最終話
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終章
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「あれ。出発するのって今日だったっけ?」
魔族の国で生活を始めて、一月ほど経過したある朝のことだった。
わたしは、寝間着のパジャマのままホールをうろついていた。起き抜けなので、寝癖だらけの髪の毛はぼさぼさ、しかもお腹をポリポリとかきながらの、無防備な状態である。
リリの家も、もはや我が家と変わらないテリトリーとなっていた。マリアや聖女さまも、まだベッドの中でまどろんでいるはず。
わたしは、騒がしくなっていたホールに足を運んで、ついでに朝の紅茶でも淹れてもらおうとしたところ。
玄関には、旅の支度を終えたような格好のレーネとアイシャ、それにリリウェルがいたのだった。
「もー、勇者ちゃん、だらしなすぎない? ま、別にいいけどね。留守番はしっかりしといてよ!」
リリウェルは呆れながらも、半ば諦めに近いのか、とりたてて責めてくることはなかった。
「何日くらいで帰ってくるんだっけ」
「まあ……色々とすることがあると思うから、早くても一ヶ月くらいかと思われます!」
答えたのは、騎士のお姫様・レーネである。
確か、レーネの家の都合があって、一旦王国に帰還するって予定が彼女にはあったのだ。その出発日が今日だったらしい。怠惰な生活を送りすぎて失念していた。
「サフランは今回は残して行くから、わかんないことはサフランに聞いてね」
レーネとアイシャ、それから同行者にリリウェルが人間界へ戻るらしい。リリは保護者役とかなんとか言ってたけど、単純に人間の女の子と遊びたいだけだろう。わかりやすいったらありゃしない。
しかもお目付け役のハーピーを置いていくのだから、彼女を止めるものなど誰もいないのだった。
「それじゃあ、お元気で、勇者さん。マリアお姉ちゃんにもよろしくお伝えください」
アイシャは、相変わらず無表情でぺこり、と頭を下げる。感情が窺えないが、台詞だけ聞くと今生の別れっぽい。いや、全然そんなことはないんだけどね!?
「あはは、帰ってきたらまた一緒にご飯食べに行こうね。それから、レーネのご両親にきちんと挨拶するんだよ!」
わたしは、アイシャの実の親気取りでアドバイスを与える。
レーネとアイシャは、同じ部屋で過ごさせていたら、なんかいい感じの仲になっていたのだ。
それで、ご両親に挨拶、みたいな感じでアイシャも一緒にレーネの実家に行くみたい。
「ボクがしっかりとエスコートするので安心してください、勇者さま!」
レーネが胸を叩いて、鼻を鳴らす。
どこかしら子どもっぽさは拭えないレーネだが、任せておけば安心だろう。騎士道精神はあるしね。
にしても、進展ってあるもんだねえ。
レーネとアイシャは、出会った際に殺伐としたものだったのに。といっても、アイシャが暴走していて記憶がなかっただけなので、思い出とはならないだろうけれど。少なくともレーネには心の戒めができているはずだ。ドラゴンのことを突然襲ってはいけない、っていうね。
ドラゴンの少女であるアイシャが、王宮のお姫様といい感じの仲かぁ。
将来、王女さまにでもなったりしてね。人生は面白いこともあるもんだ。
わたしは、アイシャが我が子である未来も存在しうると思っているので、自分の娘が嫁に行くような感覚が胸に去来して、しみじみとしていた。
わたし、15歳なのに、達観しすぎか?
