第15話 おお!国盗りができそうだ
「レイラ。何を我慢しているのだ?」
私の両手を取って、隣に座っているクロードが聞いてきた。
……何も我慢なんてして……いない……よ。
「国葬には出ない」
私は先程と同じ言葉を言う。出たくないのは本当のことだ。
「レイラ。そうではないであろう? ここの部屋に入って来た時からであったぞ」
ちっ! アレン大叔父様はよく見ている。確かにこの部屋に入ってからだ。
「レイラ。グラシアールの孫は、わしにとっても孫であるぞ。おじいちゃんに言ってみるがよい?」
おじいちゃん……自分で言うなよ。しかし、子供が居ないアレン大叔父様に、奥方に似ているという私には、何かと気を使ってくれた。
「人が多いのが嫌」
私は小さな声でボソボソと言った。私は人の悪意のある視線が嫌いだ。それは私の両親に由来するものだ。
少しでもおかしなことがあると、気味が悪い子が居る所為だと言われた。
お祖父様の家にいるときは良かった。お祖母様も大らかな人で、使用人の人たちも歳がいった人たちばかりで、私の奇行をニコニコと見守ってくれていた。
恐らくこれは私が、魔女だとわかっていたから起こった乖離だと、今は思っている。
お祖父様のところでは、小さな魔女が遊んでいると受け止められていたのだろう。しかし、両親の元では気味が悪い恐ろしい魔女が生まれてきたと思われていたと思っている。いや、実際言われた。お祖父様の葬式のときにだ。
一部屋だけ私に欲しいと言えば、気味が悪い魔女と同じ屋根の下で暮らすなんて耐えられないと言われた。だから私はここは扉だけで、私自身は孤島で暮らしているから安心して欲しいと。
そうすれば、渋々一部屋を私に与えることを許してくれた。
言葉では言われなかったが、お祖父様の病の死も私の所為なのではと疑っていた目をしていた。
しかし、お祖父様が病に伏しているとわかっていれば、私は病を治す薬をお祖父様に与えていただろう。二ヶ月から三ヶ月に一度は顔をみせていたのに、お祖父様の病の進行は早く、葬式が行われると呼び出され、お祖父様の死を知ったのだった。
葬式のときもあの両親の目が忘れられない。疫病神がなぜここにいると訴えている目だった。
そして、この部屋に入ってから、なぜここにいるという視線を受けている。
両親を思い出させる視線をだ。
「ふむ。ディオールよ。公爵夫人となる者はわしが選んだと、この者たちに言っておらぬのか?」
「旦那様。使用人の者たちには、クロード様とレイラ様の婚姻は旦那様がお決めになったことと、周知しております」
アレン大叔父様の言葉に、背後に控えていた侍従のディオールさんが答えている。
しかし、部屋から一歩も出てこない公爵夫人など普通はありえない。それも一人も侍女を連れてこず、食事も取らないおかしな公爵夫人が、クロードと共に戻ってきたのだ。
それはおかしいと気味が悪いと思うだろう。
「アズヴァール公爵。私が公爵の地位を受け継いたときは、そこの者たちを解雇して問題ないでしょうか?」
「いや、必要ない。ディオール。レイラの機嫌を損ねる存在は必要ない」
クロードの解雇宣言に、壁となっていた使用人の方々からざわめきが起こり、アレン大叔父様の言葉に悲鳴が混じって聞こえてきた。
えっと、解雇とかそこまでは流石に……。
「はい」
侍従のディオールさんは頭を下げて、壁際に控えている使用人の方々のところに行って、部屋の外に連れ出している。
「アレン大叔父様。解雇とか、そこまでする必要はありません」
私はちらちらと横目で、退出していっている使用人の方々に視線を向けながら、アレン大叔父様に言った。
「レイラよ。重要なのはわしが、クロードを跡継ぎとして指名し、レイラをその伴侶として決めたということだ。当主であるわしの意見に反抗するものを、内側に抱えて置くほど、わしは寛容ではないぞ」
ん? もしかして、私はまたアレン大叔父様に良いように使われてしまった? 使用人の判別する指標として。
「レイラ。俺と手を繋いでおこう。そうすれば、レイラの手が傷つくことはないだろう?」
私がもやもやとしていると、クロードはそう言って私の右手を繋いできた。いや、それは特に解決策にはならない。
「さて、本当であれば、新しい当主とその伴侶を、結婚式でお披露目するはずじゃったが、一年間は慶事ごとを控えなければならなくなったのでな。国葬で存在感をアピールしてもらおうと思っておる」
「アレン大叔父様。とても失礼なことを言っています」
葬式でお披露目って、どう考えてもおかしい。せめて別の形……いや、夜会も控えなければならないから、そういう形でも無理なのか。
いや、いっそうのこと、お披露目をしなくてもいいと思う。
「レイラよ。この国は戦争の道に進んで行くことだろう。それは次の王が誰になってもだ」
それは王弟でも第二王子でも第三王子でも、王太子の王子でもってことか。なぜそこまでして戦わなければならないのだろう?
