第12話 この王子ちょろいな
私はもやもやとした気分で、長い廊下を歩いている。私の隣には、ごきげんなクロードがいる。
ここは勿論、私の家ではない。私の家にはこのような廊下は存在しない。
じじぃに文句を言っていたら、作業が進まぬからデートでもしてくるとよいと言われ、王城のどこかの庭園に転移で送られてしまった。
はっきり言おう、今の王都は真冬だ。ワンピース一枚しか着ていないのに、凍え死にさせる気か!
それも見覚えのある王城が直ぐそこに、そびえ立っているということは、不法侵入しているし! デートというには真冬の庭園なんて寒いだけだろう!
文句しか出てこないわ!
「ここってどの辺り?」
私は亜空間収納からコートを取り出しながら、口に出す。ついでに偽装の魔術をかけておかないと、絶対にこのままでは牢屋行きだ。
どういう感じに人から見られるようにしようかと、考えているとクロードから意外な言葉が返ってきた。
「ファルエラ離宮の近くだな」
「……離宮の名前までは記憶していない」
王城を東から見た角度だなというのはわかる。そこにどのような建物があるかまでは、私の徘徊だけでは知ることはなかった。
「王太子殿下と王太子妃が住まう離宮があるところだ。春になるとこの辺りは薔薇が咲き乱れて、薔薇の庭園としても有名な場所だな」
じじぃ。もしかして盗聴でもしていたのか? ここまでぴったりな場所に転移で送るなんて、そうとしか考えられない。
「うーん……知り合いの侍女と護衛兵に見えるようにしておこうか」
離宮がどのようなところかはわからないけれど、一番無難という感じだろう。
「で、離宮はどっちにある?」
ここからでは、整備された庭の木々しか見えない。一番目が引く建物は王城しか見えないのだ。
「こっちだ」
クロードも流石に寒かったのだろう。黒い外套を羽織って、東の方を指し示した。
「離宮には行ったことあるの?」
「一度だけ挨拶に行ったぐらいだ」
「じゃぁ、王太子の子は見ればわかる?ってその子って歳はいくつ? 攫うのはいいけど、安全な場所って全然思いつかないけど?」
「……何も考えなしに行こうとしているのか?」
いや、私は黒橡の魔女だから、死が関係しないことは、基本的に行き当たりばったりだ。
「そうだね。私は刑の魔術師の家系の黒橡の魔女だからね」
「それは理由になるのか?」
「なるね」
クロードは少し考えるようにして、ポツポツと語りだした。
「王太子妃はナルタルエーサ辺境伯の三番目の御息女だ。今年で三十九歳だったか?」
「三十九……」
いや王太子が四十ぐらいだったはずだから、王太子妃の年齢に疑問はない。ということはだ。その子供は私とそこまで歳は変わらないということだ。
「その王子は今年で二十歳だ」
「じゃ! 自分の身は自分で守ればいい。私の頭の中で五歳児ぐらいだったよ」
「剣士ラクスは王太子妃が人質になってジャンハルト殿下が無抵抗にされることを懸念しているのだろう」
ん? 王太子妃が人質に? ってことは……
「王太子妃の安全も確保しなければならない? え? あともしかして、他の子供もってなる?」
「そうなるな」
そんな人数だと、お付の人も必要だし、大人数を匿ってくれるところなんてないじゃない!
「ナルタルエーサ辺境に身を隠してもらうか。今の辺境伯は王太子妃の兄だ。話せばわかる御仁だ」
寒空の下、隣で歩いているクロードが仕事ができる人に見えてくる。朝からうだうだと言っていた同一人物にはみえない。
「その辺境領で匿ってくれるのなら、それでいいけど、私はナルタルエーサ辺境領に行ったことがないから、転移はできない」
こういうところも転移の使い勝手が悪いところだ。一度行った場所しか転移ができない。あと、大人数だと使用する魔力も多くなり、安定性も悪くなる。普通は転移したくないな。
「……クロードに任せよう。王太子妃との交渉もその王子との交渉も、魔術師長の肩書が真実味が帯びていいと思うよ」
私は元々乗り気ではなかったので、クロードに全てを押し付ける。
「わかった」
そう言ってクロードは立ち止まって私の手を取った。
なんだ?
