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最終話

******


終章


******



「あれ。出発するのって今日だったっけ?」


 魔族の国で生活を始めて、一月ほど経過したある朝のことだった。


 わたしは、寝間着(ねまき)のパジャマのままホールをうろついていた。起き抜けなので、寝癖だらけの髪の毛はぼさぼさ、しかもお腹をポリポリとかきながらの、無防備な状態である。

 リリの家も、もはや我が家と変わらないテリトリーとなっていた。マリアや聖女さまも、まだベッドの中でまどろんでいるはず。


 わたしは、(さわ)がしくなっていたホールに足を運んで、ついでに朝の紅茶でも()れてもらおうとしたところ。

 玄関には、旅の支度(したく)を終えたような格好のレーネとアイシャ、それにリリウェルがいたのだった。


「もー、勇者ちゃん、だらしなすぎない? ま、別にいいけどね。留守番(るすばん)はしっかりしといてよ!」


 リリウェルは(あき)れながらも、(なか)(あきら)めに近いのか、とりたてて責めてくることはなかった。

 

「何日くらいで帰ってくるんだっけ」


「まあ……色々とすることがあると思うから、早くても一ヶ月くらいかと思われます!」


 答えたのは、騎士のお姫様・レーネである。


 確か、レーネの家の都合(つごう)があって、一旦(いったん)王国に帰還するって予定が彼女にはあったのだ。その出発日が今日だったらしい。怠惰(たいだ)な生活を送りすぎて失念(しつねん)していた。


「サフランは今回は残して行くから、わかんないことはサフランに聞いてね」


 レーネとアイシャ、それから同行者にリリウェルが人間界へ戻るらしい。リリは保護者役とかなんとか言ってたけど、単純に人間の女の子と遊びたいだけだろう。わかりやすいったらありゃしない。

 しかもお目付け役のハーピーを置いていくのだから、彼女を止めるものなど誰もいないのだった。


「それじゃあ、お元気で、勇者さん。マリアお姉ちゃんにもよろしくお伝えください」


 アイシャは、相変わらず無表情でぺこり、と頭を下げる。感情が(うかが)えないが、台詞(せりふ)だけ聞くと今生(こんじょう)の別れっぽい。いや、全然そんなことはないんだけどね!?


「あはは、帰ってきたらまた一緒にご飯食べに行こうね。それから、レーネのご両親にきちんと挨拶するんだよ!」


 わたしは、アイシャの実の親気取(きど)りでアドバイスを与える。

 レーネとアイシャは、同じ部屋で過ごさせていたら、なんかいい感じの仲になっていたのだ。

 それで、ご両親に挨拶、みたいな感じでアイシャも一緒にレーネの実家に行くみたい。


「ボクがしっかりとエスコートするので安心してください、勇者さま!」


 レーネが胸を叩いて、鼻を鳴らす。

 どこかしら子どもっぽさは(ぬぐ)えないレーネだが、任せておけば安心だろう。騎士道精神はあるしね。


 にしても、進展(しんてん)ってあるもんだねえ。

 レーネとアイシャは、出会った際に殺伐(さつばつ)としたものだったのに。といっても、アイシャが暴走していて記憶がなかっただけなので、思い出とはならないだろうけれど。少なくともレーネには心の(いまし)めができているはずだ。ドラゴンのことを突然襲ってはいけない、っていうね。


 ドラゴンの少女であるアイシャが、王宮のお姫様といい感じの仲かぁ。

 将来、王女さまにでもなったりしてね。人生は面白いこともあるもんだ。


 わたしは、アイシャが我が子である未来も存在しうると思っているので、自分の娘が嫁に行くような感覚が胸に去来(きょらい)して、しみじみとしていた。

 わたし、15歳なのに、達観(たっかん)しすぎか?


