第14話 出された食事は全部食べなさい
その一週間後
「やっぱり、王は三日じゃったな」
「まぁ、教主が頑張ったんだろう?」
いつものように賢者のじじぃとサイファが食事を私の家で食べている。
因みに頑張ったのは今の聖女だ。
「王太子は呆気なかったのぅ。怪我から破傷風になって退場じゃ」
表向きはそうなっているが、実際は王弟の手の者に殺された。とはいっても、王太子妃の元に届けられた連絡は、どのように記されてあったのかはわからないけれど。
「じじぃ。新聞を読むか、食べるかどちらかにしろ!」
賢者のじじぃは定期的に王都に出向いて、情報収集と言いながら、めぼしい本を探しに王都を徘徊している。そのときに毎回新聞を買ってくるのだが、食事中に読むなと言っているだろうが!
真新しい木の香りがする家の中、いつもと同じ食事風景が広がっている。
二階建てになってしまった私の家は、私の部屋が二階に移されてしまい、一階にはじじぃが住み着いてしまった。
「魔女さんや。わしの肉が少ないと思うのじゃが?」
「一番多いって見た目でわかるだろう!」
この肉好きエルフめ! 肉以外も食べろ!
「魔術師長、辞めたい」
そしてここ数日口癖のように、クロードは仕事を辞めたいと言っている。
どうも王弟からも第二王子からも第三王子からもどちらの陣営につくのかと、言われ続けられているらしい。
「そろそろ行く時間だから行け」
「レイラと一日中一緒に過ごしたい」
「いや、私は魔女の仕事をしているからな」
別に私は暇をしているわけじゃない。魔女として依頼を受ければ、その仕事はきちんとこなす。例えば、失せ物探しという簡単なものから、惚れ薬を作って欲しいという怪しい依頼まで頼まれれば、こなしている。
その時、窓から黒い鳥が入ってきた。
「おや、急喚鳥じゃないか」
三十セルメルほどの大きさの鳥が、ダイニングテーブルの端に止まった。因みにこの鳥が海を越えて、この島にたどり着くヒントにもなる。
『レイラ! 結婚式をしないとはどういうことだ!』
あ……アレン大叔父様がお怒りだ。
『あいつの代わりに、レイラの結婚式には出ると約束したんだからな!』
あいつ……それは、私のお祖父様のことだ。お祖父様は十年前に流行り病で亡くなってしまわれた。だからアレン大叔父様が代わりに、私の結婚式に出ると約束をしていたと……。
「クロード。クロードが結婚式も披露宴もしないと言ったのだから、アレン大叔父様に説明しておいてくれ」
「レイラ。何度も結婚式をしてもいいと思う」
何故に言っていることを変えてくるんだ。
『とにかく、一度こちらに来い!』
はぁ、きっと結婚式のこともそうだが、西の小競り合いのことも聞かれるのだろうな。
「レイラ。今日は休みを取って、アズヴァール公爵邸に行こう」
私の返事を聞かないまま、クロードは私を抱えて転移の魔術を発動している。まだ、朝ご飯中なのだけど?
その転移の魔術に介入する力があった。じじぃだ。転移の割り込み解除は危険だからやめてくれ。
「弟子よ。魔女さんの食事は全部食べて行きなさい。この島で生きる礼儀でもあるぞ」
じじぃから変なことを言われた。肉以外を食べないやつの言う事じゃない。
「そうだぞクロード。ご飯を残す奴は出ていけと追い出されるぞ」
それは海の魚を刺し身で出して、食べられないとか言うトカゲが居たから、食わず嫌いを言うなと怒ったことはあった。
今では刺し身も食べるトカゲになったな。
「わかりました」
そう言って、クロードは素直に席に戻って私を解放した。いつも思うがクロードはじじぃの言うことは素直に聞くな。
「クロードはなぜ、賢者のじじぃの言葉は素直に聞くんだ?」
「……一度ひどい目に遭ったからだ」
これはお仕置きとして、じじぃがクロードに何かしたようだ。クロードが遠い目になっている。
聞かないでおいてやろう。クソエルフが案外エゲツないことは、知っているからな。ニコニコとじじぃの皮を被っているぐらいが平和でいいのだ。
「魔女さんや。王都はきな臭いから気をつけるがよいぞ」
国王が死んで、丸五日が経った。その間でも王弟と第二王子と第三王子の王位争奪戦が酷くなってきているのだろう。
それから水面下に隠れてしまった王太子の王子だ。あれはしたたかに、機を窺っているに違いない。
私はじじぃに向かって頷いておく。
さてと、私はここまで飛んできた急喚鳥を鳥かごに入れ、穀物のくずを餌として置いておく。これは再びアレン大叔父様の元に戻しておかないといけない。
「あ! 頼み事をしていいか?」
サイファが突然、私に頼み事をしたいと言ってきた。今度はなんだ?
