第六話
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第二章 魔族のリリウェル
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「魔物の棲み家?」
わたしの間の抜けた声は、豪華な造りの室内に響き渡った。
床には赤の絨毯、周囲に目を這わせれば、磨き抜かれたキャビネットやら本棚がクリスタル細工のように煌めきを放っている。
そして、部屋の主はわたしの真正面の重厚そうな机で手を組んでいた。
ここは、わたしの出身地であるど田舎村・ウルカの隣町。そこそこ発展した都市の、領主の館である。
わたしは勇者としての仕事を、ここの領主さんにたびたび依頼されていた。
そして今日も、お呼ばれされていたわけである。
平和を体現したかのような、小鳥のさえずりさえ聞こえる、のどかな町並みを誇っている都市だけど。この場には似つかわしくない、曇天のような重々しい空気を含んだ声を放ったのは、領主の娘さん。
わたしに仕事をくれるお得意さんだ。
彼女は仕立てのいいドレスと、金髪のストレートヘアに、ちょっと吊り目がちだけど気品のあるお嬢様然とした風貌をしている。
ただ、キツそうな見た目とは相反して、勇者であるわたしには敬う態度をしてくれるので、わたしとしても接しやすい人物だ。
「ええ……。最近見つかりました城跡の地下に、どうやら魔物が住み着いているらしいのですわ」
領主の娘・フィオーネは、困ったように目を伏せて、吐息をつく。
わたしが勇者になってから、魔物退治は数件あったけれど。そのどれもが、虫退治と同義といってもいいほどの、簡単なものだった。
だが、彼女の反応を見るに、今回はのっぴきならないようである。
「まあまあ、不安にならないでいいよ。わたしは勇者だから。魔物なんかには遅れを取らないよ」
「え、ええ……。そこは心配していないのですが……」
フィオーネは歯切れが悪く、片目でちらりとわたしを窺ってくる。
うっ。絶対に、わたし、信用されていないぞ。口ではああ言っているけれど、彼女の目が、不信感を露わにしている。
まあ、それもそうか。
わたしは見た目的には、何の変哲もない15歳の少女。
これまでだって魔物退治はやってきたわけだけど、今までの仕事は武装している少女なら、誰でもできるレベルだった。さすがに、マリアくらいおっとりしている人間には難しいのかもだけど。それでも命を落とす、っていうほどでもないし。
しかし、今回の依頼は、かなり厄介な魔物らしいし。
わたしを信頼していいのかは、疑問なのだろう。
なぜなら、15歳の女の子を魔物の棲み家に送り出しておいて、もしもわたしがやられてしまった場合、フィオーネは罪悪感に一生付きまとわれるだろう。民からだって非難を浴びせられるはずだ。
「それじゃあ、今日にでも行って退治してくるから。ご褒美は用意しておいてね!」
ご褒美……なんてはぐらかしたら、ちゅーでもされちゃうのかもしんない。
フィオーネくらいお上品な上流階級のお嬢様からのキスなら喜んじゃうだろうけれど、わたしにはマリアがいるからなあ。もしもマリアがいなかったとしたら、喜んでお付き合いしていただろう。
「えっ、あの……!」
わたしの心を読んだかのように、切羽詰まった声をあげるフィオーネ。
わたしは彼女からそそくさと地図を受け取って、意気揚々と領主の部屋を飛び出した。
これは報酬がよさそうだ。キスとは別に、ね。
お金をたんまり受け取った日には、緊急の依頼以外は休んじゃえばいいし。マリアといっぱいえっちができるぞ!
わたしはスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで領主邸の廊下を進み、窓外に目を向ける。一望できるのは、青空広がる高級住宅街。その先に広がるのは無限の平野だ。わたしの向かう場所は、平野を越えたさらなる遠方の郊外。
勇者であるわたしの足ならば、そう時間はかからないだろう。
というわけで、魔物なんてダッシュで掃討しちゃうぞ!
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正午前。わたしの黒髪を撫で付けるのは、草木香る初夏の風。
鼻腔に忍び込むは、荒廃した建物の残骸を含む匂い。
わたしは周囲をキョロキョロと見渡した。
日向ぼっこでもしたくなるほど気持ちのいい陽光に照らされているのは、瓦礫の山たち。
崩れ果てた壁、それからゴツゴツとした石床は元がお城だったことを示している。
地図に書いてある場所で間違いないだろう。わたしは迷子にならず目的地に辿り着けたぞ。マリアが横にいたら、いいこいいこしてもらえたはずだ。
だけど、肝心の魔物の巣、とやらが見つからない。
わたしがいくら首を巡らせようが、魔物の気配なんて微塵も感じないし。勇者として感覚が発達したわたしの神経に何ものの存在も感知できないのならば、魔物が住み着いているのかは疑わしくなる。
もしかして、場所、間違えてる?
