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第八話

******



「と、いうわけで、お城の周りには、な、何もなかったよ……」


 夕刻の時間帯、領主邸は(こう)ばしい匂いに包まれていた。どうやらディナーの準備をしているらしく、調理場が(にぎ)わっているようだ。まあ、これだけ大きな館なんだから、働いている人たちのご飯を用意するとなると、数もすごそうだもんね。匂いに釣られて、わたしまでお腹が減ってきちゃうよ。


 高級料理が漂わせる空気を鼻で楽しみながら、わたしは領主の娘・フィオーネに本日の結果を報告していた。

 虚偽(きょぎ)の報告をしているだけに、わたしの心臓はドキドキしっぱなし。マリアいわく、わたしってばわかりやすいらしいし、嘘がバレないかは心配だ。平常心平常心。

 

「そうでしたか……。勇者さまがご無事で何よりですわ」


 フィオーネは嫌疑(けんぎ)の眼差しはなしに、胸を撫で下ろしていた。

 どうやら彼女は、わたしの力を見くびっているらしいね。わたしってば、どこからどうみても子どもらしいから、しかたないっちゃしかたないんだけど。どうせなら、実力を見せてわからせてあげたくもなる。


 といっても、リリウェルたちのことを隠し通せるのならば、今はそれでいい。ボロが出る前におさらばしたいね。マリアも帰りが遅くて心配してるだろうし。


「わたしなら、魔物だろーが強盗だろーが、瞬殺できるから心配いらないよ。ああ、フィオーネさんも、個人的な依頼があればどんどん言ってよね。わたし、なんだってできるし!」


 人見知りのわたしも勇者生活一ヶ月ほど()たお陰か、営業トークがだいぶ上手になったものだ。個人的な依頼、なんて言っちゃうと、女の子にモテモテのわたしは、デートのお誘いとかされちゃうかもしれない。丁重(ていちょう)にお断りする練習もしておかないといけなさそうだ。


「頼もしいですわね……。では、お暇なときにはお庭の手入れでもお願いしようかしら」


 庭の手入れ!? 勇者のわたしに、何をさせようっていうんだ。子どものお手伝いじゃないんだからさ。庭いじりなら、むしろマリアの領分だ。マリアと一緒になら、やってあげてもいいかもだけど。マリアが隣にいるんじゃ、仕事が手につかなくなりそう。


 わたしは溜息をこらえる。もっともっと、魔物退治の成果をあげないことには、勇者としての実力を認めてもらえなさそうだよね。リリウェルたちだって、捕まえるわけにはいかないからなあ。

 となると、魔族の国とやらに行って、両国の架け橋になれば、わたしはさらに英雄として見てもらえるかもしれないね。頑張らないと。


「あはは……庭の手入れは、また今度で……。というわけで、今日は帰るね」


「では、本日の報酬ですが……」


 フィオーネは、まるで今日のお駄賃(だちん)、とでも言うようなニュアンスで革袋を取り出した。中身は貨幣(かへい)がこすれ合う、耳障りの良い音を(かな)でている。大金だ。お駄賃とかいう雰囲気ではない。


 ただお城に行って、しかも何の成果も得られなかったというのに、お小遣い程度ならまだしも、大金を受け取れるわけがない。

 わたしは慌てて両手を振って、後ずさった。


「いや、お金は結果が出てからでいいよ!」


「勇者さまは、たしか若くしてご結婚をなさっているとか。生活の足しにでもしてくださるといいですわ」


 なんていい人なんだ!

 結婚祝いというならば、受け取ってあげたくもなるけれど。やっぱり、引け目を感じちゃうよね。


「それこそ、庭の手入れの後にでもいただくよ……。しばらくは調査を続けるから、よろしくね」


「あっ、勇者さま!?」


 わたしは逃げるように、フィオーネの館を飛び出した。

 なんだかわたし、尻尾巻いてばっかりだな。勇者なのに、情けないよ。早く帰ってマリアに(なぐさ)めてもらお。





******



「ただいま、マリア。今日は仕事が大変で遅くなっちゃったよ……」


 わたしは、労働に疲れた中年のようなげっそりとした声で自宅の扉を開けた。

 肉体的な疲弊(ひへい)ではなく、精神面でやつれそうなほどくたくただったのだ。わたし、もしかしてメンタルよわよわなのかも。いじめられたとかでもないのに、今すぐベッドに転がり込みたいんだもん。


