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第三話

******



「ただいま。マリア」


 パトロールはすんなりと終わり、お買い物をしてから帰宅しても、お昼を過ぎた時間帯だった。予定していた3時間もかかっていない。マリアに大見得(おおみえ)を切っておいたのにこれなのだから、わたしたちはバカップルだ。


 木造の扉を開けると、一ヶ月の生活で慣れ始めた家の香りが漂ってきた。新品の家具とかの、新たなる暮らしの匂いである。

 中はしんとしていて、マリアはお昼寝でもしているのだろうか。この時間帯ならば、お昼ごはんを作っていても不思議ではないけれど、そんな様子もない。


 返事がないので、わたしはマリアを起こさないように気遣って、そっと室内に帰還した。

 家に入ってすぐの扉を開けると、リビングだ。二人がご飯を食べたり、ソファでのんびりしたり――ベッドまで我慢できないときにはえっちをしたりする場所。


 リビングはカーテンが閉め切られており、ちょっと薄暗かった。

 わたしがリビングに侵入した物音に反応して、ソファから身動(みじろ)ぎする気配が(しょう)じる。

 マリアは、そこで休憩していたようだ。


 彼女の目が覚めてしまっていないか確認するために、ソファに忍び寄ってみる。


 すると。

 マリアとばっちり目が合った。


 なんだ、起きてるんじゃん。どうして玄関まで来てくれなかったの。って文句がいの一番に出てもいいはずなのに。台詞の代わりに音を(かな)でたのは、わたしが床にドサリと落とした買い物袋だった。

 わたしは、機械仕掛(じか)けの人形みたいに、口がパクパクと開閉するだけである。


 しばしの硬直を()て。

 マリアは咳払(せきばら)いをすると、何事もなかったかのように上体を起こした。

 その際に、掛け布団で全身を(おお)うように巻きつける。

 だって。マリアの下半身は何も身につけていないし、上半身だってはだけていたのだから。隠したくなるのも当然だよね。


「あ、あなた……。ず、ずずず、ず随分(ずいぶん)と早いおかえりでしたね」


「な、なにしてたの、マリア……」


 ようやく、その質問を発することができた。

 まさか。あの清純なマリアが、ひとりえっちをしていたなんて、あるわけがないよね。しかも、こんな真っ昼間から。ただ暑くて、寝苦しかったから、脱いでいただけだよね。


 けどね。わたしの憶測を()()けるかのような、マリアの上擦(うわず)った声。紅潮(こうちょう)した(ほお)火照(ほて)った体温。何をしていたかなんて、明白なのである。

 わたしは、信じられないくらいにドキドキとしてしまう。えっちなことなんて、なんにも知らなかったマリアが……えっちになりすぎ!


「す、すこし、お昼寝を……。あ、あなたっ、お買い物行ってきてくれたのですね~~」


 マリアはめちゃめちゃ不自然に話題を切り替えてくる。が。わたしに飛びついてこないあたり、怪しさ全開。だって、できるわけないよね。掛け布団を払ったら、一糸まとわぬ下半身が覗けちゃうんだから。いくら毎日えっちしている相手だからって、堂々と裸体を晒せないのがマリアなのだ。


「お昼寝、って……。あ、じゃあお腹すいたからお昼ごはん作ってよ」


 わたしはマリアに意地悪がしたくなってしまい、女神さまの加護を受けし者とは思えないほど邪悪な笑みで頼み込む。

 だってマリアは、今は下半身に何も着用していない。立ち上がることはできないのだ。じゃあ、マリアは一体どんな機転を()かせてくるのか、興味深くなったのである。


「わ、わかりました……。ではエステルは……えっとえっと……お、お着替えでもしていて待っててください」


 どうやらマリア、ひとりでえっちなことをしていたの、わたしに気づかれていないと思ってるらしい。わたしの目を()らすことで、有耶無耶(うやむや)にするみたいだった。


「え~? 着替えもマリアが手伝ってくれないとやだぁ。いつもならしてくれるのに、なんか変だね、マリア」


 マリアに一歩、近づく。

 (ひたい)若干(じゃっかん)、汗が浮かんでいるマリアは、金色の前髪が張り付いていて妙に(なま)めかしい。わたしとえっちしている最中のようなマリアだ。ドキドキする。このまま覆い被さりたくなるくらいには。でも、我慢我慢。嘘を付くマリアを見るのは貴重だからね。


「い、いえっ。その。寝てしまっていたせいで、お昼の準備が遅くなりそうなので。エステルには着替えていてもらおうかなって……」


 マリアが慌てて両手をぶんぶんと振る。

 どうやらめくられていたシャツは、会話の途中で正常な状態に戻したらしく、上半身には余裕ができたようだ。しかし、完全に脱いでしまっている下半身は、わたしがこの場から離れない限り、どうしようもない。