でも、この辺には城跡なんて他にないし……。
しばらく状況を探って、魔物の痕跡を見つけるしかないかなあ。今日はもしかしたら、帰りが遅くなっちゃうかもしれないね。夕飯までには帰らないとマリアが心配しちゃうから、なるべく颯爽と片付けたかったんだけれど。わたしってばせっかちだし、もうちょっとフィオーネに話を聞いておけばよかったかもしんない。
わたしは足元の小石なのか瓦礫なのかわからない物体を靴先で蹴っ飛ばしながら、ブラブラと散策していた。
廃墟の空気というのも、なかなかに趣があって見ていて飽きはしない。マリアにお弁当でも作ってもらって、ピクニックデートでもしたい気分だ。魔物がいなくなったら、提案してみよう。
こんなところ、人なんてこないだろうから、お外でのえっちもできそうだしね。
マリアとのえっちを考えると、いくらでも妄想が浮かんでくる。なんせ、十数年間、毎晩毎晩、脳内で繰り広げていたからね。今ではそれを実現できているのだけど、妄想するのに飽きは来ない。
わたしが一人薄ら笑いを浮かべていると、足元の小石が、どこか遠くに転がり込んでいった。
不審に思って地面に視線を向けてみると、石畳の残骸の隙間に、微かな空間が顔を覗かせている。
かなり、違和感満載。
その隙間は意図的に隠されたような不自然さが滲み出ていたのだ。
石畳はちょっとでも力を込めればずらせそうだし、闇が広がる虚空は、先が広々しいことを物語っている。
城跡の地下、か。
魔物が巣食っているとしたら、絶好のポイントだろう。フィオーネも人が悪いよね。こんな場所が隠れているのならば、前もって教えてくれてもいいのに。
と思って、もらってきた資料に目を通してみると、しっかりと書いてあった。よくよく思い返してみれば、フィオーネも城跡の地下って言ってたような気もする。
わたしって、本当に勇者に向いてないのかもしれない。
なんて憂いは知らぬフリをして、わたしは石畳を手で押し込んで横にずらしてみた。
中は陽が届かないからか、ひんやりとしていて、若干カビ臭さもある。闇に潜む魔物とかならば、好んで居座りそうではあるけれど……。
地下に身を滑らせてみると、ボロボロの石階段がどこまでも続いていた。
一体どれほどまで道が伸びているのかは定かではないけど、少なくとも魔物の気配は未だに感じ取れない。
わたしは臆せず、階下へと降りていった。暗いのも気にならない。マリアと違って、お化けが怖いとかはわたしにはないしね。なんなら、勇者としての異能を使えば、炎を操ることだって可能だ。だから、明かりには困らなかった。
足音だけがこだまする。
振り子時計のように単調とした時間が終わりを告げると、扉つきの部屋が左右に見受けられる空間が現れた。有事の際の隠れ場所のようにも見える。
その部屋の一つから、生物の気配が放たれているのをわたしは見逃さなかった。
だけど、臨戦態勢に入らなかったのは、危機が感じられなかったからだ。例えるならば、人間の空気と同じものが流れているというか。
かといって、こんな場所で生活する人なんているのだろうか。人里で暮らすのがやましい犯罪者とかなら、身構えたほうがいいかもだけど。淀んだいやーな感じはしないんだよねえ。
せっかちなわたしは、どういう生物が潜んでいるのか目で確認したくなったので、おもむろにドアノブに手をかけた。
地下の室内は相当な年月が経過しているのか、扉がギシギシと悲鳴をあげる。それに加えて、ドアノブを回そうとするだけで、埃やら粉塵やらがパラパラと舞い落ちた。
こんなに音を立てたのでは、部屋内にバレバレだ。でもね、わたしは隠密行動とかは苦手だし。どの道、魔物は退治しなきゃいけないのだから、コソコソしてもしょーがないよね。
「魔物の討伐を依頼された勇者がきたよー、誰かいるのー?」
わたしは、宅配便を届ける業者みたいによく通る声で室内に語りかけた。
一応、警戒しつつ、中を見通してみる。明かりは灯っていないけれど、少し目が慣れてきたので、うっすらとだが内装は把握できた。
部屋の有様は、外よりもひどい。
とにかく埃が凄まじくって、空気を肺に取り込んだだけで咳が止まらなくなりそうだ。
状況は仔細にはわからないけれど、殺気とかはまるっきりなし。警戒は解いても平気そうだった。
おぼろげに映るのは、部屋の片隅にあるベッド。それから、クローゼットが放置されてあるくらいの簡素な造りらしく、生き物が闇に乗じるのも難しいはず。
そのベッドが、もぞもぞと動いた。
まさか、魔物がベッドで寝ているわけでもないだろうし。やっぱり、人間がねぐらにしているだけなのかな。
「ん~……? 女の子……?」
ベッドから発せられた声を聞いて、わたしは動揺した。
だって、あんなボロボロの寝具から聞こえてきたのは、それとは真逆の、新品の羽毛布団かのようなふわふわとした可憐な少女のボイスだったのだから。
一体、この声の持ち主の何をどう判断したら魔物だっていうんだ。わたしは、フィオーネに担がれたのだろうか。
「え、えっと……。女の子がいるとは思わなかったな……。魔物がいるって聞かされて、派遣されたんだけど……」
相手の声がやたら可愛かったせいで、わたしは妙に上擦った声で語りかける。だって、わたしはマリアっていう奥さんがいるけれど、女の子のことは大好きだし。いや、浮気とかはしないけど!