 すると、リビングのほうから、ドタドタとけたたましい足音が鳴り響いてきた。マリア、わたしのことを相当待ちわびていたらしい。普段よりも幾分か、慌てて走っているようだ。それもそうか。いつもならば遅くとも昼下がりには帰っているのに、今日に限って言えば()も落ちる頃合い。お仕事が始まって、初めてこんなに遅くなったからね。


「あなたっ、おかえりなさい! 帰りが遅くって心配したんですよ……。どこも怪我(けが)していないかしら……?」


 マリアは、わたしを視界に収めるや否や、(かかと)に射出器でもついているかのように飛びついてくる。そして、わたしの全身をくまなく触診(しょくしん)してきた。

 くすぐったいし、えっちな気分になっちゃうほどには、念入りに(まさぐ)られた。だってマリア、わたしの胸はもちろんのこと、腰やら太ももの内側とかもベタベタ触れてくるんだもん。しかも本人は、至って真面目に怪我を探しているときたものだ。無自覚天然どすけべ女なのがマリアである。


「もー、マリア、心配性すぎ。わたしは勇者さまだからね、怪我なんてしないよ。マリアのほうこそ、ずっと一人で平気だった?」


 マリアの気が済むまで身体を(いじ)らせてから、わたしはやんわりと(たず)ねた。なんせマリア、わたしが留守していると、わたしの下着で一人えっちしちゃうくらいには寂しがり屋だ。一日中お留守番させていて、辛かっただろうな、って思う。暇潰しのお散歩くらいは、出歩かせてもいいのかなあ。でも、お外は危険がいっぱいだしなあ。


「ふふっ、エステルのほうこそ、心配性ですよね。私は……エステルと八時間も離れていて、寂しくて寂しくてしかたなかったですよ……」


 マリアってば、時間を数えながらわたしを待ち続けていたらしい。愛が感じられるよね。わたし、やっぱりマリアが好きだ。顔とか、おっぱいとか、それ抜きにしても、マリアの大きな愛が、やっぱり好きなんだなあ。


「うん、ごめんね。今日は色々あって。マリアの寂しさ、いっぱい埋めてあげるから、許して?」


 言って、わたしはマリアにキスをした。マリアはわたしよりも、背が高い。だから、わたしはいつも背伸びしてキスを贈る。マリアはその際、毎回(かが)んでくれて、わたしを受け入れてくれるのだ。もうね、以心伝心。どうすればお互いが、より深く絡み合えるか、言葉に出さないでもわかるのである。


 長い長い口づけ。

 キスの終わりを告げたのは、わたしのお腹が鳴らしたはしたない音だった。

 

 わたしは照れ笑いしながら、マリアの唇から離れる。わたしたちのリップには、まるで、いつでも行き来ができる橋がかけられているかのように、唾液が伝っていた。


「エステル、たくさんお仕事してきたんですよね? ふふ。安心してください、エステルの大好きなシチュー、できていますからね」


「ほんと!? 領主さんのお家でいい匂い()いできちゃったから、お腹ぺこぺこだったんだよ。でもね、わたしはマリアのご飯が世界で一番好きだから!」


「まぁまぁ、エステルったら。いつも嬉しいこと言ってくれるんですから///」


 マリアは(ほお)を赤らめて、わたしの腕を引っ張ってリビングにまで連れ込んでくれる。ほんと、強引な娘だ。マリアは多分、早くご飯を食べて、早くえっちしたいんだろう。だって、わたしがそうだからね。考えていることは同じなはず。


 本来ならば、ご飯にするかシャワーにするか、はたまたマリアにするか聞かれるのがふーふ生活の定番なはずだけど。わたしたちに関しては、マリアをいただくことは確定しているので、聞くまでもないのだ。お風呂だって、入らないでえっちすることも多い。マリアは汗も舐めてくれるからね。いいことずくめだ。


 わたしはリビングのテーブル周りに着席して、マリアが夕飯のお皿を並べてくれるのを傍観(ぼうかん)していた。てきぱきと料理が並べられていく様は、もはやふーふ生活うん十年のようにもみえる。わたしたちは生涯(しょうがい)、こういう暮らしを送っていくのだろう。例えそれが、魔族の国であろうとも、変わりはないはず。


 食事の時間が始まって、わたしはマリアと隣り合ってシチューを口に運んでいた。向かい合って食べるときもあるけれど、基本、並んで食べることばかり。だって、肩が触れ合っているのも幸せだし、口元についた食べ残りを()いてもらったり、舐めてもらったりもできるからね。距離が近いほうがお得なのである。