「これからレイラと一緒に暮らすためだからな」
「……そこに繋がる理由がわからない」
笑顔で言うクロードに私はジト目を返す。
私がクロードに押し付けることが、なぜ私と暮らすことに繋がるのだ?
「賢者様が剣士ラクスの右腕があると、一日で建てられると言っていたからな」
家の話か!
剣士の右腕。彼の義手も普通ではない。とても素早く動かせる。それも目にも止まらぬ速さとはこれほどのものかと実感できる。腕が見えなくなって、斬られていく産物が次々と生み出されていくのだ。
それに特化型の身体強化を合わせれば、丸太なんて、瞬きの間に木の板に変わっていく。
剣士の剣は島では木材加工道具化されていたのだった。
そして私とクロードは離宮の長い廊下を堂々と歩いている。魔術師長のクロードとお付の下っ端のニセ魔術師としてだ。
だから私はコートではなく、クロードから渡された黒いローブを羽織っていた。これ、ちょっと大きいのだけど?
腰の辺りで縛って調節しているけど、もう少し小さなローブは無かったわけ?
動きにくいのだけど?
私はもやもやとした気分なのに、隣で歩いているクロードはごきげんだ。
じじぃの口車に乗せられて、家を建て直すことが嬉しいのか? あれは絶対に家から食事をする場所が距離があることに、不満があっただけだと思う。
いいように利用されていることに気がつけよ。
「何故か人の気配が一処に集まって変な感じ」
もやもやとしながらでも、周りの警戒は怠らない。私の敵策魔術では、この離宮の人たちは一箇所に集まっている。まるで使用人ですらそこにいるようだ。
「一足遅かったか?」
「王弟が動いているってこと?」
「いや、部下の気配はない。恐らく王太子に何かあったという連絡が入ったのだろう」
王太子。なぜ今危機的な状況になっているわけ? タイミングが悪すぎる。
いや、逆に言えば良すぎるとも言える。
「ねぇ、王弟の手の者は王太子の側にも居たりする?」
「流石に側近には居ないだろう。だが、戦地に向かった魔術師の中に特殊部隊が混じっている」
王弟の私兵化している魔術師団の特殊部隊。もう詰んでいる。これが王太子の死に繋がるのか。
私とクロードは多くの人たちが集まっている一室の前にたどり着いた。しかし、王太子に何かあったからと言って、警備が手薄なのも問題だと思う。ここに来るまで誰にも、すれ違うことは無かった。
クロードは扉に手を伸ばし、そのまま扉を開け放った。
ノック! せめてノックはしろ!
勢いで押し入るな! これはあれか? じじぃが勝手に私の家にはいるから、弟子のクロードもこんな感じになってしまったのか?
「王太子妃殿下。突然の訪問、申し訳ございません」
魔術師長のクロードが扉を開け放った第一声がこれだ。謝るぐらいなら、ノックはしろ!
「これは魔術師長様。どうされたのでしょうか」
扉の直ぐ側からしわがれた老人の声が聞こえてきた。いや、扉の側にいるんだったら、クロードの行動を注意しろ!
「時間があまり無いようですので、先に確認させていただきますが、もしかして王太子殿下の身に何か起こりましたか?」
率直過ぎる。そんな言い方をすると……ほら、ここにいる人達から警戒感が増していっているじゃないか。
「そこまで警戒しないでください。私はとある方の依頼で、王太子妃殿下や王子様方を逃がすように言われたのです」
「とある方ですの?」
奥の方から鈴が鳴るような声が聞こえてきた。そこに視線を向けると、青白い顔色をした金髪の女性が長椅子に座っている。この人が王太子妃なのだろう。
顔色が悪過ぎるけど、大丈夫か?
「それはまさか父上なのですか!」
剣士に息子は居ないはずだぞと、思いながら叫んだ人物を見ると、王太子妃に似ているが、体つきががっしりとした騎士という感じの青年だった。
「とある方とだけ、私は言っておきます」
クロードは肯定も否定もしなかった。これは口に出すことが憚れると勝手に解釈されるな。
「父上は何かを感じ取っていたということですか。だから、魔術師長に連絡を……」
青年は勝手に解釈して、右手で目元を覆ってしまった。
おい、ちょろいぞ。これじゃ王弟の手のひらで転がされて終わりだ。もしかして、これが王太子の子か?