「一つは建国の賢者様がこの国を離れてしまったことが、他国にバレてしまったことだ」
「え? 賢者のじじぃが居ないことが問題に?」
「レイラ。他のところでは賢者様をそのように言ってはならぬぞ。建国の賢者様はこの国にとって抑止力であった。しかし、いくら隠してもバレる時は来る。一番の問題はマレイア共和国がそれを嗅ぎつけてしまったことだ」
ああ、エルフの魔導師がいる国か。じじぃが何か言っていたような気がするが、忘れたな。
「それでわしは考えた。クロードだけでは戦力としては乏しい。となれば、建国の賢者様に出てきてもらうのが一番いい。ということは、レイラ。君をここに引っ張ってくる必要があった」
いや、私をこの国の中央に連れてきたからと言って、私が戦争にかかわることもないし、じじぃが戦争に出しゃばってくることもないだろう。
「建国の賢者ソーリスアクティスリヒト様」
おお! じじぃの名前をスラスラ言うアレン大叔父様、カッコイイぞ。大抵の人は名前が長すぎて賢者で済ますというのに。
「英雄サイファ殿」
ん?
「聖女カリーナ様、聖騎士ミランヴィルト殿、魔工具技士クエント殿、剣士ラクス殿。この者たちだけでも国盗りは可能であろうな。その者たちを従えている黒橡の魔女レイラリズ。敵には回したくないものだ」
え? いや、私は国が欲しいとは思わないけど?
しかし、名前を並べられると、ヤバイな。
じじぃ一人だけでも、国を滅ぼせるだろう。サイファは竜人という種族もそうだが、一人で戦場をひっくり返したと言われている英雄だ。
聖女カリーナは今は呪いを振りまく聖女だ。側によるだけでも死に至るほどだ。そんな呪いを受けても平然としている聖騎士はその聖騎士の質の良さもあるが、勿論騎士としての腕もいい。
イカれた魔工具技士は、作り出すものが全てヤバイ。戦争の道具を作って欲しいと言われれば嬉々として作るだろうと予想できる。
そして剣士は今や心配性が悪化しているが、その腕は魔工具の義手の所為で、敵う者はほとんどいないだろう。それに奥方のリサのドラゴンすら蹴り殺す義足だ。
うん。国盗りできそうだ。しないけど。
「だから、わしは依頼をしよう。クロードを生贄にして、カルムオールレイに死を与えて欲しい」
「……アレン大叔父様。色々おかしいです」
何? クロードを生贄にって! それにどこから王弟が出てくる要素があったわけ?
てっきり隣国の戦いに参戦しろと言われると思っていたよ。
「どこがおかしいのかね? クロードは五歳のレイラにぞっこんだっただろう?」
「それ十七年前の話! それに姿は変えていた!」
「五歳……」
隣で五歳児に惚れてしまったと、知ったクロードが固まっているぞ。それに生贄と言われて良い気はしないだろう!
「五歳のレイラを見たかった。絶対に可愛かったと思う」
そっちか!
「カルムオールレイは裏で色々やっておる。一番の問題が人身売買だ。マレイア共和国のエルフ族を攫ってきて、他国に売っていることだ。何度か止めるように言ったのだが、聞く耳を持たなかった」
あ……うん。それは戦争になるかもしれない。エルフの魔導師長がブチギレるだろうね。それにじじぃが居れば、そんなこと許さなかっただろうな。
「レイラが死の魔女ということはグラシアールから聞いておる。だから、わしからクロードを生贄にしてカルムオールレイを殺して欲しいと思っていた。しかし、国王の方が先に魔女の力に殺されてしまったが」
「あの……アレン大叔父様。クロードを生贄にという意味が、一番わからないのですが?」
魔女は対価に命は求めることは、そんなにない。あるのはあるだろう。魔女の在り方によってそれは変わってくる。
だけど、黒橡の魔女と名乗っている私は、死を与え死から救う者だ。だから対価に命は求めない。
「こうなることが、わかっておったということだな」
「ん?」
「クロードは一年しか居なかった島に、こだわっておった。ならば、島で暮らすと言うと思っておった」
「あれ?……それだと、私は先に対価をもらったことになってしまっている?」
なんてことだ! おかしな状況になってしまっている。
アレン大叔父様の依頼は王弟を殺すこと、その対価にクロードを魔女である私に与えた。
だが、依頼は今聞いたため、対価を先にもらってしまったという状況が発生している。
いや、そもそもこれは魔女の契約として成立するのか?
「魔女の私が与える死は世界が望んだ死。だから、世界が望まない限り魔女として死は与えない」
「では、国王に死を与えたきっかけは何であるのか?」
国王に死を与えたきっかけは、アレン大叔父様が駆り出されていた辺境での戦だ。
ん? 私の個人的な感情も入っている?
でも教主には反応しなかった。
ここの違いは何だろうな?
結局魔女は魔女自身のことがわからなかったりする。
「さぁ、何だったのでしょうね。結局魔女も世界の言いなりなのですよ。多分、何か琴線に触れることがあるのだと思うのです」
それは、多くの人々の敵視する感情なのかもしれない。王はこの国を戦いに導こうとしていた。教主は外から見れば立派な教会の主だ。内側で聖女をこき使っているとは誰もしらない。
ということは、王弟も難しいだろう。表にはほとんど出てこず、情報の統制が取れており、悪行が外には漏れていない。
「王弟が悪だと国民に知らしめれば、アレン大叔父様の願いは叶うかもしれませんね」




