第二話
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「あ~~~パトロール、面倒くさ~~~」
わたしは鉛のように重たい吐息をつきながら嘆き、テーブルに上体を突っ伏した。
――場所は、隣町の酒場である。
15歳の女の子であるわたしが酒場なんて、以前ならば問答無用で追い返されていたはずなんだけど。
勇者のわたしにとって、この場所はいきつけになっていた。
というのも。
今の時代、"勇者"はあまり必要とされていないのである。
だって、魔族との争いは何百年も前に決着がついちゃっているし。
それでも、定期的に勇者が誕生するのは世界の理かなんからしく。何世代か前からは、勇者はただの置物のようだった。
まあ。時たま、害獣のような人様に迷惑をかける魔物なんかが現れるから、勇者は絶対にいらない、ってわけではないのだけど。わたしの両親も、運が悪く、たまたま人里に降りていた魔獣にやられちゃったみたいだ。聞いた話でしかないので、あんまり実感のないことだけど。
だから、現代において、わたしが駆り出されることは極稀だった。
しかしながら、勇者は貴重な存在。絶大的な力を有する勇者さまがパトロールする地は、治安を約束されたようなものなのである。勇者がその地域にいる限り、わたしの両親のような不幸も起こらないだろう。
だからわたしは、近隣の街の領主さんやらに依頼をされて、周辺の地域を見て回っているのだけど――このあたりは田舎だし、どこまで歩いても平穏な原っぱや小川が一望できるだけなのである。
もう、暇で暇で、しょーがないんだよ。
どうせなら、マリアと一緒に散歩がてらデートパトロールでもよかったんだけど……。そんなことしてたら外でえっちしたくなっちゃうだろうし、マリアを魔物との戦いにも巻き込みたくないから、我慢していた。まあ。わたしがついていれば、マリアを庇いながらでも戦闘くらいならできるけどね。
でもね。温厚なマリアに血生臭い日常は避けてもらいたいところ。
そこで行き着いたのが、街で暇潰しをすることだった。
"勇者"として顔が広くなったわたしは……なんと、女の子にちやほやされるようになったのである。
今までは、地味で出不精でコミュ力も高くなかった女子のわたし。
でもね。
現在のわたしは。15歳の少女でありながら、凶悪な魔物とも戦うことができる力を持っていて。強い女の子っていうのは、それだけで同性からも憧憬の眼差しで見てもらえるのだ。
すなわち、わたしは女の子にモテモテだった。
マリアという嫁がいるにもかかわらず、わたしは街へ訪れると、女性たちに囲まれてしまうのである。罪な女だよ、わたしって。
わたしが隣町に足を踏み入れるだけで、まるで春が来訪したかのように、女性という花が咲き乱れるのである。わたしの周囲にだけ。
で、わたしはパトロールを休憩という名目のもと……女の子だけで経営する酒場にお呼ばれしていたわけである。
彼女たちのお店は、お客さんとお酒を飲むいかがわしいものらしいんだけど、さすがに真っ昼間っから営業しているわけではない。
なので、お子様のわたしが来店していても問題はないらしかった。
こんなお店、純情なマリアが目にしたら、卒倒してしまうのではなかろうか。
「勇者ちゃん、今日もだらしないわね。ミルクとオレンジジュース、どっちがいい?」
カウンターから声をかけてくるお姉さんは派手なメイクと、薄手のドレスを纏った妙齢の美女。妖艶さたっぷりのねっとりとしたボイスも兼ね備えているけれど、わたしの扱いはまるっきり子どもそのもの。もはや慣れっこだけどね。
「じゃあ、オレンジジュースがいい!」
って、わたしが嬉々としてジュースを頼んじゃうもんだから、お姉さんも、まるで我が子でも見るような穏やかな目つきになっちゃうんだよね。
すると、店の奥の扉から、出勤前のお姉さんたちがぞろぞろと現れて、わたしの座っている椅子の周りにたむろしてくる。
「勇者ちゃん、今日の見回りはもう終わったの? ほら、これ新刊よ」
「勇者ちゃん、彼女さんとはうまくいってる? 彼女さんばかりじゃなくって、お姉さんとデートもしてね♡」
「きゃ~~勇者ちゃん、今日もかわいーー♡」
もうね、ここが楽園なのか! ってくらい、ちやほやちやほやされちゃうわけですよ。
お姉さんたちは、わたしをギュッと抱いてきたり、腕を胸に抱えたりで、やりたい放題。香水の匂いに包まれて、頭の中がぼーっとしてしまいそうだ。女性って、なんでこんなにいい香りがするんだろうね。マリアほどではないけどね。
でもさ。もし、この場面をマリアに見られたとしたら……浮気認定されてしまうのだろうか?