 マリアはなんとしてでも、わたしを追い払いたいようだった。だったら、徹底抗戦だ。


「……ん? なにそれ」


 しかし、わたしの覚悟を嘲笑(あざわら)うかのように、戦いの終止符はあっさりと打たれた。

 なぜなら、マリアが両手を振った際に、何かが床に落ちたのだ。

 

 それは、布切れだった。

 しかも、めちゃめちゃに見覚えがある。


「な、なんでもっ! あ! エステルっ拾っちゃだめ!」


 あの清楚なマリアが、顔を真っ赤にして狼狽(うろた)えている。すんごく可愛い。

 わたしは、マリアがその布を拾い上げるより先に、奪い取った。

 

 白の布切れは、無地で、小さなリボンが装飾されている。

 昨日、わたしが履いていたパンツだ。


 そうか。マリアはこれを片手にひとりで……。わたしが知らないうちに、随分とえっちになったなあ。感慨(かんがい)深いね。でもでも、マリアはわたし専用だから、わたしにだけえっちになってくれているのは確実なので、嬉しくもあるよね。


「マリア……。わたしのパンツで、ナニしてたのかなぁ~?」


「あのあのっ、えっと……。お、お洗濯を、しようと、思っていて」


 マリアの目は、海水浴をしているのかというくらいに泳ぎまくっている。嘘を付くの、下手すぎ。だって、マリアはわたしを(だま)すことなんてできない真面目な性格だしね。ああ、本当に可愛いお姉さんだなあ。


「こんな格好で?」


 わたしは我慢ができなくなり、マリアがくるまっていた掛け布団を()ぎ取る。

 だって。もう、じゅうぶんマリアを(はずかし)めたからね。後はお楽しみだ。


「きゃあっ! エステルっ、ひどいっ、気づいていたんですねっ!」


「あはは、バレバレだよ。マリアってば、わかりやすすぎ」


 わたしは、マリアの丸出しにされた下腹部をじろじろと眺めながら、にんまりとする。幼い頃から毎日、目にしているマリアの裸体。それでもね。瞳に映すたびに、感動で涙が出そうになる。


「マリア、わたしのおぱんつを使って、ひとりでしちゃったんだね?」


「だって、だって……。お洗濯しようと思ったら、いい匂いがしたものですから……つい……///」


「匂い!? あはは、ぱんつの匂い嗅いでたの? 恥ずかしいなあ……」


 マリアってばド天然だから、(みずか)らどんな行為をしていたのか暴露してくれている。問い詰める必要もなくて、やりやすいなあ。

 マリアのことが、どんどん(いと)しくなる。マリアのことは限界まで好きになっていると思っていたのに、底が見えない。わたしの嫁は規格外だよ、ほんと。


「もうっ……。エステルったら、帰ってくるの早いんですから……。まだ時間に余裕があると思っていたのに……」


「でも、わたしが早く帰ってきて、嬉しいんでしょ?」


「え、それはもちろんそうですよ」


 一転して、瞳をキラキラと輝かせるマリア。

 彼女も隠し事がなくなったことにより、いつものようにわたしを抱きしめに立ち上がった。

 シャツだけを着て、下半身の毛をさらけ出したままのマリアにハグされたものだから、わたしもえっちする気満々。お昼ごはんの前にやっちゃおう。って決意する。

 

「じゃ、あらためて。ただいま、えっちなマリア」


「もう、あなた……♡ 私をこんな風にしたのは、エステルなんですからね♡ おかえりなさい♡」


 見つめ合って、キスをした。

 心が温まる。わたしは間違いなく、世界で一番幸せな女の子だ。


 帰宅するときのキスは、決まって朝のものとは別。

 だって、お仕事が終われば、その日はずっとマリアと一緒にいられるんだもん。自分を(おさ)える必要はない。

 だから、わたしはキスをしながらマリアの大きな乳房を揉みしだく。

 うんうん。マリアのおっぱいって、揉んでも吸っても噛んでも最高。これがないと生きている実感が湧かないよね。


 すると、マリアもわたしに手を忍ばせてくる。彼女のたどたどしい手付きは、胸近辺をまさぐってきた。わたしの胸は貧相で、取っ掛かりもないだろうけれど……。それでも、マリアはわたしの身体を、女体を触る嬉しげな触り方をしてくれる。


 が。彼女の手が、不意にぴたりと止まった。


「エステル? これはなんです?」


「ん? ……あっ!」


 今度は、わたしが仰天(ぎょうてん)する番だった。

 先程のマリアと、まるっきり立場が逆である。


 マリアがわたしの(ふところ)から見つけ出したものは、酒場のお姉さんから借りてきたえっちな本だ。


「雑誌、です? あら? 下着の雑誌かしら?」


 ド天然マリアは、表紙を見ただけではえっちな本だと判別できないらしい。

 半裸のお姉さんがポーズを取っている表紙を見ても、下着のモデルだと思ったようだ。

 まあ、下半身丸出しのマリアのほうが、えっちな本よりもえっちな格好なんだけどさ。


「あ、ああ、う、うん、そ、そうだよ。後で、読もうと思って……。そ、それよりさ、ちゅーの続きしよ?」


 マリアがえっちな本に興味を持たないように、必死になって、わたしに意識を誘導する。

 しかしマリアは、じとーっとわたしの瞳を覗き込んでいた。

 な、なんだ。見定めているかのようなマリアの視線が、居心地(いごこち)悪い。


「エステル、何か隠しています?」


「え!? そ、そんなわけななな、ないじゃん!」


「エステルって、ほんと小さい頃から隠し事できないんですから。嘘をついても無駄ですよ?」


 ええ!?