「じゃ、アイシャは任せたよ、レーネ。なんかお土産買ってきてね」
「勇者ちゃんも、次の目標でもさっさと決めときなさいよ!」
リリは、母親のように小言をまくし立てる。
わたしは顔をしかめながら、あーはいはい、といった感じで頷いた。
ってゆーか、別にわたし、引きこもってマリア&聖女さまとえっちばかりしている、ってわけじゃないし。お説教される筋合いはないもん。
さすがに他人のお家で厄介になっているので、お仕事は探さないとな~、ってことで、わたしとマリア、そして聖女さまは魔王さまのお城で下働きをしていた。
"勇者"であるわたしは、魔族の国でも厚遇。
魔族の国は人間界よりは凶暴な魔物とかも出るらしいので、パトロールで高給を得ていた。
で、マリアと聖女さまは、お城で給仕みたいな感じ。
まあ聖女さまほどの地位の人間が給仕、っていうのももったいないけど……。マリアを保護する役としてはうってつけなので、頼んでおいた。
それから、三人でパトロールデートをすることも、珍しくはない。
ってゆーわけで、わたしは楽しい日々を送っているのだ。
お外が雪で寒い、ってこと以外に、暮らしに不満はなかった。といっても、室内はあったかいので、微々たる不満ではあるし、魔族の国に永住する、って気持ちは固まっていた。
だからわたしも、お引越しの報告をするために、そのうちまた実家に帰る必要はあるのだが……。
住心地がいいので、なあなあとなっていた。なんか、遠い異国の地だし、帰るのが面倒くさいんだよね~。
女神さまとも交信する用事があるし、あんまりのんびりとはしていられないんだけど……。
ま、そのへんはレーネたちが帰ってきてからでいいよね。
「リリたちが帰ってくるまでには、家でも探しとくよ」
「別に、うちは出ていかなくてもいーんだけど……。ま、勇者ちゃんたち、えっちの声がおっきいから、気になるなら家探しもいいのかもね」
「はぁ!? き、聞いてたのか、リリっ!」
「じょーだんよ、じょーだん。うちは防音整ってるもんね。主にあたしのために、だけど」
どこまでが冗談なのかわからないリリは、それで別れの挨拶を済ませたつもりなのか、あっさりと玄関から出ていってしまった。
まったく。自由気ままでお気楽な奴だよ。
続いてアイシャもレーネも、旅立っていってしまう。
玄関ホールからは賑やかさが去り、わたしだけが取り残され、しんとした空気だけが流れていた。
わたしも、さっさとマリアたちのいる部屋に戻らないとね。
紅茶、誰かに淹れてもらいたかったけど、自分で淹れるしかないか。マリアと聖女さまのぶんもたまには淹れてあげよっかな。
わたしは鼻歌交じりで、キッチンに向かうのだった。
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「あら、みなさんは出発してしまったんですね」
部屋に戻って、カップをマリアたちに配ると、朝のひとときが開始された。
若干眠たげなマリアは、大人の色気がむんむんとしている。乱れた衣類を纏い、垂れた前髪を耳にかける仕草なんか、わたしを誘っているようにしか見えない。
ベッドからのそのそと這い出てきたマリアは、壁際の近くにある木造りの椅子に座って、紅茶を一口含んでいた。
えっち後であるために薄手の格好だが、室内は過ごしやすい温度で保たれているので、風邪を引くことはない。
というのも、リリの家には、各部屋に暖炉が設置されていて、暖房設備はもちろんのこと、お洒落さも抜群。暖炉の上には絵画もあるので、裕福な冬の家庭そのものである。センスはいいんだよなあ、リリ。
暖炉とベッド、それからカーテンから差し込む光が、暮らしを彩ってくれている。その上、どっから仕入れているのか、上質な紅茶の葉もあるし。快適な生活を提供してくれているリリには、感謝してもしきれない。なかなか素直にお礼は言えないけどね……。
続いて、聖女さまもむっくりと起き上がる。
彼女はマリアよりも朝には弱いようで、瞼は半分閉じたままだ。
そして、そんな寝ぼけ姿なので、衣類はマリアよりもはだけた状態。
