第三十一話
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外に出ると、謁見の間の先の廊下にて、リリが佇んでいた。
彼女は暇そうに――はしていなくて、そのへんの魔族のメイドさんと楽しげにお茶をしている。相変わらず手の速いことだ。まあ、ここはリリの元職場みたいなもんだし、顔見知りがたくさんいる可能性も普通にあるか。
「ああ。勇者ちゃん、話終わったんだ。んじゃ、帰ろっか」
リリは、特に話の内容を詮索しようとせず、持っていた飲み物をそのへんのテーブルに置くと、とっとと階段を下ろうとする。
「ちょ、ちょっと。あのさ、わたしたち……リリの家にお邪魔しちゃっていいの?」
魔族の国なんて、どこに何があって、なんの施設が存在して、どうやって利用すればいいのか、てんで不明だ。そもそも通貨もないし。わたしたち、リリに放り出されたら、魔王さまにお世話になるしかない。
さしものリリも、わたしたちを路頭に迷わせる気はないようで、胸を張って気張っている。
「あたしん家、割とデカイからね! 何人でも養えるわよ、安心しなさい」
「いやまあ、養われるつもりもないけど……。しばらくはお世話になるかも」
「ま、はじめっからそのつもりよ。気にしないでいーって」
リリはおおらかに言うと、その小柄な身体で飛ぶように階段を下っていった。元気な少女にしか見えないのに、魔族内では権力もお金もあるなんて、不思議なもんだ。
わたしとマリアは顔を見合わせると、互いに微笑んでから一緒に階下へ向かっていく。
そうして城外にまで出ると、余りの寒気にブルッと身震いしてしまう。忘れていたけど、雪が積もる世界に来ていたんだった。
改めて、すごい設備の城だと思う。温度調整ばっちりだったし、快適な暮らしが送れそうである。
リリは、城門から続く石階段を進んだ先の、噴水のある広場にて立ち止まった。
噴水、といっても、年中雪が降るらしい北の大地では、役目を果たすことがないみたいけど。景観を考えて作られたらしい。やけに人間界を意識した街並みだな、とは思う。
「じゃ、ちょっと乗り物手配してくるから。待ってて」
「あ、そんなこと言ってたっけ。じゃあ、楽しみにしてるよ」
わたしとマリアは、興味半分、不安半分でリリを待つことにした。
リリがやけにもったいぶっていたので、変な乗り物に乗せられるのではないか、と危惧してしまうのだ。
さして待たされることなく、リリは帰ってきた。
乗っていた乗り物は――確かに、人間界ではお目にかかることのないものだ。
形容するならサイ、みたいなものだろうか。四足歩行の、重厚そうな体躯をした生物だった。気性は荒くないのか、のっそりと歩いている。
背中には、大きめの座席が取り付けられていて、リリはそこでくつろいでいた。後は運転手みたいな人が手綱を握っていて、馬車的なポジションなのかもしれない。
「ほら、ぼーっとしてないで乗った乗った」
わたしとマリアが呆気に取られていると、リリが頭上から催促してくる。
でも思ったより変な乗り物じゃなかったので、出し物を楽しむ感覚で搭乗できそうだった。
わたしが先に座席に乗り込んで、マリアに手を差し伸べる。
そうして二人が座ると、サイはゆっくりと移動を開始させた。
ズシンズシンと重そうな地響きを立て、そこそこのスピードで街を闊歩していく。鈍重な動きだが、巨体なので歩幅が大きくて、速く感じるのだ。
目線がかなり高くなったので、景観を堪能することもできるし、馬よりもゆったりできて、なかなか快適な乗り物だった。
歓楽区から外れ、ひっそりとした路地を抜けると、一軒の豪華な屋敷が現れる。
周りに建物はないけれど、どっしりと構えられたその家は、庭が広々としていた。
雪が積もっているので想像でしかないけれど、なんかイメージ的には芝生と花壇が多そうな感じだ。少なくとも、雑草でごちゃごちゃしているわけではなかった。
サイから飛び降りたリリは、門のところでしんみりと家を眺めている。
「久々に帰ってきたわ。ここがあたしん家よ」
「めっちゃデカイ家じゃん。こんな立派な家があるのに人間界であんな暮らししてたんだね」
リリとの出会いを思い出して、しみじみとする。
彼女は、廃城の地下でみすぼらしい暮らしを余儀なくされていたのだ。あんな生活ではあったけれど、本人は楽しそうだった。別に、不便はしていなかったみたいだしね。
「別に、魔族の国の生活に不満があったわけじゃないわよ。ってゆーか何度も言わせないでよね。あたしは人間の女の子と遊びたかったの!」
リリの感性はよくわからないな。