今はこの島に鍛冶師もいるから、木の伐採の道具は買わなくても良くなったはずだ。
「剣士が心配性すぎて、困るって野菜のねぇちゃんが言っているんだ。気を紛らすものでも買ってきてくれないかって、じいさんに頼んでいたらしいのだが、じいさんだろう?」
ああ、自分の好みの本だけ買って帰って、肝心の頼まれた物を買って来なかったということか。
クソエルフは煩悩にまみれている。自分の欲には忠実なのだ。そもそも、じじぃに頼むのが悪い。
「気を紛らすものねぇ。子どものおもちゃでも作れと、木材でも与えておけば?」
「子どものおもちゃってなんだ?」
ん? 竜人には子供を遊ばせるおもちゃというものが、無かったりするのか? じじぃに視線を向けるが、無言で肉を食っている。話に混じって来ないということは、知らないのか。
隣のクロードを見るが、私に向かって今日のご飯も美味しいと、違う言葉が返ってきた。
もしかして、子どもの知育のおもちゃは存在しないのか!
「あのさぁ」
私は空間に立体的な幻影を浮かべる。それは木材を加工した多種多様な形の物だ。
「例えばこれ。大きさの違う四角や三角や円柱に切り出した木材。角を少し丸めて手触りが言いように削るだけで、作れる積み木。積み上げるだけだけど、どう積み上げるかを遊ぶもの。それから……」
四角い板を色んな形に切ったものをバラバラにして再び同じように四角に戻す。パズル。最初は見慣れた果物や魔獣の形を模した方がいいとか。家の形をした立体のものに、違う形の穴を空けて、そこに同じ形のブロックを入れる物とか。木だけでできるおもちゃを幻影を使って紹介してみた。
一番興味を持たれたのは、カタカタと鳴る歩行器だ。言っておくが、このギミックは私は知らないぞ。
するとさっさと朝食を食べ終わったサイファは、作ってくると言って出ていってしまった。お前が作ってどうする。
じじぃ。なぜサイファの後をついて出ていったのだ?
まぁいいか。
剣士に王太子の子のことを話たら、他の王子たちが無事に逃げれて良かったと言っていた。
これはクロードの言っていたように、王太子妃と他の王子たちが人質になることを心配していたようだ。
そうだろうな。あの王子と一度でも話をすれば、くせ者とわかるだろう。
さて、私は後片付けでもするか。
「クロード。アレン大叔父様にきちんと報告しておくように、あと急喚鳥を渡してほしい」
食べ終わった食器を魔術で浮遊させて、キッチンの方に移動させながらクロードに言う。
アレン大叔父様にクロードがそう言ったと説明しておけと。
「二人で片付ければ、直ぐに終わる。キッチンが広くなって良かったな」
……確かにキッチンは広くなった。お陰で邪魔だと追い出す理由が無くなってしまった。
まぁ、じじぃとサイファみたいに食べるだけではなく、手伝ってくれる分ましか。これも十七年前に私がクロードにしつけしたことなんだけど。
そして、私は喪に服すドレスを身にまとって、アズヴァール公爵邸を訪ねたのだ。いや、帰ってきたと言い直した方がいいのか?