でもね。魔物が相手ならば、話が通ずるかも怪しいと思ってた。しかしながら相手はきちんと人語を解しているし、やっぱり討伐が必要そうな危険生物なんかではないよね。
「え~? バレちゃってるの? なんか面倒くさいわね~……」
ベッドの主がのっそりと起き上がる気配を感じて、わたしは一歩後ずさった。
怖気づいたわけではない。
彼女の台詞が、意味深だったからだ。
バレちゃってる、って何が?
魔物だ、っていうことを認めているってこと?
わたしは頭が絡み合った紐のようにこんがらがり、どう対処すればいいのかわからなかった。
だって、もし相手が魔物だったとして、可愛い女の子に刃を向けることなんて、できるかわからなかったし。
予測不能の事態に、内心で焦っていた。
焦ってはいたが、自称魔物の女の子の容姿も気になる。
だからわたしは右手に力を集め、炎を具現化して、室内に明かりを灯した。
「んー……眩しいっ。って、おや? あんた、なかなか可愛い子じゃない」
ゆらゆらと揺れる淡い光に照らされながら、感嘆とした吐息をあげたのは小ぢんまりとした少女だった。
わたしとそう変わらない背丈。それから、薄桃色のセミロングヘアがやたらとファンシーだけど、それがぴったりとマッチングするような小悪魔めいた顔。魔物という単語とは対極にいる美少女だ。
しかも、わたしのことを"可愛い"なんて言ってくれるし。変にドキドキとしてしまうじゃないか。
「あ、あのっ……。えっと、魔物……なの?」
わたしは人見知りなのも相まってか、ぎこちない人形のようにガチガチな口調で問いかける。
すると、相手の女の子は、くすくすっと楽しそうに笑みをこぼした。
わたしを小馬鹿にしたような笑い方なのに、背筋がゾクッとするような官能とした表情で、心が掴まれそうになる。まるで、蜘蛛の巣に捕らえられてしまったかのように感じた。
わたしは頭を左右に振って、魅力を断ち切ろうとする。脳内にマリアを思い浮かべることで、誘惑なんかきかないんだから。
わたしの反応をおかしそうに見やっていた少女は、ベッドから抜け出してきて、わたしに一歩近づいてきた。
彼女の服装は、ややみすぼらしい。
布切れ、と形容してもおかしくないほどのヨレヨレのシャツ。それから、一年中履き潰したようなダメージの入った短パン。足は素足だった。
彼女の足が、さらに一歩にじり寄る。冷たい地面を、ひたっ、と足裏の音だけが伝ってきた。
わたしは、生唾をごくりと飲み込んだ。
炎に照らされた室内の空気が、桃色に染まったのかと思った。なぜなら、眼前の少女のシャツが少しはだけ、胸のあたりが覗けそうになったからだ。ちなみに、胸の膨らみはさほどでもないらしく、わたしより幾分かはある程度。でもね、発育途上のおっぱいというのも、乙なものである。
それから、彼女は舌なめずりをするものだから、わたし、襲われちゃうんだ! って本能が感じ取ったのかもしれない。
しかも、周囲に媚薬が振りまかれたと勘繰ってしまうくらいには、脳内がぼーっとするし。
も、もしかしたら、"淫魔"っていう魔物なのか!?