見た感じ、人間の女の子も魔族の女の子も、ビジュアル面でいえば大きな違いはないのに。せいぜい角や尻尾や翼があるくらいだ。後は肌が黒い子が多いのかな。日焼け、って感じじゃないところが、魔族っぽさはあるけれど。もちろんリリは白い肌をしているし、全員が全員黒肌ってわけでもない。
「結局、遊んできた女の子、誰も連れて帰って来れなかったね、リリ。また人間界に戻るの?」
「誰のせいで連れ帰れなかったと思ってんのよ。あたしの聖女ちゃんまで奪っておいて、白々しいんだから」
「いやもうそのことはいいでしょ……。レーネとかは好みじゃなかった?」
「うん、ぜんぜん。ちょっと子どもっぽすぎるのよね~」
「まあ、それはわたしもだけど……」
とはいえ、わたしはリリと出会ったときに誘惑された経緯があるのだが。
わたし、レーネよりは子どもっぽくはない、ってことかな。嬉しいのやら嬉しくないのやらわからん。
どういう基準なのかは聞いてみたいような気はしないでもない。
ま、どうでもいいか。
わたしとマリアは、リリの後をついて歩き、彼女の住処に案内してもらっていた。
扉を開けると、魔王さまのお城と同じように、温かい空気が出迎えてくれる。どうやら、各家庭に暖房器具が備わっているみたいだ。いや。上流階級にだけなのかもしれないけれど。とにかく、寒さに悩むことはないらしい。
玄関の先は、巨大なホールとなっていた。
まさにお金持ちのお屋敷、といった趣だ。わたしが地元の村で暮らしていたとき、お世話になっていた領主さんの家に似た雰囲気がある。
天井は高く、吊るされたシャンデリアがお金持ちをアピールしているようにもみえた。管理は行き届いているのか、埃っぽさが一切ない。
正面には階段があって、左右に別れている。絵画なんかも見受けられた。
「あ、おかえりなさい、リリウェルさま」
待ち受けていたのはハーピーと、聖女さまだった。
彼女たちは、ホールの端にあったテーブルでくつろいでいたらしい。
ハーピーは、リリの家を知り尽くしているのか、勝手知ったる我が家、といった様相だった。さすがは直属の部下である。
「ただいまー、疲れたから自分のベッドで久々に寝たいわー。あ、あたしたちご飯食べてきちゃったから、みんなはテキトーに買ってくるか出前でもとっといて!」
リリは、なんと自由なことか、わたしとマリアの部屋案内やら、その他の予定を全部ハーピーに丸投げにすると、自室にそそくさと向かっていってしまった。
それで。
わたしとマリアは、前もって用意されていた聖女さまのお部屋で寝泊まりすることとなった。
魔族の国に入国して、ようやくの一息である。
わたしは、豪華ホテルの一室かと思わせるようなベッドに、早速とダイブを決め込んでいた。
ふっかふかのベッド、久々だなぁ。
「あらあらエステルったら。久々のベッドにご機嫌ですね」
かくいうマリアも、声が弾んでいる。
わたしのようにベッドに飛び込んではこなかったものの、一緒になって潜り込んでくる始末だ。
まだ夕刻の時間帯だというのに、雰囲気は夜のものである。
「では……わたくしも。長旅と、見知らぬ土地で疲れてしまいましたわ」
そうだった。
聖女さまも一緒だったんだ。
いつものように、三人で横になる。
なんか、ベッドだからかドキドキしちゃうな。今まではテントの寝袋とか布団だったしね。しかも両隣におっぱいの大きいお姉さんが二人もいるわけだし。
でも、だからといって、聖女さまがいる前でマリアとえっちなことはできないしなあ。
一人もんもんとしていると、マリアにぎゅうっと抱きしめられてしまった。
おっぱいの谷間に、顔が埋められる。
はぁ。いい匂いする。柔らかい。
こんなの……理性が保つわけないじゃん!
わたしは、背後に聖女さまがいることも忘れ、マリアのおっぱいを夢中で揉みしだいていた。
マリアから熱い吐息が漏れる。
その艷やかな息は、シロップのように甘い香りを含んでいて、わたしをとろんとさせる媚薬のようにさえ思えた。
マリアはやけに積極的で、厚着のセーターをおもむろに脱いでしまう。ついにわたしは、生おっぱいに頬擦りできるのであった。
が、マリアの桜色の突起を口に咥える直前――背後からの痛烈な視線に背筋がゾクリとさせられる。
「そんなものを見せつけられたら……わたくしも……」
なんと覚悟の決まった呟きか。
聖女さまは、わたしとマリアのイチャラブに触発され、衣擦れ音を発生させ始めた。どうやら彼女も、脱いでしまったらしい。
あーあ、マリアがいけないんだからな。聖女さまを焚き付けたのはマリアなんだからね。だからわたしは悪くないもん。
よし。
わたしは心の中だけで言い訳を完遂させると、両方のおっぱいを味わい尽くすことに決めるのだった。