 それで、いつものようにイチャイチャした雰囲気が流れ……。

 話題は、今日の仕事についてに向かっていった。


「それでね……お城の地下に魔物がいたんだよ」


「まぁ……。エステル、本当にお怪我なかったんです?」


 マリアは、魔物と聞くやいなや即座にわたしの太ももを撫で(さす)ってきた。口に含んだシチューが喉につっかえるかと思った。だってこんなの、触診じゃなくって、あからさまにセクハラまがいの手付きだし。でも、マリアは真剣に痛いところがないか探しているんだよなあ。


「マリアって、えっちだよね……」


「? いきなり、何を言い出すんですか。エステルったら、もうベッドに行きたいのかしら」


 まだ料理は残っているのに、ってぼやきつつも、否定的ではないのだから、マリアのほうが絶対にえっちである。

 わたしは彼女を(なだ)めつつも、シチューの残りに取り掛かった。


「触り方がえっちだったの。ってゆーか、怪我どころか、戦いもなかったよ。だって、地下にいたの、女の子型の魔物だったし」


「女の子の?」


 途端(とたん)、マリアの穏やかな瞳は切れ味が増したような気がした。

 すっと細められた双眸(そうぼう)は、普段がたおやかなだけに、突然氷河期になったようにも思える。

 マリア、女の子、ってワードを聞いただけで、わたしが浮気していないか見定めているのかもしれない。鼻も動いているし。匂いでも嗅ぎ分けているのだろうか。


「なっ、何もなかったって。マリア、何を疑っているんだよ」


「はっ。いえ、すみません。魔物で女の子、ってなると、悪い誘惑でもされたのではないかと不安になってしまって……」


 マリアは無意識下での行動だったのか、正気に戻ったかのごとく、咳払(せきばら)いをしていた。


 しかし。マリアの独白(どくはく)は、当たらずとも遠からずというか。誘惑はされてきたんだよなあ……。

 あと一歩のところで、えっちになってしまった、とは言えるわけがないよね。

 顔に出さないようにしないと……。


 わたしはマリアのモノマネみたいに、咳払いをするはめになった。


「それでさ、その魔物がすごくってね。人間とほとんど変わらないんだよ!」


「あらあら、そうだったんですね。エステルは魔物さんとお友達にでもなってきたのです?」


 わたしが今日の出来事を身振り手振りで具体的に伝えると、マリアは相槌(あいづち)をくれながら、にこやかに話を聞いてくれる。マリアってば、本当に話の内容を理解できているのかな。おっとりとしすぎているせいで、たまにマリアの考えが読めない。以心伝心とは思っているけれど、相手のことがわからないことだってあるよ。


「まあ、たしかに仲良くはなったね。それでね、魔族の国、ってところがあるんだって。そこだとね、女の子同士の結婚が普通でね、しゃかいほしょー? もしっかりしているんだってさ!」


「あらあら、エステルったら。そんなに興奮しちゃって、可愛いんですから」


 笑みを崩さないマリアは、今にも頭を撫でてきそうだ。食事中なので、スプーンを置いてまでして撫でてくることはなかったけれど。

 しかし、だ。マリア、わたしの話、まるで絵本の内容でも聞かされているみたいな反応である。

 ま、しかたないか。だって、おとぎ話だと思われても不思議じゃないしなあ。


「それでね。魔族の国を見学してみないかって誘われたの。勇者のわたしならば、歓迎してくれるっていうから。でもでも、すごい遠い場所にあるらしくって、マリアも旅行がてら一緒に行ってみるのはどうかな、って思って」


 わたしは辛抱(しんぼう)強くマリアに説明を続けた。本気なんだぞ、って目で(うった)え続けてみるが、マリアのおっとりとした表情に変化は訪れなかった。


「エステルと旅行♪ いいですね、私なら、いつでもご一緒しますよ♡」


 くっ、マリア、事の重大さ、わかってるのか? 彼女は、両手を合わせて嬉しげにはにかんでいる。旅行という単語しか聞き取れていないんじゃないのかな? わたし、不安でたまらないよ……。


「あのね、マリア。わたしが誘っているのは、魔族の国だよ? もしかしたら、危険もあるかもしれないからさ。マリア、怖くないの? それとも、嘘だと思ってる?」


 溜息混じりに聞いてみると、マリアは瞳の優しさを(いささ)かも失わずに、小首を(かし)げる。うーん。マリアの顔をじろじろと見つめているけれど、どの角度でも美人だから困る。顔を見ているだけでムラムラしちゃうし、好きって気持ちが高まっちゃうよね。うんうん。


「エステルは、勇者さまですから。私たちの身に危ないことなんて、何もないですよね?」


 そうか。マリアに恐れというものがないのは、わたしの強さを心の底から信頼しているからなんだ。ああ、マリア、好きだ! 