本では読んだことあるけれど、魔物なんて言葉の通じない獣しかいないと思っていただけに、いまいち確証が持てない。
「ふ~ん。へ~。これが勇者ちゃんなのね。いいね♪ あたしの好みだよ♡」
「こ、好み!? な、な、何を言い出すんだよ!」
わたしは、更に一歩、後退する。
が、彼女も負けじと詰め寄ってくるので、一切距離が離れない。
だけどわたしとて勇者。尻尾を巻いて逃げるなんて、できるもんか。
「顔、赤くなってるよ、勇者ちゃん。えっちなこととか、大好きなんでしょ?」
少女は、はだけかかったシャツを着直そうとして……むしろ脱ぎだした。
わたしは、咄嗟に顔を反らす。
本来なら、女の子の裸なら凝視したいはず。でも、今のわたしは結婚済みだし!
裸を見るのも、罪悪感となったのだ。こんなんじゃ、わたしとマリア、温泉にも行けないじゃないか。
とはいいつつ、横目でちらりと盗み見してしまうのが、わたしである。
彼女は完全に脱衣したわけではなくって、上着の裾をめくりあげただけだ。おっぱいも丸見えではない。わたしをからかっているみたいだ。
「な、なに脱ぎだしてんだよ。痴女ってやつか!? 君が魔物じゃなかったとしても、警察に突き出しちゃうぞ」
「ええ~? 勇者ちゃん、こういうの好きそうな顔してるのに。意外と、意気地なしなのね」
えっちが好きそうな顔、ってどんなだよ!
しかも、わたしたち、女の子同士なのに。それに関しては、さも当然、といわんばかりに、ナチュラルである。わたしとしては、喜ばしい限りだけどね。
「わ、わたしには奥さんがいるの。意気地なしとかじゃないし」
抗議の意を込めて、唇を尖らせながら左手を見せつける。そこには、炎の光に反射して煌めく銀の指輪があった。
マリアとお揃いで買ったエンゲージリングだ。
「ふ~ん。"奥さん"、ねえ。やっぱり、あたしの目に狂いはないみたいね」
彼女は満足そうに、唇に弧を描いて笑みをこぼした。
わたしのことなんて全部見透かしているかのような、余裕そうな態度だ。
相手のペースに引きずり込まれていることに、段々と腹が立ってきた。
「い、いい加減わたしの質問に答えてよ。君はなんでこんな場所に隠れているの? 魔物なら、悪いこととかしているの?」
「んー……そうねえ。あたしとイイコトしてくれたら、全部答えたげる♡」
"イイコト"にアクセントを置いた彼女は、言い終わると同時、短パンをするりと床に落とした。
室内に、わたしの唾を飲み込む音が反響した気がした。
わたしの視線は、彼女の下半身に釘付け。そこには遮るものがなんにもなくって。つるつると光り輝く真っ白い肌が丘となっているだけだ。
マリアの大人のものとは違う、わたしのような、毛が一切ないすべすべっとしたお股。女性の生の下腹部は、マリアのしか見たことがなかったので、新鮮だった。
だからなのだろう。わたしは食い入るように見つめてしまっていた。なんか糸引いてるし。
「え、待って。話聞いてた? わたしには、奥さんが……」
目線を反らしながらも、強く拒否ができない。浮気したいわけじゃないのに。目の前にある、"可愛い女の子の裸"、という餌があるせいで、釣られてしまいそうになっているのだ。わたし、勇者なのに欲に弱すぎ。
「まぁまぁ、そう言わずに♡ 奥さんがいる、ってことは、女の子が好きなんでしょ? あたしが、女の子とのえっち、なんでも教えてあげるよ?」
「な、なんでも……?」
拒否どころか、むしろ期待するような声で聞き返してしまう。
だって、もしもえっちを教えてもらえたら、マリアが喜んでくれることの引き出しが増えそうな気がするし。
わたしは、顔は横を向けつつも、瞳は彼女の下半身を見据えている。その視線に気がついてる彼女は、笑みを崩そうとしないで、わたしにどんどん迫ってきた。
「そうよ。勇者ちゃん、なんにも知らなそうな顔しているしね。あたしに任せちゃいなよ」
「なんにも知らない、ってことはないよ。マリアとはたくさんえっちなことしているし……」
「ふ~ん、そうなんだ。お子ちゃまそうなのに、意外な子ね。あ、あたしはリリウェル、っていうの、リリって呼んでよ」
友好的に、自己紹介までされてしまう。
相手がお股をさらけ出している状況でもなければ、魔物うんぬん抜きにして、握手を交わしていただろう。相手の子は、それくらい朗らかな笑顔だったのだ。