隣のクロードも黒色のスーツを着ている。これは王の死に対して喪に服するという意味だ。
外出する場合は、一ヶ月ほど喪服を着なければならないらしい。面倒な習慣だな。
「アレン大叔父様。お久しぶりです。見合いの日に、アレン大叔父様がいらっしゃるかと思っていましたのに、まさか魔術師長様と二人で会うことになるとは思いませんでした」
私はにこにこと笑みを浮かべながら、向かい側のソファーに座っている金髪の大柄の壮年の男性に嫌味を言った。
これは仕方がなかったことだけど、この話を持ち出したアレン大叔父様が、あの場に居ないのが一番問題だったと思っている。
「うむ。それはわしが悪かったと思っておる」
これはアレン大叔父様もわかっていたようだ。
「だから、事前に色々仕込んでいた」
色々仕込んでいたというのは、婚姻届のことか? 王のサインまでしてあり、執事が直接教主の元まで持っていったという話。
「レイラは結婚することに頷かないことはわかっておった。だから、クロードには事前に最低限して欲しいことを、レイラに伝えるように言っていた」
ん? そっちの方の話?
確かに国王主催の夜会には出て欲しいと言われただけだった。
「クロードは、絶対にレイラが長年探していた魔女とは気が付かないと思っておったのでな。わしの魔女の家の招待状をクロードに渡すように指示をしておったのだ」
あれ? アレン大叔父様はクロードが魔女イズミを探していたことを知っていた? それでアレン大叔父様の魔女の家に行ける陣が、書かれた紙をクロードに渡しただって! なんだか嫌な感じがするのだが?
「ディオールから聞いたが、クロードは面白いぐらいに焦って、ここを出ていったらしいじゃないか。レイラからすれば、都合が良かっただろう? 関わりが薄い婚姻だとな」
これは! まさかアレン大叔父様の手のひらの上で踊らされていたってことか!
長年、じじぃが面倒だと逃げていった王の元で公爵をしているだけあって、いいようにしてられてしまった!
「アレン大叔父様。私、怒っていいと思います」
「感謝の間違いだろう?なぁ、クロード」
感謝? それは違うと思う。
いや、貴族の娘として結婚は一種のステータスだ。結婚できない貴族の令嬢は、周りから白い目で見られてしまう。
だから兄の奥方は、いつまで経っても結婚しない私を、グラシアール家の為に追い出したかった。
「アズヴァール公爵。貴公のお陰で私は、愛する妻と魔女の側にいることができます。感謝という言葉では足りないぐらいです」
魔術師長の顔をしたクロードが、何かを言っているが、一番アレン大叔父様の手のひらの上で踊っていたのはクロードだぞ。
私に対して、名乗ることを忘れて、時間が惜しいように私に関わることはないと、さっさとアズヴァール公爵邸を後にしたのだ。確かに私としては、こんな好条件の結婚はないと思ったほどだったね。
年に一度ぐらいの夜会に出れば、公爵夫人の役目を放置していいって言われたのだからね。
だが、それはアレン大叔父様が魔女の家に行ける物をクロードに渡していたことで崩壊する。
魔女のことは魔女に聞けばいいと言われたのだろう。
それでクロードが、私をイズミとわかってしまった。賢者のじじぃの所為で!
しかし、愛する妻って……。
そういうのは柄じゃないし、むず痒くなるから止めて欲しい。
「ふむ。そうであろう。それではまず、3週間後に行われる国葬に出席してもらおう」
「アレン大叔父様。一人の意見を聞いて納得しないでください。私は不服です。それから国葬には出席しません」
私は不服感を出すようにアレン大叔父様を睨みつけ、国王の国葬には出ないと、はっきりと言った。そんなものはアレン大叔父様が出ればいい。
「グラシアールが言っておったぞ。レイラは本音は決して言わないとな。欲しいものがあっても我慢するし、兄弟が両親と一緒に楽しそうに笑っているのを遠目でみても、我慢しているとな」
「うぐ……」
私は身体は小さくても大人の精神を持っていた。だから、私を引き取ってくれたお祖父様とお祖母様には迷惑をかけたくなかったのだ。私は大人なのだからと、我慢していたのだけど、いつもお祖父様にはバレてしまっていた。
恐らくお祖父様が人の心情を聴く魔術を使っていたのだろうなと、今ならわかる。グラシアールは刑の譜系の魔術師なのだから。
「レイラ。素直になりなさい。だいたい、両手を固く握っているときは、我慢しているときだと、グラシアールが言っておったな」
そう指摘された私は思わず、膝の上で握っていた両手を離した。その手の指先は握りすぎて白くなっていたのだった。