第16話 鍵は建国の賢者
アレン大叔父様に三週間後に王都に来るようにと言われ、クロードは大量の書類を渡され、目を通しておくように言われ、アズヴァール公爵邸を後にした。
私には結婚式の資料を渡してきて、決めておくようにとも言われた。
一年以上先のことだから、今渡さなくても良かったと思う。
これからアレン大叔父様は王弟の悪事を知らしめる行動にでるのだろう。流石に公爵であるアレン大叔父様に王弟が手をかけるとは思わないけど、何か護符でも送っておこうか。
そして私の家に戻ってきて目にしたのは、庭に出来たよくわからない構造物だった。
いや、アズヴァール公爵邸の玄関扉と私の家を繋いだために、またしても外に出る形で帰って来てしまったのだ。右手がクロードに繋がれたまま。
いい加減離してくれていいと思う。
「なにこれ?」
取り敢えず、外で怪しい作業をしている三人に聞いてみた。
「ん? ああ、帰ってきたのか。魔女が言っていた物を作ってみたのだ」
サイファがいい仕事をしたと、額の鱗を右手で拭いながら言ってきた。トカゲって額に汗をかくのか?
「大きさがおかしいって気がつけよ!」
私の目の前には大人の身長ほどの小屋が建てられていた。その屋根には大きな星型の穴が空けられ、反対側にはハート型。壁には丸や四角や三角の窓のような穴が空けられている。
「子どものおもちゃだと言ったよね! それだとその中に入って遊ぶ場所になっている! おもちゃは子どもの小さな手に持てる程度の大きさ!」
そう、色を塗ればきっとファンシーな子どもの遊び場になりそうな小屋が出来ていた。
「ふむ。手にもてるサイズかのぅ」
そう言って、ジジイは小屋としては使い物にならない穴が沢山あいた建物の下に魔術の陣を展開し始めた。
なにか強引なことをしようとしている。
そして金色の光る陣が消えたかと思えば、大人の背の高さの建物はなくなり、代わりに小さな建物が地面に転がっていた。
「これぐらいかのぅ」
「確かに手に持てる大きさだ」
そして、サイファとじじぃの他に剣士がこの場にいた。私とクロードがアズヴァール公爵邸に行っている間、これにかかりっきりだったのか?
そうだ。剣士には言っておこう。
「剣士殿。先程アズヴァール公爵邸に行っていたのだけど、アズヴァール公爵から変わった依頼を受けたよ」
「あの御仁が魔女殿に依頼を?」
まさか公爵とあろう者が魔女の力を借りようとするなんて普通は思わないだろう。
「王弟を殺して欲しいって」
すると剣士はなんとも言えない笑みを浮かべた。これを狂気じみた笑みと言うのだろうな。
瞳孔が開いた目に、三日月のように歪んだ口元が、剣士の王弟に対する感情を表していると言っていいだろう。
「でも、私は依頼では命は奪わない。世界に王弟が生きることを否定してもらわないと、残念なことに魔女である私は動けない」
「俺をこの島から出せ」
狂気じみた笑みを浮かべながら、剣士が近寄ってきた。
私はその言葉に首を横に振る。
「動けるのはじじぃだけだね」
「おや? わしに何をさせようとしておるのかのぅ? 魔女さんや」
別に何かをしてもらいたいわけではないけど、実際この島で自由に出入りできるのが、じじぃとクロードだけだ。
「マレイア共和国がザルファール国にじじぃが居ないことを知ったのだって、それで戦争する気満々らしい」
「ふむ……そっちは王太子が出ていた戦場であるのぅ。だからと言ってわしに何が関係するのじゃ?」
「アレン大叔父様曰く、王弟はエルフの人身売買をしているらしい」
「ほぅ」
「じじぃが居た頃は、じじぃが目を光らせていたから出来なかっただろうけど、建国の賢者様だっけ?仰々しい存在が居なくなったから好き放題しているらしいよ」
「ほぅほぅほぅ」
じじぃがフクロウみたいな声を上げだした。サイファはじじぃから距離を取っていき、肉を調達してくると言って逃げ出してしまった。
え? 狂気じみた笑みを浮かべている剣士とフクロウみたいな気味が悪い声を出しているじじぃを置いていかないでほしい。
「でさぁ。多分死の魔女が動くには民意が必要なのかなぁと私なりに考えてみたのだよ。国王には死の宣告をして、教主には宣告しなかった。この違いって罪の重さかなぁと思ったのだけど、教主は外面がよくて人当たりがいい人物に見えると、聖騎士が言っていたから、この辺りなのかなぁと思ってみたわけ」
