魔王の娘に求婚したい勇者は、魔王にご挨拶することにした
1作目の『今日もまた勇者は魔王の娘に求婚する』を先に読むとより話がわかりやすいかと思います。
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「何度来ても結果は同じだ、勇者よ。」
「今日こそは……必ず!!!」
血気迫る表情の勇者と、険しい顔をした魔王。
今にも戦いが勃発しそうな雰囲気が漂っている。
しかしながら、勇者の手に剣は握られていない。
「ロズリア! 僕と結婚してくれ!」
「イヤです!!!」
ロズリアの強い否定に勇者ー-アーサーはショックを受ける。
「何回やるんだ、このやり取り。」
その様子を眺めていた戦士は呆れたように呟いた。
どういうわけか、毎回決まったように一言一句変わらずこの応酬を繰り返している。
「魔王さまもあれを言わないといけない気がすると仰っていたぞ、ニンゲン。」
「気を使っていただいてすいませんねぇ。」
そもそも魔王に気を使って貰う勇者とはなんなのか。
いつも顔を突き合わせる魔王軍幹部の言葉に戦士は首を傾げつつも申し訳ない気持ちになる。
「僕は勇者で君は魔王の娘だ……確かに立場がある。だけど、僕の想いは止められない!」
「大変迷惑です!」
ロズリアはアーサーの言葉を受けて、ふんっと顔を背けた。
しかしながら、その程度でへこたれる勇者ではない。
「ツンとした君も素敵だ。」
むしろ、より彼の心はロズリアに惹かれたらしい。
ロズリアは、これ以上どう対応したらわからないという顔をして父親である魔王のことを見た。
魔王は玉座から立ち上がり、ロズリアを隠すように前に立つ。
「私を差し置いて娘と会話するとは、いい度胸だ、勇者よ。」
「ああ! 確かに、お義父さまへの挨拶をしていませんでしたね!」
『いや、そういうことではない』と一同は心の中で指摘する。
魔王は訂正のために問答をする時間が無駄だと学んだのか、特に言葉を返さない。
そのかわり渾身の殺意を魔力に込めてアーサーに放った。
「うわぁ、危ない!」
「ま、まま、魔王さま! 我々を殺す気ですか!?」
アーサーがそれを華麗に避けたことで、魔王の攻撃が戦士や魔王軍幹部たちの元へ飛んでいく。
間一髪のところで一同はそれを避けることが出来たため、誰も犠牲にならずに済んだ。
「す、すまない。」
部下からの怒声に魔王は狼狽えながらも謝罪を述べる。
そのやりとりの一瞬の隙に、アーサーは魔王の目の前に近づいた。
これがアーサーでなければ、魔王は勇者の剣によってグサリと貫かれていたことだろう。だが、何度も言うがアーサーの手には剣が握られていない。
「改めまして、勇者のアーサー・ブライスです。娘さんを僕に下さい!」
「馬鹿にしているのか!!」
魔王は再び勇者に攻撃を放つ。
至近距離であるのに、アーサーは瞬時に距離をとって魔王の攻撃を避けた。
敵対する勇者と魔王。
攻撃は避けられ、至近距離まで詰められ、完全に遊ばれているような気になって魔王は腹を立たせた。
「アーサー! ほら、用意したアレを渡さないと!」
「そうだった!」
魔法使いの言葉を聞いたアーサーは、ハッとした顔をする。
一体何が出てくるのか、と魔族側は身構えるが、何もない空間から出てきたものは小包だった。
「これ、つまらないものですが、王都で流行っているお菓子です。」
「ああ、どうも、ご丁寧に。」
丁重に渡された小包に魔王は意表を突かれたせいか、すんなりと受け取ってしまう。
「パパ!」
「ああ! すまない、うっかり……。」
ロズリアに叱咤された魔王は、ハッとして娘に謝罪をする。
それから、受け取った小包をポイッと部下のほうに投げた。
「なるほど、気を緩ませて毒か何かで攻撃をしようという訳か! 卑怯な!」
殺気を戻した魔王は、再び敵意を勇者に向ける。
「あのね、あのね。それすっごい美味しいんだよ!」
魔法使いが、小包を受け取った魔王の部下に声をかける。
部下は、手元の小包を見つめてから、バリバリっと包みをあける。
「……うん、確かに美味しい。」
「食べるなッ!!!」
中身のお菓子を食べて感想を述べる部下に、魔王は声を上げた。
「すみません、魔王さま。ボク、甘いものに目がなくて。」
「毒が入っているかもしれないと言ったばかりだろう!」
魔王は、自身の部下に呆れて大きくため息を吐き、頭を抱える。
「良かったね、アーサー! 美味しいって!」
魔法使いはぴょんぴょんと跳ねながらアーサーに喜々として声をかけた。
アーサーは魔法使いに笑みを向けてから、ロズリアの方に視線を移す。