 一体わたしのどこに、隠し事をしている要素があったっていうんだよ!

 それにそれに。嘘をつけないのはマリアだってそうなのに。もしかして、わたしたちって"似たものふーふ"ってやつ??


「待って、マリア!」


 わたしの抑止(よくし)など意に介さず、マリアは本のページをめくっていく。

 すると、マリアの頬は、湯気が立つほど急速に赤くなっていった。


「な、なんですか、この本は!? えっちなページだらけじゃないですか!」


「あ、あはは……。えっちなお勉強をしようと思って……」


「まぁ……。えっちって、こんなことまでするんですか……? す、すごい……」


 なんとマリアは、えっち本を食い入るように読み(ふけ)っている。わたしのマリアがどんどんピンク色に染まっていく様は圧巻だ。

 でも、こういうのはカップルで眺めるのもいい雰囲気にできそうだね。新発見。

 

「ほらほら、このページみたいなのとか、マリアと試したいなって思って」


「そういう理由でしたら、隠さなくても良かったじゃないですか。変なエステル」


「だって……。えっちな本持ってるの見つかったら、マリアに引かれちゃうかなって思って……」


「エステルは15歳ですものね。こんなもの、どこで買ったのかしら。でも、なんだかスッキリしました。エステルったら、どうしてえっちが上手なのかな、ってずっと疑問でしたから……」


「あ、あはは……」


 わたしは、苦笑いで誤魔化(ごまか)す。酒場のお姉さんにいつも借りて読んでいた、なんて正直に伝えにくいもんね。


 でもマリアも、口では(とが)めつつも、わたしのことを追い詰める気はないみたいだった。

 ほっとする。

 というわけで。早速、本の内容を実践(じっせん)に移すわたしたちなのだった。


 ソファの上で甘い空気を発生させつつ、ハグし合う。

 マリアは、はにかみながら、わたしの頭を()でてくる。相変わらず、お姉さんのようなお母さんのような、優しい触れ方。この手付きはきっと、生涯変わらないんだろうな、って思う。


「エステル♡ 頼んでたお買い物行ってくれて、ありがとうございます。きちんとおつかいできて、偉いですよ♡ よしよし♡」


 マリアはいつも徹底的にわたしを甘やかす。おつかいしただけでべた褒めなのだから、調子が狂っちゃうよ。といっても、わたしだって、頬が(ゆる)んでしまうのだから、マリアには(かな)わないな。


「マリア、わたしは小さい子どもじゃないんだから。買い物くらいできるって」


「ごめんなさい。エステルは、いつも私の後を付いてきていたから……。一人でおつかいなんて、まだまだ先の話だと思っていたんです」


「いや、まだまだ先、って……。わたしもう15歳なんだけど」


 わたしが憮然(ぶぜん)として答えると、マリアの瞳は(うれ)う眼差しに変わっていく。

 失敗したかもしれない。

 マリアは年の差を指摘されると、少し落ち込むのである。これは、わたしと結婚してからのマリアの心境の変化だ。今まではお姉さんポジションに落ち着いていたマリアだったけれど、それがふーふになるのならば、年の差は気になってしまうらしい。


「エステルは……おひとりでお買い物できるのなら、私とはもう一緒に行かないです?」


 寂しがっていたのは、そこか。

 マリアのわたしへの依存度は、度を越している。まあ、わたしだってそうなのだから、似たものふーふで間違いはない。


「そんなわけないでしょ。明日、一緒にお買い物デートしようよ。おつかいは、お仕事のついでだし、普段はマリアと一緒がいい」


「よかった♡ 明日のデート、楽しみですね、エステル♡」


「明日、足腰が立たなくならないようにしないとね。マリアってば、けっこうケダモノだし」


 ソファの上でイチャイチャとしつつ、マリアの丸出しの下腹部を撫でる。きっと、そこには(しずく)が溜まっているはずだから。

 マリアは楚々(そそ)としているけれど、ベッドの上ではわたしよりもお盛んになるときがある。見た目によらない女性なのだ。わたしがマリアの本性を引きずりだしたといっても過言ではないんだけどね。


「エステルのほうこそ、いつも激しいんですから……///」


 赤面するマリアにキスをして……お昼ごはんも忘れて励んでしまうわたしたち。


 食事よりも優先して互いの肉体をむさぼるのが、勇者とその嫁の日常である。

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