するとじじぃはクロードを手招きして、こっちに来るように示唆した。今のじじぃに逆らうのは良くないと感じ取ったのだろう。クロードは素直に従って、じじぃのところに赴いていく。
さて、種を撒いたから、後はじじぃが動くだろう。これがアレン大叔父様の望みだ。結果どうなろうと私は責任は取らないけれどね。
しかし、クロードを生贄というのが、未だに理解できない。私は人食い魔女じゃないのになぁ。
家に入って行き、アレン大叔父様に渡す護符でも作ろうかと考えていると、どこからかリンリンと呼び鈴がなる音が聞こえてきた。
おや? 王都の店の呼び鈴が鳴っている。
私は亜空間収納から黒いローブを取り出す……そう言えば今は喪服だったな。そのままベールをかぶれば黒橡の魔女の姿になる。面倒だからこのままでいいか。
外套をしまい、黒橡の色のベールを取り出して頭に被る。
そして真新しくなったものの、わざわざ古びた感じを出した魔女の部屋に入って行った。部屋の内装は以前と変わらず、王都と島との境界は長いカウンターテーブルで遮られていた。
「入って来るが良い」
王都側の扉の外にいる人物に向かって言う。すると今まで開かなかった扉が、ひらくようになり、外から一人の人物が入ってきた。
「魔女様。言われたとおり困ったことに陥ったので助けてください」
王太子の王子だった。
金髪の髪は手入れを怠っているのか、艶やかさはなくなり、目の下にはクマができている。
まるで着の身着のまま逃げ出してきた者のようだ。
「話を聞きましょう」
私はここに来た用件を言うように促す。
「信頼していた部下に裏切られましてね。どうにもならない状況なのですよ」
いや、私は依頼を言えと言ったのだ。誰が状況報告をしろと言った。
「依頼内容を言ってください」
「少しだけ話に付き合ってください」
この一週間の間にきっと色々あったのだろう。しかし考えればわかることだ。彼に付き従う者は王太子という人物の栄光にすがりつこうとしていただけに過ぎないと。
王太子が亡くなり、今は王弟と第二王子と第三王子が争っている状況だ。長いものにまかれろというのなら、彼から離れていったほうが無難だということ。
「今の王都はどこにいても魔術師の目があって思うように動けないのです。伯父上に連絡を取ろうにも取る手段もなく、部下も居ない。私の未来はもうないのでしょうか?」
「ご自分の生死をお聞きになりたいと?」
「いいえ。いいえ。魔女様、貴女のお力をお借りできないかと思い、訪ねたのです。対価は、私の魂でいかがでしょうか?」
……どいつもこいつも私を人食い魔女にさせたいのか?
「勿論、それは私の死後の話ということで」
いや、私は人の魂なんていらないし、それはぶっちゃけ、対価は支払わないと言っているにすぎない。
「話にならない。帰りなさい」
私は右手を振って外に出るように促す。この前会ったときは、したたかな人物だと思ったが、所詮部下を失えばこんなものか。
「待ってください。魔女様は建国の賢者様の居場所を知っていらっしゃるのですよね。その居場所であれば対価は如何ほどなのでしょうか?」
「知っているが、お主には決して行けぬばしょに居る」
「くっ!」
「それに賢者に頼っていて、国を治める者になり得るのか?」
賢者に頼らない国を次の王はしていかないといけない。恐らくこれがアレン大叔父様が言う誰が王になろうが、戦いの道にこの国が進んでいくということなのだろう。
実際、彼が王に立つのは茨の道だろう。しかし、こういう話は民衆受けする。どん底から這い上がって王に立った王子。
民意を得るには彼は適している。
「王都の外に出すぐらいなら、銀貨一枚で請け負おう」
その言葉に王子は顔を上げた。一番は王都から辺境に連絡が取れなくて困っているのなら、自分で辺境に行けばいい。
「自分の足で辺境に向かい、自分の足で帰ってくればいい。身分も何もないジャンハルトとしてな。そのときに得た仲間はきっと生涯の仲間となるだろう」
その道中でであった人物は王太子の子としての王子ではなく、ただの一人のジャンハルトとして見てくれるはずだ。
するとカウンターに銀貨を五枚置いた。
ん? 五枚? 私は一枚でいいと言ったのだが?