「じゃ、アイシャは任せたよ、レーネ。なんかお土産(みやげ)買ってきてね」


「勇者ちゃんも、次の目標でもさっさと決めときなさいよ!」


 リリは、母親のように小言をまくし立てる。

 わたしは顔をしかめながら、あーはいはい、といった感じで(うなず)いた。


 ってゆーか、別にわたし、引きこもってマリア&聖女さまとえっちばかりしている、ってわけじゃないし。お説教される筋合(すじあ)いはないもん。


 さすがに他人のお家で厄介(やっかい)になっているので、お仕事は探さないとな~、ってことで、わたしとマリア、そして聖女さまは魔王さまのお城で下働きをしていた。

 "勇者"であるわたしは、魔族の国でも厚遇(こうぐう)

 魔族の国は人間界よりは凶暴な魔物とかも出るらしいので、パトロールで高給を得ていた。


 で、マリアと聖女さまは、お城で給仕(きゅうじ)みたいな感じ。

 まあ聖女さまほどの地位の人間が給仕、っていうのももったいないけど……。マリアを保護する役としてはうってつけなので、頼んでおいた。

 それから、三人でパトロールデートをすることも、珍しくはない。


 ってゆーわけで、わたしは楽しい日々を送っているのだ。

 お外が雪で寒い、ってこと以外に、暮らしに不満はなかった。といっても、室内はあったかいので、微々(びび)たる不満ではあるし、魔族の国に永住(えいじゅう)する、って気持ちは固まっていた。


 だからわたしも、お引越しの報告をするために、そのうちまた実家に帰る必要はあるのだが……。

 住心地(すみごこち)がいいので、なあなあとなっていた。なんか、遠い異国(いこく)の地だし、帰るのが面倒くさいんだよね~。

 女神さまとも交信する用事があるし、あんまりのんびりとはしていられないんだけど……。


 ま、そのへんはレーネたちが帰ってきてからでいいよね。


「リリたちが帰ってくるまでには、家でも探しとくよ」


「別に、うちは出ていかなくてもいーんだけど……。ま、勇者ちゃんたち、えっちの声がおっきいから、気になるなら家探しもいいのかもね」


「はぁ!? き、聞いてたのか、リリっ!」


「じょーだんよ、じょーだん。うちは防音(ととの)ってるもんね。(おも)にあたしのために、だけど」


 どこまでが冗談なのかわからないリリは、それで別れの挨拶を済ませたつもりなのか、あっさりと玄関から出ていってしまった。

 まったく。自由気ままでお気楽な奴だよ。


 続いてアイシャもレーネも、旅立っていってしまう。


 玄関ホールからは(にぎ)やかさが去り、わたしだけが取り残され、しんとした空気だけが流れていた。


 わたしも、さっさとマリアたちのいる部屋に戻らないとね。

 紅茶、誰かに()れてもらいたかったけど、自分で淹れるしかないか。マリアと聖女さまのぶんもたまには淹れてあげよっかな。


 わたしは鼻歌()じりで、キッチンに向かうのだった。





******



「あら、みなさんは出発してしまったんですね」


 部屋に戻って、カップをマリアたちに配ると、朝のひとときが開始された。

 若干(じゃっかん)眠たげなマリアは、大人の色気がむんむんとしている。乱れた衣類を(まと)い、垂れた前髪を耳にかける仕草(しぐさ)なんか、わたしを誘っているようにしか見えない。


 ベッドからのそのそと()い出てきたマリアは、壁際の近くにある木造りの椅子に座って、紅茶を一口(ふく)んでいた。

 えっち後であるために薄手(うすで)の格好だが、室内は過ごしやすい温度で(たも)たれているので、風邪(かぜ)を引くことはない。

 というのも、リリの家には、各部屋に暖炉(だんろ)が設置されていて、暖房設備はもちろんのこと、お洒落(しゃれ)さも抜群(ばつぐん)。暖炉の上には絵画もあるので、裕福な冬の家庭そのものである。センスはいいんだよなあ、リリ。


 暖炉とベッド、それからカーテンから差し込む光が、暮らしを(いろど)ってくれている。その上、どっから仕入れているのか、上質な紅茶の葉もあるし。快適な生活を提供してくれているリリには、感謝してもしきれない。なかなか素直にお礼は言えないけどね……。


 続いて、聖女さまもむっくりと起き上がる。

 彼女はマリアよりも朝には弱いようで、(まぶた)は半分閉じたままだ。

 そして、そんな寝ぼけ姿なので、衣類はマリアよりもはだけた状態。

 もうこんな暮らしを一ヶ月も続けているので、わたしにしてみれば違和感がなくなったが、これでも元は清楚な聖女なんだよね。リリとかが見たら仰天(ぎょうてん)するんじゃなかろうか。