もしも、彼女にひとかけらでも悪意があったとしたら、勇者のわたしにはわかっちゃうはずだから、リリと名乗った女の子は、いい子なのだろう。初対面の女の子に裸を見せつけちゃう痴女ではあるけれど。悪人というカテゴリーではないはず。うん。
「わたしはエステルだよ……。ってゆーか、服、着てよ……」
そう促しながら、それは本心だったのか? って自問したくなるくらいには、声が震えていた。
だって、もっとじっくりと、間近でリリのお股を見てみたいなあとも思わなくなかったり。実行は、し、しないけどね。
「だーからー、あたしに色々聞きたいんでしょう? えっちしないと、教えてあげないよ? "ここ"に、なんでもしていいし、本当はしてみたいんでしょ?」
リリが、"ここ"っていって指し示すのは、女性の一番大事な場所。彼女は自らそこを指で広げてきて、わたしをここぞとばかりに誘惑する。その上、唇でシャツの裾を咥えて、上部に持ち上げて、おっぱいも一望できるようにしているときたものだ。上も下も、秘部をガッツリと見せつけてきている。
わたしは顔が熱くなりすぎて、鼻血も出そうだった。
だって、マリアはこんな風に迫ってくることないし。これほどド直球に痴女痴女されたら、わたしだって狼狽えちゃう。
ごめん、マリア。
無理かもしんない。
わたしの鼻息は台風が起こせそうなくらい荒く、手をワキワキとさせながらリリに近寄った。そのせいで、わたしが灯していた室内の炎が消えかかり、まるでベッドインした後に電気が消えたかのような演出になってしまう。
ヤッてしまう気、満々だ。
いざ、めくるめく大人の世界――という直前で、背後から物音がした。
わたしは、あまりにも油断しきっていたために、うわっ、って小声で驚きながら、後ろを振り向く。
さすがに勇者のわたしとて、極上のお股を目の前に出されたら、気配察知が遅れるというものだ。
まあ、闇討ちされたとて、怪我はしないだろうけどね。
「あれ? リリウェルさま、誰かいるんですか?」
しかし、リリウェルという女の子が罠にはめようとした、ってわけではないみたいだった。
通路側から聞こえてきたのは、のんびりとした声。餌におびき寄せられた哀れな獲物を狩るハンターのような獰猛さは備えていなかった。
「……ま、魔物!?」
現れた異形の影を見て、わたしは思わず腰に提げていた剣の柄に手をかけた。
わたしが発現させていた炎も激しく力を強め、明かりが最大限に灯される。
勇者が発する光に映るは、翼を生やした人影だ。
「……人間!? リリウェルさま、ご無事ですか!?」
逼迫した声で室内に入り込んできたのは、ハーピー、と呼ばれる種族の魔物だった。
ぱっと見は人間の女性とほとんど変わりがないけれど、大きな両翼を携え、足も鳥のように鉤爪付きである。
まさか、フィオーネが憂いていた件の魔物は、こいつのことだろうか?
だけど、妙だ。このハーピーは、リリウェルとは顔見知りみたいだし……。
わたしとハーピーは、一触即発の空気。お互い、構えは解かずに視線が交錯した。
「はー、いいところだったのに。タイミング悪いわね、サフラン。はいはい、二人とも、やめなさいよ」
すると、リリウェルは両手をパンパンと叩いて、わたしたちの間を取り持とうとする。いつの間にやら服は着込んでいた。残念なようなホッとしたような。
「リリウェルさま、これはどういうことですか?」
眼前のハーピーは、指示された通りに臨戦態勢を解き、胡乱げにリリウェルに問いていた。
戦いにはならないようだけど、わたしは警戒を維持しつつ、同時に感嘆していた。魔物って、人間とほとんど変わらない種類もいるんだなあ、って。見た目はおろか、流暢な言葉だし。
「あー、なんかね、あたしたちのこと、バレちゃってるみたいね。この娘、勇者ちゃんなんだって」
「勇者!?」
説明を受けたハーピーは、再び眼光を鋭くしてわたしを見つめてきた。攻撃態勢に入ったというよりかは、むしろ防衛本能が働いたようにも見える。
わたし、そんなに怖いかな。
「もー、何が何だかわかんないよ! リリっていったよね、わたしにきちんと説明してよ!」
頭の中がパンクしそうだったわたしは、子どものように喚いてみせた。駄々をこねるのは得意中の得意だし。ってゆーか、どさくさに紛れてえっちもお預けにされちゃったから、不満でいっぱいだ。
帰ったら、マリアといっぱいしてやる。
「ま、しょーがないか。あたしたちも、勇者ちゃんに懲らしめられたら困っちゃうしね」
すると、リリは髪の毛をポリポリとかきながら、今度は潔くコミュニケーションを受け入れてくれるのだった。




