第18話 黒橡の魔女が発言します
二人の王子を殺した王弟は、ニヤニヤとした笑みを、真面目な顔に戻し、再び正面の方を見た。
そして二人の王子を直接殺した白軍服から、王笏を受取り、己が次代の王のように振る舞う。
何? あの王笏……凄く気味が悪い気配を放っている。
それにあの背後に控えている白軍服。あんな良い腕を持つ剣士が、王弟の下についている時点で、王子たちに勝ち目はないだろう。そして王太子の王子もだ。
アレほどの剣士に護衛され、上司として命じれば魔術師長であるクロードは動かざるえない。
思っていた以上にあの王弟は上手く身の回りを固めているようだ。
しかしあの剣士の剣技を見た記憶があるけど、あんな技を使える人が他にいたのか? まぁ、世界は広いということだ。
「でも……あの杖……どこかで見たことがあるような?」
私は記憶を探りながら、小声で呟く。すると隣のクロードの肩がピクリと動いた。
ん? クロードは知っている?
「見よこの王笏を」
王弟はそう言って気味が悪い気配を放っている杖を掲げる。
見た目は金色の柄の上に鳥かごのような円状の柵があり、その中央には宙に浮いた虹色の球状の宝石が入っている。
「この国の守護神であらせられる初代国王がこの国を造られたときに、掲げていた『レリーキアテュシアー』です」
ごめん。一回では聞き取れなかった。なんだって? レリー……キ……シアー?
あれ? この変な名前、じじぃから聞いたことがあるぞ。
なんだったかなぁ。じじぃの部屋に埃をかぶった杖があって、それが時々移動しているから、使っているのかと聞いたら、勝手に動くから放置しておけと言われた気がするな。
それの名前が『レリーキア……シアー?』
初代国王が世界を混沌に陥れていた『深潭の竜王』とか名乗っている、イタい奴を倒したときに、始末ができなくて、じじぃが放置しているとか言っていたやつだな。
……じじぃ! 何を王弟に渡しているんだ!
それを目にした人たちからざわめきが沸き起こる。いや隣のおっさんは無関心そうだな。後ろからか? いや後ろからじゃないな。
どこから声が聞こえてくるのだ?
「私はこの『レリーキアテュシアー』を掲げ、世界に宣戦布告をします。我がザルファール国はザルファール帝国と名を変え、この世界の国々を手中に収めましょう」
その王弟の言葉に私の中で、なんとも言えない憤りが沸き起こってきた。何に怒っている? 私はわたし自身のことが、よくわからなくなることがある。
でも、自分のすべきことはわかっている。
そう、世界が怒っているのだ。私はため息を一つ吐き、魔力を練り上げる。
「ここには幻影を残しておく」
私はクロードに小声で告げて、影に潜り込むようにこの場を離れた。影から影に移動する魔術もグラシアール固有の魔術だ。
私が姿を現したのは聖堂の屋根の上、北側の影になっている場所だ。漆黒の喪のドレスの色を黒橡色に変える。そんなには変わらないけれど。ベールも同じく色を変え、結っていた髪をとき、ベールから黒橡色の髪が垣間見えるようになる。
そして辺りを見渡すと、聖堂の周りに多くの人々が集まっていた。いや、よく見ると広場や公園など、喪の衣服をまとった人々が集まって、ある一定の方向を見ているのだ。
あれはなんだ?
人々は空中に浮かんでいる四角い何かを見ている。私は遠見の魔術で人々が見ているものを見てみた。
は? スクリーンなんてこの国にあったのか?
空中には聖堂の中の様子が映し出されたスクリーンが存在していた。こんなものがあったなんて、私は初めて知ったよ。
ん? スクリーンの端に変な紋様が入っているな。あれはイカれた魔工具技士が作品にいれる紋様に見える。
あ……これで民意を操作している? それも一つじゃなさそうだ。もしかして、国全土に展開しているとか言わないよな。
はぁ、こういうところが、じじぃを敵に回すと厄介なところなんだよなぁ。
王弟が王子二人を殺したのは国民にはバレバレだ。
こうなるとアレもじじぃの作戦なのか。よく考えたものだ。いや、伊達に建国の賢者なんて言われてなかったということだ。私には思いつかない発想だな。
さて、私はもう一人の役者を探す。近くにいるはずだ。彼はここで存在感を示さなければ、王位から遠ざかるだけだ。
人探しの魔術を使うと、既に聖堂内に入っているようだ。私の魔力を伸ばして、位置の把握をしておこう。
私は黒橡の魔女。
世界を再び混沌に陥れようとしている王弟カルムオールレイに、死の宣告を与えにいきましょう。
私は短距離の転移で、聖堂内の天井に転移をして、王弟がなにか演説している中、王弟の背後にゆっくりと降りていき、空中で停止をする。そして視線を上げると、侍従のディオールさんと目があった。
中二階みたいな突起物の空間に身を隠したディオールさんがこちらに水晶のようなものを向けている。
これがカメラか!