「ロズリア、良かったら君も僕の手土産を食べてくれ!」
「……敵の持参したお菓子など食べません。」
ロズリアは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべて、アーサーに嫌悪感を示した。
アーサーはその表情を受けても尚、うっとりとした視線をロズリアに向けていた。
へこたれないアーサーに、ロズリアはムッとする。
「それに、ワタクシは甘いものが嫌いです!」
「そ、そんな!!!」
アーサーはその言葉を聞いて、何の琴線に触れたのかやっとショックを受けた。
「ぼ、僕は、ロズリアの嫌いなものを持ってきていたなんて……。」
その場にいる全員が『凹む理由そこなんだ……』とアーサーの斜め上の思考に意表を突かれる。
「大事な路銀が無駄になった瞬間ほど、許せないものはありませんね」
賢者は眉間に皺を寄せて、怒りを露わにする。
金の亡者とも言える彼は、初めから手土産について反対していた立場であり、それが結局無駄に終わったことが許せなかったらしい。
「帰りますよ、アーサー」
賢者は、アーサーの首根っこを掴んでズルズルと引き摺るように魔王城を出ていく。
アーサーはロズリアに嫌いなものを渡してしまったショックが大きかったようで、大人しく引き摺られていった。
「えーん! アーサーのお顔が真っ青!」
引きずられていくアーサーを心配する魔法使いと何を考えているのかわからない無表情の僧侶も続いて魔王城をでた。
一連の様子を眺めていた戦士は、はぁと大きくため息をついてから城を出るために門へと歩いていく。
門を出よう、というところで思い出したように振り返ってキッと魔王を睨みつけた。
「次こそは貴様を討つ! 首を洗って待っていろ!」
戦士が強く宣戦布告を言い放ち、出て行くと大きな音を立てて門が閉まった。
唐突な敵意に魔王は意表を突かれたのか、目を丸くしてぱちぱちと瞬きをしたが、すぐに正気に戻って怒りで顔を真っ赤にさせる。
「……もう来るな!!!」
こうして、今日も魔王軍の大勝利で終わるのだった。
「だから、たいして味のわからない魔族どもに金を使う必要はないと言ったのです!」
「……ごめんなさい」
憤慨しながら、一番前をどしどしと歩く賢者の怒声に、そのうしろをとぼとぼ付いていくアーサーが小さな声で謝罪をした。
「私が、美味しいお菓子を送ればいいって言ったから……」
アーサー以上にしょんぼりとしていたのは魔法使いだった。
彼女は自分が提案をしなければと自分自身を責めていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「違うよ、ミリのせいじゃない。僕もお菓子を喜んでくれると思っていたから」
アーサーは、すぐに魔法使い――ミリの歩幅に合わせて横に並び、彼女の責任ではないことを伝えた。
それでも、ミリの表情は暗いままで、常に明るい彼女らしくない様子が続いた。
そのうしろを歩く僧侶は、相変わらず無表情なまま口をはさむこともしなかった。
表情筋が乏しいだけで内心は心配をしているが、下手に口出しをしないことが正解であると彼なりに配慮した行動であった。
最後尾で全員の様子を眺める戦士は、結局は自分がまとめあげないといけないのか、と再び大きくため息をついてからパンと手を叩いて「はい、おしまい!」と声をあげた。
「怒るのも落ち込むのも終わり!!! 次こそは魔王を討ち取るために、時間は少しも無駄にできないぞ!」
戦士の声掛けに対して、すぐに反応を示したのはアーサーだった。
彼は「そうだよな……」と呟いて、みるみるうちにやる気に満ちた表情を取り戻した。
戦士はそれを見て、ついに魔王討伐に乗り出せるのかと希望を見出す。
「次こそは、ロズリアから良い返事が貰えるかもしれない! こうしてはいられない、作戦を考えるぞ!」
「……うん、今度こそ喜んで貰おうね!」
アーサーとミリが顔を見合わせて斜め上の方向へやる気を見せたことで、逆に戦士の顔が虚無になっていく。
「……そういうことじゃないんだけど……」
やる気に満ち溢れたアーサーとミリが駆け出していくのを見て、戦士はがっくりと肩を落としたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
さくっと読めつつ、少しでもクスッと笑っていただけたらなと思って書きました。
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