 ま、信頼っていっても、女の子との浮気に関しては、けっこう疑り深いけどね。それもこれも、酒場に通っていたせいだろうけれど。


「ま、まあ、そうだけどね。マリアのことは絶対に守るから、そこは安心していいよ。マリアに触っていいのは、わたしだけなんだから」


「うふふ、エステルったら、小さい頃からそればっかりですね。一生、守ってくださいね、あなた♡」


「うん、任せてよ!」


 結局は、イチャイチャな方向に誘導されていってしまうのだ。わたしたちは食事中にもかかわらず、ちゅーをしてしまっていた。口移ししている気分になる。


「それでさ。明日、その魔族の子に会いに行ってみる? 出発の日時とか決めたいし。あ、でも、気をつけてよね。身体触ってくるかもしれないし」


「あら、それは構いませんけれど……。どうして、身体を触ってくるって……。あ、エステル、もしかして色々触られたんですか?」


 マリアは唐突(とうとつ)に頭の回転が素早くなったのか、わたしを不安げに見つめてきた。いつもはおっとりのくせに、わたしに何かがあったかもしれないと危惧(きぐ)したときのマリアは、急変化する。そこも、マリアのいいところだけどね。


「さ、触られてないよ! ちゃんと拒否したの! 偉いでしょ」


「エステル、また嘘ついてます?」


 マリアは、まるで裁判官にでもなったかのような、厳粛(げんしゅく)な目つきだった。

 わたしは背筋に脂汗(あぶらあせ)が走り、無意味に座り直して姿勢を正してしまう。お説教をされているわけでもないのに、気分は(しか)られているつもりになってしまった。

 けど! けど! わたしだって、悪いことをしたわけではない。ただ、ちょっと、リリとえっちしそうになっちゃったなあ、って罪悪感があるだけだ。


「嘘ついてない! 触られようとしたけど、きちんと拒否したの! 偉いでしょ!? 相手の子は、いきなり脱ぎだしてきて大変だったんだから!」


 だから、わたしは真っ直ぐに気持ちをぶつけた。最初は断ろうとしていたのは事実だし、無理矢理(せま)られても、頑張ってマリアを想って、リリを退(しりぞ)けようとしていたのも本当のこと。ただ、リリウェルがそれを無視して誘惑してきたわけで……でも、でも。わたしだって限界まで踏ん張っていたし。うん。やっぱり、どう考えてもわたしは悪くなかったや。


「まあ、そうだったんですね。エステル、可愛いですから……迫られちゃうのも無理はないですよね。でも、いけない魔族の子ですね、その子ったら」


 マリア、表情は穏やかに戻ったけれど、不安げな吐息をついている。

 明日、リリと会わせて平気だろうか? マリアは温厚だから、さすがに取っ組み合いとかはしないだろうけど。手を出すマリアなんて見たことはないからね。見たくもないし。マリアは優しいからこそ、マリアなんだ。


「うーん、まあ悪い子ではないと思うけどね……。結局は、えっちなことにはならなかったし」


「じゃあ、明日は魔族さんとお話できるんですね。エステルの可愛さについて、語れるかもしれませんね」


 よかった、やっぱりマリアは優しいや。彼女は、すでに明日のことを楽しみにしているのか、上機嫌に食事の残りに取り掛かっていた。

 マリアならば、リリとは仲良くなれそうだよね。仲良くなりすぎても困っちゃうけど。相手はえっちだし。やっぱり、わたしが常にマリアを保護してあげないといけなさそうだ。


「後ね、危険ではないんだけど、ハーピーっていう魔物も一緒にいたよ。全然攻撃的じゃないけれど、驚かないようにね」


「あらあら、明日は貴重な体験がいっぱいできそうですね」


 マリアは何を聞いても驚嘆(きょうたん)することがないのだから、ある意味すごい神経の持ち主だ。彼女が驚倒(きょうとう)するのなんて、虫くらいだけじゃなかろうか。


 明日の予定を決め終えたわたしたちは、以後、何も(うれ)うことはなく、イチャイチャとした空気で過ごした。えっちもいっぱいした。

 そして、えっちで疲れた二人は、快眠を(むさぼ)れるのだ。いつものわたしたちの()り方である。

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