父様が私を王都に連れて行って、アレン大叔父様に引き合わせたのだ。
「おお! 本当に亡き妻にそっくりだ」
金髪の大柄の男性が、満面の笑みを浮かべて私を青い瞳で捉えてきた。
どうやら私はアレン大叔父様の奥様に似ているらしい。それもそのはず、お祖父様の妹がアレン大叔父様の奥様だったのだ。
それも貴族社会では珍しい恋愛結婚だったそうだ。
私はそのアレン大叔父様から首が取れんばかりに頭を撫ぜられた。いや、体格差を考えて欲しい。
「それでこの子が変わっていると」
「変わっているな。この前処刑された英雄殿のことも、憤っていたな。結局利用価値が無くなれば、捨てられるのだなと。貴族社会をよく理解している」
「ほぅ」
お祖父様とアレン大叔父様は身分に差があるものの、長年の親友のように話していた。きっと身分を越えた何か繋がりが二人の間にあるのだろう。
「レイラ嬢。友達を作ってみないか?」
唐突に私に友達を作らないかと言ってきたアレン大叔父様。しかし、私は首を横に振る。貴族の令嬢とは絶対に反りが合わないとこは、私自身がよくわかっている。
「では、親に捨てられた子に、生きることの楽しさを教えてはくれないか?」
どうしても、私と関わらせたい人物がいるようだ。それも親に捨てられた子供とは聞き捨てならない。
「なぜ捨てられたのですか?」
私は聞いてみる。私のように生まれてから大人の精神を持っている人なら話が合いそうだという期待を込めてだ。
「その家は歴代多くの魔術師を輩出してきた名門の家系でな。その子は魔力が多い黒髪にも関わらず、魔力が扱えないのだ」
ああ、これは無能扱いされているということか。しかし、それなら五歳の幼女にできることはない。自分より幼い子どもが優秀だと知れば余計に拗れるだろう。
「それは私では駄目です。私はグラシアール家の血筋で、大人顔負けの魔術を使いこなします」
グラシアール伯爵家も昔から多くの魔術師を輩出してきた家だと名が知れているので、同じ境遇で、奇人的に魔術が扱えるとなれば、その子はきっと立ち上がることはできなくなる。
「ふむ。五歳でここまで頭が回るとは、聞いていたとおりだな」
私は断っているというのに、何故か満足した顔をアレン大叔父様は浮かべている。
「大人の姿になれると聞いたが?」
「お祖父様からですか?」
私は横目で私に似たお祖父様を睨みつけます。漆黒というより濃い青みがかった黒の黒橡色の髪に、血のような赤い瞳が印象的な細身の五十歳ぐらいの男性を、同じ赤い瞳で睨みつける。いったいどこまで話しているのかと。
「それで公開処刑されるはずだった英雄殿を助け出したと」
「私は仮にも英雄という立場だった人物の処刑の危険性をこっそりと進言しただけですよ」
「決まった処刑を島流しに変更させる洗脳能力も素晴らしいものだな」
「ちっ!」
全部話しているではないですかお祖父様!
「公爵である貴方は、五歳の子供を脅してくるのですか?」
「いやいや、世の中には理不尽で満ち溢れている。その理不尽を覆すのは勇気がいることだ。公爵の地位にあっても何も罪が無い英雄殿を助けることはできないのだ」
無実の英雄を助けることはできないと口には出しているが、助けるメリットがないのと、貴族社会で生き抜くには見て見ぬふりをしたということなのだろう。
「ときに賢者殿が書庫の中身と共に行方がわからないのだが、知らないか」
賢者。それは王都にある国立図書館の館長だろう。自分のコレクション部屋にこもって中々出てこない人物として有名らしい。
「さぁ。私は賢者殿という人物は知りません」
例の英雄を助けるときに、今の王が何かと自分を引っ張り出してきてウザいと言ってきたのだ。何故か王城でこそこそ動いているときにだ。
いや、私は今隠密行動中なのだけどっていう状態で、堂々と話しかけてきたものだから、それどころじゃないからと、英雄と一緒に島流しになればいいと適当に言えば、本当に英雄と一緒の船に乗って島流しになっていた。
今では英雄と一緒に自由な時間を堪能しているようだ。
そうして私は二十歳の黒髪黒目の女性の姿で、問題の少年に会うことになったのだ。
「クロード・アスク・シャルヴァールだ」
私の前に連れて来られた少年は、ガリガリに痩せた十歳ぐらいの少年だった。
「今年で十二歳になる。来年には王立ファラーガリア学園に通うことになるのだが、それまでの一年間、共に過ごして欲しい」
十二歳? そのようには見えないな。これ親に捨てられたというより、使用人も構っていなかった感じだな。よく生きているなという風貌だ。
もう目が死んでいる。全てを否定しているようだ。
他人も自分自身も生きることも死ぬことも。
「私はイズミだ。一年間無人島で生きてもらう」
とは言っても聞いてはいない感じだ。
「一つ確認したいのですが、定期報告は必要でしょうか?」
「いや、必要ない。一年後、元気な姿で戻ってくれればいい」
アレン大叔父様は結局人任せという感覚なのだろう。いや、所詮貴族というのはそういうものだ。
「私には連絡を入れなさい。妻も心配する」
お祖父様は定期報告をするように言ってきた。これは私を家族だと思ってくれているのだろう。私にはお祖父様とお祖母様がいてくれたから、この少年のようにはならなかった。いや、その前に私なら家から飛び出していたか。
この少年は結局のところ貴族というものに囚われているのだろう。
尊い血を受けつぐ者にならなければ、いけないという周りからの圧力に負けてしまったのだ。
「わかりました。月に一度手紙を転送します」
そう言って私は少年を連れて、海に囲まれた孤島に転移したのだった。