「今、王城内は騒がしくなってきています。王太子妃殿下には辺境伯の元で過ごされて欲しいと」
「しかし、わたくしは……王太子妃なのです。私がここに居なくては……」
「貴女はカルムオールレイ閣下から王子様方を守ることができますか? クルーセイム殿下やヴァイレール殿下から守ることができますか?」
気丈にも王太子妃は王城に残ると口にしたけれど、クロードの言葉に手に持っていた扇を床に落としてしまった。
「まさかカルムオールレイ閣下までも?」
え? クロードのときも思ったけれど、王弟の悪行は思っていた以上に広まってはいなかったということ?
これはこれで恐ろしい。情報の統制が取れているということだ。
「王城が落ち着くまで、辺境伯の元に身を寄せた方が、王子様方のためでもあります。それから、私がこのように忍んで来たということで、ご理解してもらえるかと思いますが、私にも閣下の監視が入っています。表立ってはお助けできないことをお許しください」
クロードは王城に残るのは構わないが、自分を頼るなと言っている。突き放しているが、クロードが魔術師長として役職についている以上、王弟の下の立場だから仕方がない。
「母上。伯父上の元に身を寄せるのが一番よろしいのではないのでしょうか?」
王太子の子が王太子妃を説得している。しかし、これが次に王になる者か。王の器があるのかどうか私にはわからないが、どちらかと言えば、第二王子や第三王子の方が意欲があるように思える。
噂しか知らないけれど。
「私が王都に残りましょう。父上のお迎えも私にお任せください。当分の間、アズヴァール公爵の元に私は身を寄せましょう」
……この王子。笑顔で嫌なことを口にしたな。私はクロードに視線を向けて断るように睨みつける。
アレン大叔父様に迷惑がかかることはしない。クロードはまだ公爵ではない。だから、アレン大叔父様の判断を仰がなければならないで逃げれるはずだ。
「では、十分後に辺境にお送りいたしましょう。それまでに必要な物をご準備してください」
「あ?」
「そんな短い時間では無理でございます。魔術師長様」
私は肯定も否定の言葉を言わなかったクロードに思わず低い声がもれた。そして、入り口付近にいる老人から否定の言葉が出てきた。執事か、なにかだろうか。
いや本当に貴重なものだけ持ち出せばいい。
「残念なことに、魔術師の特殊部隊の者たちがこのファルエラ離宮に向かって来ています。あと十分ほどで来てしまうでしょう。時間があまりありません」
王城ってかなり広いし、魔術師がいる塔って、この離宮の反対側。王城の北西の位置にある。そんな広い範囲を感知できるってこと? 流石、じじぃの弟子だけはある。
「セバスチャン。殿下の物だけをこちらに持ってきて、私達の物は辺境領で誂えればいいのですから」
「かしこまりました。王太子妃殿下」
扉の近くに居た老人は、そう言葉を残して部屋を出ていった。セバスチャン! 正に執事らしい名前!
「ときに魔術師長」
王太子の子と見られる青年がクロードに話しかけてきた。別にいいのだが、自己紹介してほしいな。恐らく王子があと二人。王女が一人いるように見えるのだけど……まぁ、普通は知らないってあり得ないのだろうな。
「なにでしょうか?」
「国王陛下の容態は如何なものなのでしょうか? この離宮には体調を崩したという話しか回って来ないのですよ」
「そのようなことは、聖女様にお聞きした方がよろしいでしょうね。今、聖女様が国王陛下の治療に当たっておりますから」
今の聖女が治療に? 教主は魔女の呪いは聖女には解除できないことは知っているはず。無駄なことを。
「それから、奥様を迎えられたそうですね。今まで無関心だった我々に、このように手を差し伸べてきたのは、奥様の影響でしょうか?」
ちょっと待て! そこの王子! その情報はどこから出てきたのだ! クロードとの顔合わせは昨日のことだったはず。それがなぜ国王の容態がわからないのに、私とクロードの話が耳に入っているんだ!