私が姿を現したことで、聖堂内がザワザワとざわめき出した。それも前列の方々がコソコソ話していることから、国王が魔女に殺されたことは、それなりに広まっているらしい。
「我は黒橡の魔女である。『深潭の竜王イーラシオン』を魔王に変えた魔導の杖を持つ者よ」
私が空中から声をかけると、王弟は振り返って私を見上げてきた。
「黒橡の魔女が発言します。再び世界を混沌に陥れようとするお前には、苦しみを与えてきた者たちから死を与えましょう。まずは一人」
私は王弟の前に立つ、白軍服を人差し指で差す。白軍服たちは白い制帽を深く被っているので、私から見れば誰もかも同じ様に見えてしまう。
しかし、異質なのは中央の王子たちを殺した軍人だ。一番殺気が強く漏れ出ている。
「念願だった弟の敵を取るとよい」
私が言い終わるかどうかという瞬間に、中央の軍人は剣を己の後方に突き刺した。その剣は王弟の腹に吸い込まれるように突き刺さった。
「魔女殿。感謝する」
そう言って白軍服の軍人は事切れた人形のように倒れてしまった。いや、冷たい床に倒れているのは人ではなく、のっぺらぼうの顔がない人形が白い軍服を着ているのだった。
それを機に白軍服たちは次々と剣を抜き、王弟に突き刺していく。……じじぃ。どこからこんなに、王弟に恨みを持つものを集めてきたのだ?
白軍服たちは一撃を与えるごとに人形の姿に戻っていく。
魔工具技士! どれだけ人形を作り上げたんだ!
絶対にあいつに戦争の道具は作させてはいけないことが、再認識できた。
そして、床には動かなくなった白軍服の人形たちと、剣が突き刺さったままうめき声を上げ、床に血を流しながら倒れている王弟がいる。
私は右腕を振って、王弟に突き刺さった剣を取り除き、痛みを取り除いてやる。
「貴様ぁ! 魔女と言っても所詮は人だろう!」
王弟は立ち上がりながら、怪しい杖を持ち上げ、私の方に向けてきた。
あ、傷は癒やしていないから、血が吹き出しているよ。
「閣下。魔王イーラシオンの魔導の杖『レリーキアテュシアー』は、封印されていたはずです。その封印を解く行為は、閣下と言えども許されることではありません」
魔術師長モードのクロードが、王弟の手から杖を弾き飛ばす。すると空間から手が出てきて、杖を回収していった。
じじぃ。ホラーみたいで怖いから、その回収方法はやめたほうが良い。
「では、最後の一人」
私は左を王弟の正面にかざす。するとそこには円形の陣が光を帯びながら出現した。その光の中から金髪の青年が姿を現す。
王太子の王子のジャンハルトだ。
その姿は正に戦場に立つ戦士。『深潭の竜王イーラシオン』を倒してこの国を作り上げた初代国王を彷彿させる姿だ。
「正当な王位の継承者として威厳を示すがよい。そして王太子の敵を討つがよい」
王族殺しは色々問題だ。結局、王族として王族に死を与えるのが一番いい。
「それともこの黒橡の魔女が、直接手をくだしてもよいのだぞ」
すると王子はこちらを向き、首を横に振った。
「父上の敵を討てる機会をくださり感謝をいたす」
そう言って剣を抜き、横一線に振るい、立ち上がるのがやっとの王弟の首をハネた。
王子は血に濡れた剣を上に掲げる。それはまるで、王太子である父親にその姿を見せつけるようだ。
胴と首が離れ倒れていく王弟。
「死を悼む場にて、このような騒ぎを起こしてしまったことには、王族を代表して謝罪する」
王子は王族にも関わらず、貴族たちに向かって頭を下げた。その行為に、いっそうざわめきが大きくなった。
まぁ、あの王子は放置して大丈夫だろう。友達がいなさそうなほど、性格が悪いしな。
私は王子が王族としてこの国を治めていく宣言を聞きながら、ゆっくりと床に降りていき、そのまま影に沈んでいく。
あ、そう言えば白軍服の人形もいつの間にか消えてしまっていたな。じじぃが回収したのか。
私を見ている視線を感じたが、それを無視して、どぷっと棺の影に消えていったのだった。
「という感じになりましたが、依頼者として如何ですか?」
私はベッドの上で、病人のふりをしているアレン大叔父様に結果を報告している。
「ふむ。クルーセイム殿下とヴァイレール殿下も亡くなられたのか?」