「行けなくていいので、建国の賢者様の居場所を教えて欲しい」
「なぜ?」
「もう誰も賢者様を頼ることができないと、知ることができればいいのです」
……ごめん。アレン大叔父様がすごく頼ってきたよ。
「この国から海に出て一週間、海竜と戦い、クラーケンと戦い、死の船団を打ち負かした先にある孤島に賢者は住んでいる。しかし、そこの住人もクセ者ぞろいだから、上陸もままならないと思う」
「ははははははっ! それは絶対に行けそうにない。流石建国の賢者様ということですか」
そう言って王子は身を翻した。あ……まだその扉は王都の路地裏に、つながったままで王都の外にはつながっていない。
「ああ、王都の外には自力で出ますから良いですよ。弟が辺境から一師団を連れてきてくれているので、途中で合流します」
この王子! また私を騙したのか!
これは賢者の横槍が入らないのか確認したかっただけだ!
こいつ! 腹立つ!
「では私からも一つ。とある御仁が私に生贄を差し出して、建国の賢者を動かしました」
「は?」
「賢者も許せないことがあったようですよ。頑張ってくださいね」
私はそう言って今度は強制退去させるために、右手を大きく振った。すると風が起こり、王子は風に煽られて王都の裏路地につながる扉から出ていった。
王に立つにはアレぐらいしたたかな方が良いのかもしれないけど、絶対にあいつ友達できないタイプだ!
私に友達がいるかと問われるとそれも困ってしまうが。
「レイラ! どこに行ってしまったのかと、家中探してしまったじゃないか!」
何故か怒ったクロードが魔女の部屋に入ってきた。もう少し遅かったら、王子に絶対に笑われていたよな。
「いや、客が来ていたし」
するとクロードは私に近づいてきてベール被った頭や肩や手を触ってきた。
「なに?」
「何もされていないな?」
「いや、ただの客だし」
王子だったけれどね。
そして、私はカウンターを指して言う。
「ほら、銀貨五枚程度の依頼だったから、大したことはしていない」
銀貨1枚は一般庶民の夕食一食分の値段だ。見た目では庶民が魔女に依頼したように見えるだろう。
「そうか。しかし、これからレイラがここで仕事を受けているときに俺も居たほうがいいのではないのか?」
「いや、絶対に邪魔するだろう」
「……そ……そんなことはしない」
おい、言葉が詰まっているぞ。
しかし、さっきの話はじじぃに言っておいたほうが良いのか?
流石に一個師団は戦争できる人数だ。第二王子と第三王子はそこまで戦力は保持していないだろうが、問題は王弟の魔術師団だ。
魔術師団と辺境伯の軍がぶつかると王都もただでは済まないな。
ん? やはり王子はここで賢者のじじぃの介入を懸念していたのか。
「そういえば、じじぃに何を言われたの?じじぃは怒らすとえげつないから、ろくな事にはならないだろうね」
「う……賢者様に直接聞いて欲しい」
そうか。言葉にできないほどのことか。
まぁいいか。
「レイラ。今日の夕食は久しぶりにシチューが食べたいなぁ」
「ああ、昔から好きだったやつだな。しかしサイファが肉を狩ってくると言っていたが、それだと鳥肉のほうがいいな」
「じゃ、今から材料を集めに行こう」
そう言ってクロードは私の右手を繋いで、部屋から出るように促してきた。そう言えば、シチューのときは毎回材料を一緒に集めに行っていたな。
……あれか。魔牛の乳牛が必要だからか。この島の生き物は基本的に私には敵対行動を行わないから……私がいないと乳が絞れないのだよね。