ううん。そんなことないよね。
だって、愛しているのはマリアだけだし。お姉さんたちとはえっちしているわけでもないし、セーフセーフ。
まあ。おっぱいを腕やらほっぺたに押し付けられているし、お姉さんたちの匂いも全身にこびりついてしまうので、マリアに誤解されないようにだけは気をつけないと、だね……。勇者って、大変なんだなあ。
「ふ~ん……世の中にはこんなことを考えつく人もいるのか……」
わたしは、一人のお姉さんから手渡された本のページをぺらぺらとめくりながら、独りごちった。
本の中身は、やたらと肌色が濃い。平たく言えば、えっちな本である。しかも、女の子同士専門の。
わたしの脳内はピンク色で構成されているんだけど、所詮は15歳。性知識は薄かった。それはわたしのお嫁さんであるマリアもそうで、彼女はむしろわたしよりも無知だった。しかも、二人とも経験も皆無だしね。
だからこそ、わたしはお姉さんたちから知識を授かっているのである。さすがに、実践はしないけど。
「じゃあ今晩は彼女さんにこれ、してあげなきゃね。後で感想聞かせてよね♡」
「え、ま、まあいいけど……。こんなことして、マリア嫌がらないかな……」
本に描かれている行為は、わたしの想像にも及ばないことで埋め尽くされている。わたしは自分がえっちであると自負していただけに、カルチャーショックを受けていた。
でも。相手がマリアなら。体のどこを舐めるのだって、躊躇はしないな。まあ。女の子にとっての大事な場所を舐めるくらいなら、わたしでも思いついたので、毎晩していたけれど。けどけど、こんなところも舐めちゃうのか! って本で学んだら、早速家に帰ってマリアと試したくなってしまったのだ。
「勇者ちゃんにされて喜ばない女の子なんていないわよ。あたしだって、されたいくらい♡」
「あ、ずるーい。それならあたしもー」
いやいや、誘惑されても困るんですけど!?
わ、わたしには奥さんがいるのに……。
けど、頑として断る自信がないのも事実。
だって、わたしは女の子好きだし……。
そういえばマリアは"可愛い女の子にほいほいついていっちゃダメですからね"って懸念していた。くっ、わたしのことなんて、全部見抜かれていたってわけか。
「ほ、ほらっ、わたしはパトロールの最中だから! 今日はこのへんで!」
「やーん、もういっちゃうのぉ?」
そんなベッドの中で喘ぐマリアみたいな甘やかな囁きをされたら、後ろ髪を引かれるじゃないか!
わたしは無慈悲になるしかなかった。愛するマリアを裏切らないためには、女の子たちの気持ちを無碍にするしかないのである。世知辛いね、ほんと。
「また明日くるから……。あ、この本はちょっと貸してもらうね」
わたしはえっちな本を懐に収めると、逃げるようにして酒場を後にするのだった。
やっぱり、子どもが入っていい場所ではないのかもしれない。いや。わたしは大人だけどね。えっちだっていっぱいしてるし。
外の新鮮な空気を肺に取り入れて深呼吸して。わたしは次の目的地へ向かうことにした。
別に、目的があるわけじゃないんだけど。
どうせだから、マリアを喜ばせたいし、頼まれていたおつかいも済ませようと思ったのだ。わたしは勇者でもあるけれど、主婦でもあるのだから。おつかいくらいはできないとね。