沼の魔物、温泉になりすまして人間どもをハメようとする。
俺は魔王様に生み出された沼の魔物だ。森の深部に侵入してきた人間どもを沼底に沈めてやるのが、俺に与えられた指名だった。
だが、ここ最近は森へ出入りする奴らがめっきり減っている。妖精たちの話によると、近くの王国から森への立ち入り禁止令が出ているそうだ。
これじゃ人間を沈められねえ!
俺は必死に考えた。そして妙案を思いついた。
そうだ、人間どもは温泉が大好きだ。だったら温泉に擬態すれば、簡単に誘いこむことができるんじゃないか!?
さっそく行動を起こした。森の入口近くに引っ越し、炎の魔石をたらふく食って水温を上げ、妖精たちに体をキレイにしてもらい、小悪魔に頼んで人の間に温泉の噂を広めさせた。
これで準備万端。あとはやってくるマヌケを待つだけだ。
最初の夜、早くも人間がやってきた。若い女のようだ。人気のないことを確認すると、服を脱ぎ始め、一糸纏わぬ姿になった。
おう、別嬪さんじゃねえか。俺が人間なら役得なんだがな。かわいそうだが、あんたは俺の中で溺れてもら……ん!?
彼女の手に、なにやら光るものが。
短剣を持ってるじゃねぇか! 俺の正体が見破られたのか!?
しかし彼女は警戒する素振りを見せず、そのままゆっくりと俺の中に浸かり、静かに呟きはじめた。
「公爵様、もう貴方の心に私はいないのですね」
そして彼女は手首に短剣をあてがった。あ、これはイカン。
『馬鹿な真似はよせ!』
俺は水鉄砲を発射して、短剣を弾き飛ばす。
「きゃあっ! だ、誰なの!?」
『誰だっていい。なんで自害しようとしたんだ。理由を話してみろ』
「は、はい。私はミザリーと申します……」
結局その時は彼女を宥め賺して、故郷に帰ってもらった。人間が一人死んだところでどうってことないが、せっかくキレイにした体を血で汚されたらかなわんからな。
ところがそれ以降、妙な噂が広まっているのか、俺の元には深刻な悩みを抱えた人間ばかりやってくるようになる。俺もそんな奴らに追い打ちをかける気にはなれなかった。
「破産してしまった。死のう……」
『一からやり直せ! 温泉の経営とかどうだ?』
「もうこの子を育てる自信がないわ……」
『森の妖精さんに手伝ってもらえ!』
「婚約者を寝取られた。僕はおしまいだぁ」
『ハールの街にミザリーっていう娘が……』
俺はいつしか、悩み事を呟くと相談に乗ってくれると評判になり、人間どもに『心の湯』と呼ばれ、永く愛されるようになりましたとさ。
……どうしてこうなった!?
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