 だって、おっぱいは半分以上(こぼ)れちゃってるし。それを正そうともしないでベッドから降りてくるのだから、聖女さまも裸見られるの慣れすぎ。

 まあ、わたしと一緒の部屋だから無防備、ってだけなんだけどね。


 ちなみに、趣味、性格といったすべての波長が合うマリアと聖女さまはかなり仲良しである。普段は家事なども一緒にこなすし、わたしの世話なんかも聖女さまに教えてあげたりしていた。


 マリアは、まどろんでいる聖女さまの手を取って、椅子に座らせてあげる。

 そして、次に、朝ごはんの前に、わたしの髪の毛を()いてくれた。


「ん~、今日からリリたちがいないから、お買い物とか全部わたしたちがやらないとね」


 一日の予定を立てる時間というのも、ワクワクするし、かけがえのないひとときだ。

 

「それじゃあ、お城の帰りにお夕飯の買い出しでもしましょうか。サフランさんにも、献立(こんだて)聞いておいたほうがよさそうですね」


 マリアが指をピンと立てて、提案する。

 わたしは、マリアに髪の毛を梳かれながらで、しまりのない笑顔をしながら頷いた。


「それから、魔王さまに、書類もらったりしないとね!」


 わたしの言葉に反応したのは、聖女さまだった。

 彼女は、それが目覚まし時計だったのか、っていうくらいに瞳をパッチリと開ける。そして、ソワソワとしだした。


「本当に……受け入れてもらえるなんて……夢でも見ているような気分ですね」


 聖女さまは(ほお)を赤らめながら、上品に微笑(ほほえ)み、紅茶を(たしな)む。そして、おっぱいが丸出しなことに今更(いまさら)気がついて、(あわ)ててシャツを着直していた。もうちょっと(なが)めていたかったけれど、まあいつでも見れるしいいか。


「今後とも、末永(すえなが)くよろしくお願いしますね、ロゼリアさん♪」


「ええ、こちらこそ。少し気が早いですけれど、よろしくお願いします」


 マリアと聖女さまは、成立したお見合いよろしく、なんか初々(ういうい)しい挨拶を交わしていた。普段からお互いの裸なんて見まくってるくせに、純情そうな空気を出しちゃうところが、二人らしいといえば二人らしい。


 ま、聖女さまが興奮しちゃうのも無理はないんだけどね。

 

 なぜかといえば、わたしたちは魔王さまに許可をもらって、三人で結婚することに決まったからだ。

 

 その申し出をしたときの魔王さまといったら、笑っちゃうくらいに驚いていたっけ。


 しかも、「こんな子どものくせに、意外とヤリ手なんだな……」って(おのの)いてもいた。魔王さまを震撼(しんかん)させるなんて、めちゃめちゃ価値のあるシーンだったなあ。

 それはそれとして、リリの言っていた通り、三人での暮らしも承諾してもらえた。かなり自由性のある国なのが、魔族の国だ。


 で、ようやく手続きやらの書類が届いたらしいので、明日からは聖女さまも家族ってわけ。リリにはまだ言っていないので、彼女が帰ってきたら、仰天(ぎょうてん)しすぎて転げ回ってしまうのではないだろうか不安だ。ま、知ったこっちゃないけどね!


 だけど、まさかお嫁さんが二人になるなんてな~。

 わたしとしても、信じられないと思ってるよ。


 しかも、それを受け入れてくれる国があって。

 わたし、どんどん自堕落(じだらく)になっていってるんじゃなかろうか。

 

 たぶん、歴代の勇者さまたちも、魔族の国が暮らしやすすぎて、人間と魔族の()け橋を作るの、忘れちゃってたんだろう。

 まさに、女神さまの目論見(もくろみ)通りだ。

 架け橋が作られなければ、次の勇者を産むしかなくて、そうすればまた魔王さまとの伝書鳩(でんしょばと)になってもらえる。

 なんとも、奇妙な痴話喧嘩(ちわげんか)に巻き込まれている勇者たちだなあ。


「さ、エステル。お着替えして、ご飯食べたらお城に行きますよ。ちゅっ♡」


 マリアが、ほっぺたにキスをしてくれる。

 これこれ。これがあると、一日の始まり、って感じがするね。


「ゆ、勇者さま……あっ、いえ……。え、エステルさま……、わたくしからも……ちゅ///」


 続いて、聖女さまが左のほっぺにちゅー。


 うわぁ、たまんないね、これ。

 今日が幸せな一日だって確信できる。


 勇者って、最高だなあ!


 わたしのニヤニヤは、しばらく止まらないのであった。

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