第二王子と第三王子は白軍服に殺されたね。でもこれはじじぃを引っ張り出したからだ。あと、剣士は王族に恨みがあるようだったからね。
「アレン大叔父様。それはじじぃを引っ張り出した結果ですね。私が行ったのは賢者のじじぃを引っ張り出したことと、死の宣告をしただけです」
「むむ。……いや、ジャンハルト殿下が王に立つように導けただけでよしとするか。今も昔も変わらず、賢者様は恐ろしいな」
今回のシナリオの鍵は、王子に花を持たせることができるかだったと思っている。
そして裏で大活躍したイカれた魔工具技士。今回のことでいったい、どれほどのものを作ったのだろう。
最初に王弟に近づいたのは白軍服だ。きっと王弟にこう言って近づいたのだろう。
貴方が王に立つにふさわしい王笏があるのですよと。
中身が剣士の白軍服がだ。
しかしよく魔女の契約の穴をついたものだ。肉体は島に置いて、精神を人形の中に入れ、王弟に近づく。まるで悪魔のような所業だ。
そして真実を国民の目にさらすための巨大スクリーンを各所に配置する。その映像を見た国民は思うはずだ。この王弟は自分で王子二人を殺したのに、平気で嘘を吐くやつだと。
ああ、そう言えば……
「アレン大叔父様。前列に並んでいる貴族の方々から動揺が見られなかったのですが、これはアレン大叔父様がお声がけしたからですか?」
「レイラ。おじいちゃんと呼びなさいと言ったはずだが?」
「あ……え……お……お祖父様が……」
「レイラ。違うだろう」
くっ! 何故におじいちゃん呼びにこだわるのだ。
「お……お……じぃちゃんの……お陰ですか?」
「そうだぞ。レイラ。おじいちゃんだぞ」
ベッドの上で病人のふりをしているアレン大叔父様が、ベールを外した私の頭を撫ぜてきた。
一つ聞いていいだろうか。
アレン大叔父様は私を何歳だと思っているのだろう。いや、クロードと婚姻をさせたのだから、成人しているとは理解しているはずだ。
その時、私の足元が光り、床に円状の光が浮かび上がってきた。え? こんなところに転移でくるバカがいるわけ?
「レイラ! なぜ戻って来ない……アズヴァール公爵! レイラは私の妻だと言っていますよね」
転移で来たバカはクロードだった。
そのクロードは私の頭を撫ぜているアレン大叔父様の手を払い、私を引き寄せる。
「クロードよ。レイラはわしの孫である」
「違います」
「おじいちゃんと呼ぶ孫である」
「呼ばされているだけです」
私は否定をする。公爵であるアレン大叔父様を『おじいちゃん』呼びを普通にできるほど、私の肝は座っていない。
するとくるりと身体の向きを変えられ、私はクロードの方に向かされた。
「レイラ。俺のことを一度、旦那様って呼んだよな」
「嫌味を込めてね」
「これからそう呼んでほしい」
「断る」
「何故だ。籍も入れたし、結婚式もしたし、一緒に暮らしているじゃないか!」
言っていることには間違いはない。だけど、それとこれとは話は別だ。
「結婚式をした? どういうことだ? わしは知らぬぞ」
クロードの言葉に反応したアレン大叔父様は、病人のふりを止めたのか、ベッドから降り立って私達を問い詰めてきた。
あの結婚式は聖女が言い出して、祭りごとがない島のイベントとして扱われたにすぎない。
結局、すき焼きを食べて、酒を飲んで騒いでいただけだ。
「魔女の島で、聖女カリーナ様が祭司をしてくれた結婚式ですよ。アズヴァール公爵は島に入る許可がないので、残念でしたね」
「くぅぅぅ!レイラ。一年後の結婚式は盛大にするぞ。ドレスはどんなものがいい? 一番高いやつでよいぞ」
「アズヴァール公爵。レイラのドレスは私が決めますよ」
「場所は聖堂でもよいが、今回のことがあったからな。アズヴァール公爵邸の庭園でも良いぞ。教会は好かぬだろう?」
「アズヴァール公爵。それも私がレイラと決めますよ」
いや、なにそこで二人で張り合っているのだ?
ディオールさん、早く戻って来てくれないかなぁ? アレン大叔父様のなんでも孫に買ってやるぞモードを止めて欲しい。
そんなこんなで、アレン大叔父様からの依頼の賢者のじじぃを引っ張り出して、王弟殺すぜ作戦は終わった。
結局、私は何もしていなかったけどね。