もうこんな暮らしを一ヶ月も続けているので、わたしにしてみれば違和感がなくなったが、これでも元は清楚な聖女なんだよね。リリとかが見たら仰天するんじゃなかろうか。
だって、おっぱいは半分以上溢れちゃってるし。それを正そうともしないでベッドから降りてくるのだから、聖女さまも裸見られるの慣れすぎ。
まあ、わたしと一緒の部屋だから無防備、ってだけなんだけどね。
ちなみに、趣味、性格といったすべての波長が合うマリアと聖女さまはかなり仲良しである。普段は家事なども一緒にこなすし、わたしの世話なんかも聖女さまに教えてあげたりしていた。
マリアは、まどろんでいる聖女さまの手を取って、椅子に座らせてあげる。
そして、次に、朝ごはんの前に、わたしの髪の毛を梳いてくれた。
「ん~、今日からリリたちがいないから、お買い物とか全部わたしたちがやらないとね」
一日の予定を立てる時間というのも、ワクワクするし、かけがえのないひとときだ。
「それじゃあ、お城の帰りにお夕飯の買い出しでもしましょうか。サフランさんにも、献立聞いておいたほうがよさそうですね」
マリアが指をピンと立てて、提案する。
わたしは、マリアに髪の毛を梳かれながらで、しまりのない笑顔をしながら頷いた。
「それから、魔王さまに、書類もらったりしないとね!」
わたしの言葉に反応したのは、聖女さまだった。
彼女は、それが目覚まし時計だったのか、っていうくらいに瞳をパッチリと開ける。そして、ソワソワとしだした。
「本当に……受け入れてもらえるなんて……夢でも見ているような気分ですね」
聖女さまは頬を赤らめながら、上品に微笑み、紅茶を嗜む。そして、おっぱいが丸出しなことに今更気がついて、慌ててシャツを着直していた。もうちょっと眺めていたかったけれど、まあいつでも見れるしいいか。
「今後とも、末永くよろしくお願いしますね、ロゼリアさん♪」
「ええ、こちらこそ。少し気が早いですけれど、よろしくお願いします」
マリアと聖女さまは、成立したお見合いよろしく、なんか初々しい挨拶を交わしていた。普段からお互いの裸なんて見まくってるくせに、純情そうな空気を出しちゃうところが、二人らしいといえば二人らしい。
ま、聖女さまが興奮しちゃうのも無理はないんだけどね。
なぜかといえば、わたしたちは魔王さまに許可をもらって、三人で結婚することに決まったからだ。
その申し出をしたときの魔王さまといったら、笑っちゃうくらいに驚いていたっけ。
しかも、「こんな子どものくせに、意外とヤリ手なんだな……」って戦いてもいた。魔王さまを震撼させるなんて、めちゃめちゃ価値のあるシーンだったなあ。
それはそれとして、リリの言っていた通り、三人での暮らしも承諾してもらえた。かなり自由性のある国なのが、魔族の国だ。
で、ようやく手続きやらの書類が届いたらしいので、明日からは聖女さまも家族ってわけ。リリにはまだ言っていないので、彼女が帰ってきたら、仰天しすぎて転げ回ってしまうのではないだろうか不安だ。ま、知ったこっちゃないけどね!
だけど、まさかお嫁さんが二人になるなんてな~。
わたしとしても、信じられないと思ってるよ。
しかも、それを受け入れてくれる国があって。
わたし、どんどん自堕落になっていってるんじゃなかろうか。
たぶん、歴代の勇者さまたちも、魔族の国が暮らしやすすぎて、人間と魔族の架け橋を作るの、忘れちゃってたんだろう。
まさに、女神さまの目論見通りだ。
架け橋が作られなければ、次の勇者を産むしかなくて、そうすればまた魔王さまとの伝書鳩になってもらえる。
なんとも、奇妙な痴話喧嘩に巻き込まれている勇者たちだなあ。
「さ、エステル。お着替えして、ご飯食べたらお城に行きますよ。ちゅっ♡」
マリアが、ほっぺたにキスをしてくれる。
これこれ。これがあると、一日の始まり、って感じがするね。
「ゆ、勇者さま……あっ、いえ……。え、エステルさま……、わたくしからも……ちゅ///」
続いて、聖女さまが左のほっぺにちゅー。
うわぁ、たまんないね、これ。
今日が幸せな一日だって確信できる。
勇者って、最高だなあ!
わたしのニヤニヤは、しばらく止まらないのであった。




